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そよそよと風が吹くたびに、桜の花びらが遊ぶように舞い散っていきます。
ちひろの母・星崎愛梨は、春の空にはためく真っ白なシーツを洗濯ばさみでえいっと止めると、ふう、と息をつきました。
あれから一か月。ちひろはもう、新しい暮らしになれたでしょうか。
洗濯も掃除も、よく手伝ってくれた子ですから、家事に関しては心配していません。
料理はさせたことがないけれど、冷凍食品やお惣菜など、何かしら食べるものはあるでしょう。
何より親友の一条君が一緒なのですから、何も心配するようなことはないはずです。
それでもやっぱり、ちひろのことが気になって仕方がありませんでした。
あの夕食の晩、ちひろは父親の話を聞きたがりました。
自分もついにヒーローになる、そのことに戸惑いを覚えていたのでしょう。
「あなただったら、何て言ったかしらね」
愛梨は写真立てに近づくと、困ったような表情の夫をじっと見つめました。
「あなたの息子、ヒーローになったわよ。あと何年かしたら、あなたより強くなっちゃうかも」
ばさり、と音がして、シーツの影が大きく揺れました。
気まぐれな春風はそのまま、植え込みの葉を乱暴に散らして吹き過ぎていきます。
「私たち、バラバラになっちゃったわね。でも、みんな元気でいるのよね。今日はいい天気だなあって、おんなじ空を眺めてるのよね」
愛梨の鼻先で、淡い桜色の花びらがふわりと踊りました。さっきの突風で窓から入り込んだのでしょう。
花びらはやがて、写真立ての前に静かに舞い落ちました。
「私もしっかりしなくちゃね」
写真の中の夫の頬を指先で軽くつつくと、愛梨は立ち上がりました。買い物に行かなくてはなりません。
「さあ、仕事仕事!」
愛梨の髪に、また桜の花びらが、ひとひら落ちていきました。
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