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 暖かな日曜の午後。

 ちひろは、砂利の小道を歩いていました。


 くすぐったい風からは、もう春の香りがします。

 桜のつぼみも、うっすらとピンク色をのぞかせています。


 生垣の先に見えてきたのは、赤いとんがり屋根の喫茶店です。

 煙突から流れる白い煙が、柔らかな風にゆれています。


 木でできた看板には、かわいらしい建物に似合わない筆の文字で『喫茶 鬼義理(オニギリ)』と書かれています。


 少し重い木の扉をぐいっと引くと、

 カラン、カラン

 と扉のベルが鳴りました。


「いらっしゃい! ちひろ、よく来たな!」


 テツさんはニタッと笑うと、カウンターの方へ手招きしてくれました。


「カズマは?」

「まだ来てねえよ。先になんか食うか?」

「じゃあ、オムライス」

「よし、ちょっと待ってろ」


 テツさんは水の入ったコップを置くと、慣れた手つきで準備を始めました。



 ほどなく、おいしそうな音と香りが漂いはじめます。


「お前たちも、もう卒業か。早いもんだな」

「うん。その前にテツさんのオムライスを食べておこうと思って」

「へっへ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。どうだ、配属先は遠くなのか?」

「ここから電車で二時間くらい」

「じゃあ、たまには帰って来られるってわけだな」

「うん、母さんも寂しがるだろうし。たまに帰ってくるつもり」

「そうか、愛梨ちゃん一人になっちまうんだなぁ」

「母さんは平気だって言ってるけどね。俺がいない方が家事も楽だって」

「はっは、女は強いね」


 カラン、カラン


 扉のベルが鳴りました。

 振り返ると、カズマが「よっ!」と手を上げました。


「よう、ワカバソード。お前は何食うんだ?」

「誰がワカバソードだよ。俺もオムライス、大盛りね」

「はいはい、ちょっと待ってろよ」


 そう言いながら、テツさんはできたてのオムライスをちひろの前にゴトンと置きました。


「いただきます!」


 と言うが早いか、スプーンでひとすくい。

 口いっぱいに広がる旨味と熱さに、ちひろはハフハフと息を吐きました。


「ちひろはワカバシールドなんだろ? お前ら二人が組むとはなぁ」


 テツさんが懐かしそうにニコニコ笑っています。

 きっと、二人がまだ幼かったころのことでも思い出しているのでしょう。


 新人ヒーローは二人一組で活動すると決まっていますが、誰とでもいいというわけではありません。


 ヒーローはそれぞれの特性により『攻撃型』と『守備型』に分けられており、違う特性の相手と組まなくてはならないのです。


 カズマは攻撃型、ちひろは守備型です。


「ふたりとも、たまには戻って顔見せに来いよ。テツさん特製のオムライス、また作ってやるからな!」


 ちひろは笑って頷きましたが、カズマは少し複雑な表情を浮かべました。


「俺が帰ってきたらさ、テツさん泊めてよね」

「なんだカズマ。もしかして、まだ親父さんに了解取れてないのか?」

「まあね。俺がヒーローになることが、絶対に許せないみたい」

「ちゃんと話はしたのか?」

「話すことなんて何もない」


 カズマは、冷たい水をひとくち飲みました。


「親父のやつ、何なんだよ。自分が医者だからか? 上の兄貴も医者だし、下の兄貴も医学部なんだから、もう跡継ぎはいるじゃんか。俺が何になろうが、別にいいだろ」


 テツさんは、やれやれと首を振りました。


「そう言うな。お前にも、親父さんの気持ちがそのうち分かるさ」

「分かるわけねえよ、あんなガンコ親父。いいよなぁ、ちひろは。母ちゃん理解あるし、美人だし」


「俺はカズマも十分ガンコだと思うよ」

 ちひろがそう言うと「確かに」とテツさんも笑っています。


 カズマはちょっと不機嫌そうな顔をしましたが、

「ま、そうかもな」

 と言って笑いました。




「ほれ、オムライス大盛り! 残すなよ」


 ドン、とテーブルに置かれたのは、ホカホカの特大オムライス。

 黄色のとろんとしたタマゴが、いかにもおいしそうです。


「うまそう! いただきます」


 しばらく、ふたりは夢中で食べました。

 その間、テツさんは何も言いませんでした。


 聞いたことのない古い歌だけが、昼下がりの店内にゆったりと流れているのでした。




 やがて、コーヒーの香りが漂ってきました。


「おっと、ちひろはコーヒーだめだったな。ホットミルクでいいか?」

「うん、お願いします」


 カズマがくくくっと笑いました。


「何だよ」

「お前、まだコーヒー飲めないのか」

「だって苦いじゃん」


 テツさんも笑いながら、ミルクのたっぷり入ったマグカップを運んできました。


「そういえば、隼人もコーヒー飲めなかったんだよな」

「えっ、父さんが?」

「そうだよ。愛梨ちゃんはコーヒー好きだったけど、隼人はいつもホットミルク。ちひろは父親似だな」

「そんな風に言うの、テツさんだけだよ」


 ちひろはカップに口を付けました。温かくて甘い、優しい味です。


「ま、お前はお前だ。カズマもそう。お前たちの人生は、お前たちのものだ。この先、いろんなことがある。楽しいこと、嫌なこと、めんどくさいこともたくさんあるぞ」

「ちょっとテツさん。今からそんな暗いこと言わないでよ」

「暗くなんかないぜ。ただ、生きるってのはな、時にめんどくさいもんなのさ。そのめんどくささを楽しめるようになると、一人前の大人かな」

「へえ」


 うんざりした表情の二人を前に、テツさんはフフッと笑いました。


「お前らの人生はこれからだ。めいっぱい楽しんで、せいぜい落ち込め! それでな、いつでも帰って来い。待ってるからな」

「おう!」

「うん」


 ふたりはそれぞれ頷いて、そして笑いました。


 窓からさし込む日差しは、いつの間にか夕暮れの色に変わっていました。

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