4-2
暖かくなり始めた四月、軽い山登りを兼ねた遠足がありました。
お弁当と水筒を持って、子供たちはみんな、大はしゃぎでした。
目的地は、山の中腹にある小さな公園です。
桜がたくさん咲いていて、男の子たちは探検ごっこ、女の子たちはおままごとに夢中になっていました。
光太郎も、勇ましい探検家になりきっていました。
ラップの芯でできた望遠鏡を右目に当てて、公園の周りを見渡しているとき、見つけたのです。
古い用具入れの後ろ、うっそうと茂った林の奥にぽつんと建っている、青い屋根の怪しい洋館を。
光太郎はすべり台から降りると、洋館の方へと歩き出しました。
お友達はみんな別の探検に夢中で、光太郎の後をついてくる子は誰もいません。
「ぼくは隊長だ。ようすを見てこなきゃ」
光太郎は、ひとりで林の奥へと歩き出しました。
近づいてみると、それはずいぶん古い建物でした。
屋根の上の風見鶏は、風が吹くたびにキイキイといやな音を立てています。
入口の扉は壊れていて、半分外れていました。
いつもは臆病な光太郎も、今日は勇敢な探検隊長なのです。ちっとも怖くなんかありません。
光太郎は、扉のすき間から建物の中へと入っていきました。
中は薄暗く、そして意外なほど広くなっていました。
古ぼけて見えたのは外観だけで、中はまるで新しい病院みたいに、真っ白な廊下が一直線に伸びています。
壁には何か、太い電気のコードのようなものが何本も這っていて、黄色や赤のランプが、ところどころでゆっくりと点滅しています。
光太郎はあっけにとられたまま、廊下をどんどん進んでいきました。
やがて、突き当りには頑丈そうな扉がありました。
押してみると、かなり重いものの、なんとか動きます。カギはかかっていないようです。
光太郎は体重をかけて扉を動かすと、中へと滑り込みました。
中はほとんど真っ暗でした。
扉から入る光がひとすじ、光太郎の行く手を照らします。
そこに、不思議なものがありました。
光る球が、宙に浮いています。
サッカーボールくらいの大きさの丸い球です。
たくさんの電気コードや配管がつながっている丸い台の上で、青い光をぼんやり放ちながら、球はふわふわ浮かんでいるのです。
光太郎は球に近づくと、思わず――本当に何も考えずに、手を伸ばしていました。
そして、その手が触れた瞬間でした。
球から、青い光が消えました。
音もなく、何の前触れもなく、急に光が消えてしまったのです。
球はまだ宙に浮いていますが、ガラスのように透明になってしまいました。
そのときです。急に、背後からガリガリと、何かをひっかく音が聞こえはじめました。
光太郎は振り返って、そこで見たのです。
赤く目を光らせて、牙をむいた男の人を。
男の人は縦長の水槽みたいなものに入っていて、その壁をひっかいているのです。
光太郎に襲い掛かろうと、うなり声を上げながら。
隣の水槽に入ったおばあさんが、同じように水槽を叩き始めました。
やっぱり、目が真っ赤に光っています。
光太郎は周りを見ました。
いくつもそんな水槽があり、それぞれに赤い目の人たちが入っていて、みんな暴れ始めているではありませんか。
ビー、ビー、ビー
警報の音が鳴り響いています。
光太郎は扉のすき間に向かって走り出しました。
洋館を出て、光太郎は林の中を必死で駆け抜けました。
怖さのあまり振り返ることができませんでした。
公園へ戻ってからも、幼稚園へ戻ってからも、光太郎は振り返ることができませんでした。
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