4-1

 それからしばらく、何事もない日々が続きました。

 ちひろとカズマは毎日のパトロールに加えて、必ず幼稚園に立ち寄るようになりました。

 そのおかげで子供たちとはすっかり仲良くなったのですが、肝心の『月』に関する手がかりは全く得られないままでした。


「本部から報告は来たのか?」

「なんにも」


 早朝のトレーニングを終え、ふたりはいつものように海岸通りを歩いて帰ります。

 焦っても仕方がないのですが、どうしても気持ちが急いてしまうのでした。


 オオカミ人間に関して、いくつか分かったことがあります。

 やはり彼らは全員、この三か月の間に行方不明になっていた人々でした。


 本部の科学班によると、オオカミ人間とは『太古の昔に忘れてしまった野性を、無理に呼び起こした状態』だといいます。

 ですが、どのようにして野性を呼び起こしたのかは、見当もつかないということでした。


「満月でも見て変身したのかな」

「まさか」

「だよな」


 朝早いせいか、町に人の姿はありません。ふたりは見回りがてら、幼稚園の方へと向かいます。


「あれ?」

 カズマが足を止めました。


 小さな人影が、あたりをきょろきょろ見渡しながら歩いています。

 初めて幼稚園に駆け付けたとき、ブラックパンジーに捕まっていた子供、光太郎です。


「ちょっと待って、カズマ!」

「むぐ……!」


 声をかけようとしたカズマの口を、ちひろの手がすばやく押さえました。


「なんだよ!」

「よく見てよ、何か変じゃない?」


 光太郎は緊張した表情で、ときどき後ろを振り返ったりしています。

 ちひろたちには気づいていないようですが、何かを警戒しているようです。


「何だろう、鬼ごっことか」

「こんな朝早くから?」

「だよな」


 カズマも首をかしげています。


「幼稚園に行くのかな?」


 けれど光太郎は、幼稚園の前を通り過ぎると、そのまま坂を上っていきます。


「確かに、様子が変だな」

「やっぱりカズマもそう思う?」


 ふたりは顔を見合わせました。








 坂を上りきると、団地と小さな公園が見えてきます。


 さらに道をたどっていくと、奥には雑木林のトンネルが続いていました。


 山頂の展望台まで続く、なだらかな登山道の入口です。




 光太郎は足を止めると、大きく息を吸い込みました。


 朝とはいえ、雑木林の中はうっすらと暗く見えます。




「よう、光太郎。ひとりで遠足か?」


 光太郎はびくんと立ちすくみました。




 恐る恐る振り返った光太郎の目の前で、ちひろとカズマが笑っています。


「お兄ちゃんたち、どうしてここにいるの?」


「こっそり光太郎についてきたんだよ。気づかなかったでしょう?」


 ちひろはおかしそうに笑うと、光太郎の目の高さまでしゃがんで言いました。




「ねえ、光太郎。『月』のこと知ってる?」


「ぼく、何にもぬすんでない!」


 光太郎は叫びました。くりっとした瞳に、みるみるうちに涙がたまっていきます。




「信じるぜ。お前は何も盗んでない」


 カズマもちひろと並んでしゃがむと、優しい声で言いました。




「光太郎、俺たち困ってるんだ。手がかりが何もなくて、どうしていいのか分からないんだ。頼むよ、お前の知ってることを教えてくれないか」




「……」




「幼稚園のみんなを守るために必要なんだよ。お願い!」


 ちひろが両手をパチンと合わせて、お願いのポーズをしています。




「……」




 涙の粒がひとつ、光太郎の目の端からこぼれて落ちていきました。




「きっかけは、先月のお花見遠足、だよね」


 ちひろが訊ねると、ついに光太郎は小さく頷きました。

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