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「恋だな」

 カズマはニヤニヤと笑っています。


「そんなんじゃないよ! ほら、悪の組織と戦ったのなんて初めてだろ? それでちょっと取り乱したっていうか」

「ふーん。まあ、そういうことにしておいてやってもいいけど」


 夕食を食べ終え、ふたりはちひろのアパートにいました。

 広い部屋ではありませんが、そもそも物があまりないので、ふたりでいても狭く感じません。


「それより、悪の組織だよ、悪の組織!」

 ちひろは麦茶をグラスに注ぎながら、慌てて話題を変えました。


「えっと、『ブラックパンジー』だっけ? ちひろ、学園に報告したんだろ? 返事はきたのか」

「うん。昔からこのあたりをナワバリにしてる組織なんだって」

 ちひろは、学園からきた書類をカズマに渡しました。


「へえ……『メンバーは総帥を含めて四人。脅威となる科学者も、宇宙人や怪人もいないので、そう危険ではないと判断されている』だってさ。どうりで弱っちいわけだ」

「烏丸先生からは『油断だけはするな』って言われたけどね」


 カズマは麦茶を一気に飲み干しました。


「ま、次に悪事を働いたら、あいつらまとめてぶっとばしてやろうぜ」

「そうだね」


 ふたりは顔を見合わせて笑いました。やるべきことがはっきりしたので、心のもやもやがきれいに晴れ、すっきりとした気分です。


「じゃ、そろそろ夜のパトロールに行くとするか!」

「うん、行こう」

 ふたりは勢いよく立ち上がりました。


 新人ヒーロー・ワカバマン、出動です!




 五月に入ってずいぶん暖かくなったとはいえ、夜はまだ肌寒さを感じます。

 ひんやりと湿った空気が町を包んでいます。


 いつも通りの静かな夜です。電車の通り過ぎる音が、遠くにぼんやり響いています。


「そういえば、かんな先生から聞いたんだけど」

「え、えっ?」

「なに動揺してるんだよ。困ってることとか、おかしなことがないかって、お前が走り去った後に聞いたんだよ! 聞き込みはヒーローの基本だろ」

「うん、うん。そうだよね、うん」


 カズマは、やれやれ、と大げさにため息をついてみせました。


「それで、何を聞いたの?」

「幼稚園の子供たちが『オオカミ人間を見た』って言ってるらしい」

「オオカミ人間?」

 カズマは頷きました。


「『夜中に赤い目を光らせて、オオカミ人間が月に向かって遠吠えをしてる』って。実際に見たって言ってる子が、何人もいるらしい」

「ふうん」

「でも、どんな姿だったのって聞くと、答えがバラバラなんだとさ。スーツを着た男の人だったって言う子もいれば、腰の曲がったおばあちゃんだったって言う子もいる。制服姿のお兄ちゃんだったって言ってる子もいる」

「本当に?」

「先生も最初は本気にしてなかったそうだ。でもな、ついに先週、見たんだって」

「見た、って……何を?」

「カーテンの向こうの暗がりに、赤い光がふたつ並んでるのを、さ」

 ちひろは背中がぞくりと寒くなるのを感じました。


「幼稚園に残って仕事をしていたら、うなり声が聞こえてきたんだって。それで窓の方を見たら、何かが赤く光ってる。怖かったけどカーテンを思い切って開けたら、そこにはもう何もいなかったんだそうだ」


 その時のかんなの気持ちを思うと、ちひろは息が詰まりそうでした。きっと、ものすごく恐ろしく、心細かったことでしょう。


「その話、本部に報告しておこうかな」

「そうだな。任せた」

「うん」


 それからふたりは、いつもよりも念入りに町中をパトロールしました。

 ですが、特に何事もなく、静かに夜は更けていったのでした。

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