2-1

 そよそよと風が吹くたびに、桜の花びらが遊ぶように舞い散っていきます。


 ちひろの母・星崎愛梨は、春の空にはためく真っ白なシーツを洗濯ばさみでえいっと止めると、ふう、と息をつきました。


 あれから一か月。ちひろはもう、新しい暮らしになれたでしょうか。

 洗濯も掃除も、よく手伝ってくれた子ですから、家事に関しては心配していません。

 料理はさせたことがないけれど、冷凍食品やお惣菜など、何かしら食べるものはあるでしょう。

 何より親友の一条君が一緒なのですから、何も心配するようなことはないはずです。 


 それでもやっぱり、ちひろのことが気になって仕方がありませんでした。


 あの夕食の晩、ちひろは父親の話を聞きたがりました。

 自分もついにヒーローになる、そのことに戸惑いを覚えていたのでしょう。


「あなただったら、何て言ったかしらね」

 愛梨は写真立てに近づくと、困ったような表情の夫をじっと見つめました。


「あなたの息子、ヒーローになったわよ。あと何年かしたら、あなたより強くなっちゃうかも」


 ばさり、と音がして、シーツの影が大きく揺れました。

 気まぐれな春風はそのまま、植え込みの葉を乱暴に散らして吹き過ぎていきます。


「私たち、バラバラになっちゃったわね。でも、みんな元気でいるのよね。今日はいい天気だなあって、おんなじ空を眺めてるのよね」


 愛梨の鼻先で、淡い桜色の花びらがふわりと踊りました。さっきの突風で窓から入り込んだのでしょう。

 花びらはやがて、写真立ての前に静かに舞い落ちました。


「私もしっかりしなくちゃね」


 写真の中の夫の頬を指先で軽くつつくと、愛梨は立ち上がりました。買い物に行かなくてはなりません。


「さあ、仕事仕事!」


 愛梨の髪に、また桜の花びらが、ひとひら落ちていきました。

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