3-1

 薄いカーテンから、朝日がまぶしく差し込んできます。

 外ではもう、小鳥たちが賑やかにさえずっています。


 ちひろはあまり眠れませんでした。

 カズマから聞いたオオカミ人間の話が、頭を離れなかったからです。


「夜中の遠吠え、か」


 子供たちが見たという、赤い目をして月に吠える人影。

 それは、会社員やおばあさんや学生――つまり、どこにでもいる普通の人々だというのです。


 一体何が起きているのでしょうか。

 普通の人々が、ある日突然オオカミ人間になってしまうなんて、ありえないことです。


 誰かの仕業なのでしょうか。それとも何か電波のようなものが、知らないうちに人々に影響を与えているのでしょうか。赤い目をした人々が、実は人間ではなく怪人で、何かを企んでいるという可能性だってあります。


 ちひろには、事件の原因も目的も、全く見当がつきません。こんな難事件は、教科書にだって載っていませんでした。


「それでも、俺たちがしっかりしなきゃ」


 ちひろは大きく深呼吸をしてから、勢いよく起き上がりました。朝のトレーニングに向かうのです。




 ちひろが海岸まで軽くランニングをしていると、途中でカズマの背中が目に入りました。

 カズマは電柱のかげにしゃがんで、じっと向こう側をうかがっています。

 ちひろは足音をしのばせて、カズマのそばへと近づきました。


 ちひろの気配に気づくと、カズマは視線だけで『あれを見ろ』と指示しました。

 ちひろはカズマの肩ごしに、その先へと視線を動かします。


 そこにいたのは、意外な人物でした。


 鼻歌を歌いながら自転車を降りると、その男は新聞を一束、荷台から抜き出しました。そして道沿いの古い民家にひょいひょいと近づくと、郵便受けに新聞を突っ込みます。

 満足げに頷くと、男はまた自転車にまたがって、よろよろと漕ぎ始めました。


「あれは、ブラックパンジーのブロッチ総帥じゃないか」


 そのとき、ちひろはひらめきました。

 オオカミ人間の謎について、ブロッチ総帥なら何か知っているかもしれません。

 言うではありませんか、『蛇の道は蛇』と。


 自転車がよろよろとやってきます。

 ちひろは両手を広げ、その前に立ちふさがりました。


 ギギーッ!


 あわてて急ブレーキをかけた自転車は、少しバランスを崩しながら、ちひろの目の前で止まりました。


「こら、危ないじゃないか! あっ、お前たちは昨日の二人組ではないか」

「ブロッチ総帥、こんな朝早くから何してるの?」

「見てわからんかね? 新聞を配達しておるのだ」

「えっ、バイトしてるの? 総帥なんでしょ」

「そうだとも。総帥だからこそ、部下以上に働くべきだと思わんかね」


「お前って、ホントに悪の組織のボスなのか? すごくイイ奴じゃないかよ」

 カズマもあきれたように言いました。


「フン、ボスの器というのは、まさにこういうことを言うのだ。さあ、どけ! 配達が遅れてしまうじゃないか」

「その前に、聞きたいことがあるんだけど」

「断る! 吾輩は忙しいのだ」

「新聞配達、手伝うって言ったら?」

「……給料は分けてやらんぞ、我々も生活がかかっておるのだ」

「質問に答えてくれるなら、いいよ」

「よろしい、交渉成立だ」


 ブロッチは満足気です。

 ちひろはカズマと顔を見合わせ、にやりと笑いました。

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