3-7

 ひとまず子供たちを家に帰した後で、ちひろとカズマ、そしてかんなは、幼稚園の事務室に集まりました。


「ちひろくん、肩は大丈夫?」

 かんなが心配そうに言いましたが、大したケガにはなっていませんでした。

 ワカバスーツは優秀なのです。


「こんなの平気さ! 俺たち頑丈だから。な、ちひろ!」

 ケラケラと笑うカズマを見て、かんなも少し安心したようでした。


 けれどちひろは唇を噛みしめたまま、じっとうなだれていました。


「ごめんなさい、先生。俺たち、全然役に立たなかったね」

「そうだよな。結局、あの男が全部解決しちまったんだもんな」

 カズマも悔しそうに言いました。


「でも、守ってくれたわ」

 かんなは、深々と頭を下げました。


「ありがとう」


 そしていつものように、まぶしい笑顔で言いました。


「あなたたちが来てくれなかったら、子供たちも私も、きっと無事では済まなかったわ。だから、そんなふうに気を落とさないで! ふたりとも、とってもカッコよかったわよ」


 頬がかーっと熱くなって、ちひろは慌ててうつむきました。

 カズマに見られたら、後でどんなにからかわれるか、分かったものではありません。


「オイ、ほうき女。吾輩のことを忘れてはおらんかね?」

 うらめしそうな目をして、ブロッチが事務室の入口から覗いています。


「あっ、悪の総帥! あなたにもお礼を言わなくちゃね。子供たちを避難させてくれたんだもの」

「礼などけっこうだ。吾輩はこの町を取り仕切る悪の総帥として、当然のことをしたまでだからな」

 そんなふうに言いつつも、ブロッチは少し嬉しそうです。


「おい、ブロッチ。お前もこっち来て座れよ。聞きたい事があるんだ」

「断る。ヒーローなんかとなれ合うつもりはない!」

「総帥、そんなこと言わないでよ。ほら、お茶もあるよ」

「フン。だがしかし、一服するのも悪くはないな」


 ブロッチは厳めしく歩み寄ると、空いている椅子に腰かけました。



 みんなが揃ったところで、ちひろが切り出しました。


「ずっと気になっていたことがあるんだ。子供たちと先生は、ここ一か月の間に何度かオオカミ人間を目撃しているんだよね」


 かんなは頷きました。


「でも、この町に住むほかの人たちは、恐らく誰もオオカミ人間を見かけていない。そうだよね、総帥」

「確かに、吾輩の耳には届いておらん。部下からの報告にも、そのような話はなかったぞ」


 ちひろは続けます。

「俺たちがこの町へ来てから一か月の間、毎晩パトロールをしてるけど、一度もオオカミ人間の姿を見ていない。隣町のお巡りさんも言ってただろ、そんな噂は聞いてないって」

「ああ」

 カズマも頷きました。


「他の人たちの前にはオオカミ人間は現れていない。敵は明らかに、この幼稚園の誰かを狙ってる」

 ちひろがそう言うと、あとの三人は互いに顔を見合わせました。


「襲ってきた連中は、月がどうとか言ってたよね」

「言ってた。盗んだものを返せ、って」

「先生、子供たちに聞いてほしいんだ。『この一か月の間に、何か変わったものを持ち出したりしてないか』って」

「分かったわ、聞いてみる」


 かんなはノートを開いて、聞くべきことを書き留めました。


「俺たちは子供たちの護衛に当たろう」

「そうだな」


 強く頷くちひろとカズマを見て、ブロッチは驚いたように言いました。


「キミたち、あの男に手を引けと言われただろう? やめておけ、悪いことは言わん!」

「なんだよブロッチ、これ以上お前に手伝ってくれとは言わねえよ」

「そうではない。あの男が動き出した以上、キミたちなど足手まといにすぎんと言っているのだ」


「総帥、あの人が誰か知ってるの?」

「キミたち、あいつを知らんのか?」


 ブロッチは信じられないといった様子で、ぽかんと口を開けました。


「あの男は、桐生タケル。星崎隼人と並ぶ、伝説のヒーローのひとりではないか」

「ええっ!」


 知らないはずがありません。

 教科書にさえ名前が載っているほどの英雄です。


 若くして数々の功績を打ち立て、その後、自由気ままに生きると言い残して姿を消したヒーロー、桐生タケル。

 まさか、その人が自分たちの前に現れるとは。


「へっへっへ、そいつは結構だ。伝説のヒーローに認められるチャンスってわけだな」

 カズマが不敵に笑っています。


「なんというおめでたい奴だね、キミは! あの男は冷酷で非情だと、悪の業界でも有名なんだぞ。邪魔でもしてみろ、キミたちから消されてしまうぞ!」

「そんなヘマしねえよ。なんてったって、俺とちひろが組んでるんだからな!」


 ちひろは、ブロッチの肩をポンと叩きました。


「大丈夫だよ、カズマが暴走しそうになったら、俺がちゃんと止めるから。心配してくれてありがとね、総帥」

「キミは素直でいい子だな、少年」

 ブロッチはまだ心配そうにしています。


 ちひろにも不安はありました。

 確かに、自分たちでは手に負えないほどの事件かもしれません。

 ですが、敵の狙いが少し見えてきたことで、手がかりをつかみやすくなったはずです。


 襲ってきたオオカミ人間たちは、本部に引き取られていきました。

 そこで治療を受ければ、何か新しい事実が分かるかもしれません。


 この事件がどんなに危険でも、逃げ出すわけにはいきません。

 子供たちを二度と危ない目に合わせないために、自分たちがもっと強くならなくては。

 だって自分は、この町を守るヒーローなのですから。


(もう絶対に負けないぞ)


 ちひろは静かに、胸の内に炎をたぎらせているのでした。

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