4-4

 ふたりの目の前には、つるりとした白い廊下がまっすぐに伸びていました。


 光太郎の言っていたとおりです。

 古い洋館の中だなんて、とても思えません。

 太いコードが何本も壁をつたって、奥の方へと続いています。


「こりゃあ、まるで研究所だな」


 カズマは油断なく、あたりを見渡しながら言いました。


 そこに光太郎の姿はありませんでした。

 もうとっくに奥へと進んでしまったのでしょう。

 ふたりは足音を立てないように注意しながら、廊下を奥へと進みます。


 突き当たりの扉は少し開いていて、中から声が聞こえてきます。

 ちひろはその隙間から、向こう側の様子をのぞきました。


 がらんと広い部屋の両側には、透明な筒状の柱が何本も見えます。

 中に人影が見えるものもあります。

 これが、光太郎の言っていた水槽なのでしょうか。


 部屋の中ほどには円卓のようなものが置かれており、その上に透明なボールがふわふわ浮かんでいます。

 光太郎が触れ、光を奪ってしまった球体がこれなのでしょう。


 その奥に、ふたりの人物が立っていました。


 ひとりは白衣を着た、痩せて背の高い男。

 もうひとりは黒いパーカーを着て、フードをかぶっています。


 ふたりはちひろに背を向けて、正面の大きなモニターを見ています。

 モニターには誰かが映っているようですが、ひどく電波が乱れていて、よく見えません。


「まだ、【青い月】は見つからないのですか」


 モニターの中の人物が言いました。

 姿は確認できませんが、声からすると、どうやら少年のようです。


「人狼どもに探させているよ! まだ見つかってはいないがね。まったく不愉快なことだ」


 白衣を着た男が、キイキイ声でそう言いました。


「このまま見つからなければ、計画を進めることはできません。【青い月】なしで進めるには、あなたの計画は危険すぎます」


「フン! 何を今さら、慎重になる必要があるのかね。実験さえ成功すれば、こんな町には用はない。人々も建物も、ドカンと吹き飛ばしてしまえばいいだけの話だろう」


 ヒェッヒェッヒェッ、と男は笑いました。


「いいえ、まだ知られるわけにはいきません。ヒーローたちに気付かれないよう、十分注意してください」


 それだけ言い残すと、モニターはぷつんと切れました。

 後には、静けさと薄闇だけが残されました。




「フン、あの小僧め。誰のおかげで計画が進められると思っているんだ」


 白衣の男が悪態をついていますが、隣の黒いフードの男は黙ったまま立っています。

 息を飲んでその様子を見つめるちひろの前を、小さな影が横切ったのは、その時でした。


 光太郎です。


 モニターが切れた今がチャンスとばかりに、光太郎は円卓の方へと近寄っていきます。

 手のひらに移動してしまったという光を、透明なボールに戻すつもりなのです。


 もし、光太郎の手のひらに移った光が【青い月】だとすれば、このまま敵に返してしまうわけにはいきません。

 ちひろは光太郎の後を追って、扉のすきまに体を滑り込ませました。


 気配を消し、体をかがめて、ちひろは光太郎のほうへと近づいていきます。

 光太郎は円卓によじ登ろうとしていますが、男たちはまだ光太郎に気付いていません。


 ちひろの手が、あと数センチで光太郎に届くという、その時です。


 円卓に登ろうと伸ばした光太郎の手が、一本のコードを強く引っ張りました。

 ブツン、と鈍い音がして、円卓の上に浮かんでいたボールが、ぴたりと動きを止めました。


 次の瞬間、甲高い音が響き渡り、広間の静寂を引き裂きました。

 ボールが落ちたのです。

 円卓にたたきつけられ、透明なボールは粉々に砕け散ってしまったのです。


「誰だっ!」

 白衣の男が叫びました。


 こうなったら、モタモタしてはいられません。

 ちひろは光太郎を抱き上げて、走り去ろうとしました。


 その時です。

 黒いパーカーの男が、ちひろの方へと顔を向けました。


 目があった瞬間、ちひろの息が止まりました。


 見開いた目は、男の顔に釘付けにされ、動くことさえできません。

 自分の心臓の音だけが、真っ白になってしまった頭の中で、やけに大きく響いています。


 男はフードを下ろし、一歩、二歩と近づいてきます。

 その顔に、見覚えがないはずがありません。


 リビングの本棚の上で、毎日見ていた写真。

 笑った母と、幼い自分、そして――。


「――父さん」


 男は、まるで写真から抜け出してきたように、父にそっくりだったのです。


「ちひろ!」

 耳元でカズマの怒鳴り声がしました。


 後ろから肩を強く引っ張られ、ちひろはハッとしました。

 そうです、逃げなくては!


 ちひろは光太郎を抱いたまま、出口へ向かって駆け出しました。

 カズマも続いて走り出します。


「侵入者め、逃げられると思うなよ!」

 白衣の男が、ヒェッヒェッと笑っています。


 ふたりは壊れた扉を蹴り破ると、外へと飛び出しました。

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