4-5

 ちひろは光太郎を抱えたまま、飛ぶように階段を下りていきます。


「どうして……どうして父さんが」

 必死で足を動かしながらも、ちひろの頭はあの男のことを考えてしまうのでした。


 冷静に考えれば、あの男が父であるはずがないのです。

 確かに男は、家族写真から抜け出してきたのかと思うほど父に似ています。


 ですがあれは、ちひろが一歳の時の写真です。

 あれからもう十七年も経っているのです。


 母だって歳をとりました。

 父だって同じはずです。あんなに若いはずがありません。


 頭では分かっています。分かっているのです。

 それでも心が迷ってしまうほどに、男は父にそっくりだったのです。


 一体何者なのでしょうか。


 他人の空似というやつでしょうか。

 それとも、父に似せて作られた人造人間なのでしょうか。

 父の細胞を使ったクローンでしょうか。それとも――。


「ちひろ、今は何も考えるなよ。悩んでたら逃げ切れねえぞ!」


 カズマの言う通りです。

 ちひろは全速力で林道を駆け抜けようとしました。


 その時です。

 風を切る音がしました。


 カズマの体が紙くずのように弾き飛ばされ、木に激しくぶつかります。

 とっさに光太郎をかばったちひろも、地面にたたきつけられていました。


 痛みをこらえて顔を上げると、黒いパーカーの男がゆっくりと歩み寄ってくるのが見えました。

 ここまで走って追ってきたはずなのに、男は全く呼吸を乱していません。


 ちひろとカズマは同時に、ヒーローバングルに右手を重ねて叫びました。

「変身!」


 虹色の光がはじけ、ふたりは新人ヒーロー・ワカバマンへと姿を変えます。

 男はその様子を、無表情のまま見ていました。


 名乗っている余裕はなさそうです。

 ちひろはカズマと逆方向に走ると、ふたり同時に男に攻撃を仕掛けました。


 男はするりと攻撃をかわすと、カズマを殴り倒しました。

 左手でちひろの腕を掴むと、手首をそのままくるりと返します。

 バランスを崩したちひろの脇腹を、重い衝撃がつらぬきました。


 一瞬の出来事でした。

 男は変身したふたりの攻撃をまったく寄せ付けず、簡単に叩き伏せてしまったのです。


「へえ、強さはニセモノじゃねえんだな」


 カズマはそう言ってにやりと笑いました。

 けれど、その笑顔にはいつもの余裕がありません。


「逃げても無駄だ。お前たちには、ここで消えてもらう」


 何の表情も浮かべないまま、男が口を開きました。

 はじめて聞くその声は、少しかすれた秋風のような、不思議な響きがありました。


「ちひろ」

 耳元で、カズマがささやきました。


「光太郎を連れて先に逃げろ。俺もすぐ行く」

「カズマを残して行くなんてできないよ!」


「光太郎を守るのが最優先だ。頼む」

 そう言うが早いか、カズマは男に向かって走り出しました。


 男はカズマの連続攻撃を避け、後ろへ下がります。

 それがカズマの狙いでした。


 ちひろは光太郎を抱き上げると、一瞬のスキをついて駆け出しました。


「逃がさん」

 男がちひろの後を追おうとしたとき、突然あたりが強く光りました。


 大きな爆発音がしました。

 カズマの左手首で、ヒーローバングルが白く光っています。


 カズマの必殺技は爆破系なのです。

 ヒーローオーラはかなり消耗しますが、学年一の攻撃力を誇る技です。

 爆発を受けた地面がえぐれて、大きく穴が開いています。


「ちぇっ、よけられたか」

「……名前を聞いておこうか」

「一条カズマ。未来のスーパーヒーローだ!」


 ふたりのやりとりを背中で聞きながら、ちひろは夢中で山道を駆け下りました。

 カズマが稼いでくれた時間を、無駄にはできません。

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