4-3

「それでね、ぼく、帰ってきたの」

「よく無事だったね、よかった」


「でもね、夜にね、手が光るの」

「手が光る?」


 カズマは光太郎の手のひらを見つめています。

 明るく晴れた空の下では、光っているかどうか、よく分かりません。


「きっと、ぼくが光をさわったから、光がぼくの手にうつっちゃったんだ。それで、赤い目の人たちが怒ってるんだ。お友達も、かんな先生も、お兄ちゃんたちも、ぼくのせいで怖い目にあったんだ」


 光太郎のひざの上に、ぽとぽとと涙のしずくが落ちていきます。

 光太郎はずっと自分を責めて、ひとりで苦しんでいたのです。


「じゃあ、お前はその光を戻しに行こうとしてたのか?」

「うん。もう一回あの球にさわったら、光がもどるかもしれないでしょ」


 ちひろは、光太郎の頭にぽんと手を乗せました。


「光太郎は強いんだね。でも心配だな、ひとりで行こうとするなんて」

「そうだぞ光太郎。お前がもしケガでもしたら、俺たちも先生も悲しむんだからな」


 光太郎は涙を拭くと「うん」と頷きました。


「よし。じゃあ、光太郎はちょっとここで待っててくれる?」

 ちひろとカズマは立ち上がりました。


「お兄ちゃんたち、どこに行くの?」

「その洋館の場所を確認してくる。すぐ戻るから、いい子で待っててね」


 光太郎の話が本当だとしたら、その洋館こそが敵の本拠地ということになります。

 ふたりだけで飛び込むよりも、本部からの応援を待った方がいいでしょう。

 そのために、より詳しい場所を確認しておきたかったのです。


 けれど、光太郎はふたりの前に立つと、両手を広げて言いました。


「ぼくも行く! つれて行って!」

「ダメだ。光太郎は連れていけない」

「つれて行ってくれないなら、勝手についていく!」

「ダメだってば!」

「絶対いく!」


 ちひろは困ってしまいました。

 この様子だと、おとなしく待っていてはくれないでしょう。

 連れていくのは危険ですが、勝手について来るのは、もっと危険なことかもしれません。


「どうしよう、カズマ」

「仕方ねえな。これで決めるか」


 カズマはポケットから、銀色のコインを取り出しました。


「いいか、光太郎。これをこうやって、指で上にはじくんだ」

「うん」

「表が出たら、お前はおとなしくここで待ってる。裏が出たら、俺たちと一緒に行く。でも、建物の中には入らない。いいな?」

「わかった」


 光太郎は、受け取ったコインをぎゅっと握りしめました。

 そのまま祈るように、じっと目を閉じています。

 そして、思いを込めてコインをはじきました。


 コインはまっすぐ上に飛び上がると、くるくる回りながら落ちていきます。

 光太郎は危なっかしい手つきでコインを受け止めました。

 緊張した面持ちで、光太郎はゆっくりと手を広げます。


 銀色の光がきらりと光りました。


「裏だ! ぼく、行っていいんだよね」

「ああ、約束だからな。いいか、絶対に俺たちから離れるなよ」

「うん、わかった!」

 光太郎はカズマに抱きついています。


「おい、カズマ。本気か?」

 心配でたまらないといった顔のちひろに、カズマがにししと笑いました。


「光太郎がここまで覚悟決めてるんだ。だったら付き合ってやろうぜ。大丈夫だよ、建物が確認できたら引き返すんだし」


「そうだけど……もう、仕方ないな」


 そうと決まれば、出発です。




 ちひろは光太郎をおぶって、カズマとともに山道を進んでいきます。


 岩場を登り、小川を飛び越え、クヌギのトンネルを抜けて、三人はどんどん山頂へと近づいていくのでした。


「もうすぐだよ!」

 丸太の階段を上り始めたとき、光太郎がそう言いました。


 階段を登り切ると、急に目の前が開けました。公園に着いたのです。


 ちひろとカズマは、遊具の影に隠れつつ、あたりをうかがいました。

 公園に人影はありません。

 乗り手のいないブランコが、風でわずかに揺れているだけです。


「光太郎、どのへんだ?」

 カズマが声をひそめて訊ねると、光太郎は黙って右の方を指しました。


 その方向に見えるのは、うっそうと茂る木々だけです。

 薄暗い林の向こうには、今は何も見えません。


「こっちだよ!」

 突然、光太郎が走り出しました。


「バカ、戻れ!」

「光太郎!」


 ふたりがとめましたが、光太郎の耳には届きません。

 小さな背中が、弾むように林の奥へと消えていきます。


 ちひろとカズマはあわてて駆け出しました。

 ですが、ふたりが追いつく前に、光太郎は建物の中へと入っていってしまったのです。


「中に入らないって約束したのに!」

「早く連れ戻そう。光太郎が危ない」


 ちひろは壊れた扉の隙間をくぐって、中へと入っていきました。

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