1-2
終業のベルが鳴りました。
学園から続くゆるい下り坂も、今はすっかり夕日の色に染まっています。
学生服に身を包んだ少年少女たちが、夕焼け空の下、それぞれの家へと帰っていきます。
「くそっ。烏丸のヤツ、手加減しろよな」
「いつもやられてるんだから、カズマもちょっとは学習しろよ」
ちひろはカズマと並んで、いつものようにのんびり歩いていました。
カズマは銀色のコインを右手でもてあそびながら、すっかりふてくされています。
「あーあ、カッコいい名前も考えてたのになぁ。『ワカバマン』とか今時ナシだろ」
「仕方ないよ、決まりなんだから。新人ヒーローは二人一組で、二年間の研修期間を過ごすこと。その間は『新人ヒーロー・ワカバマン』と名乗ること。武器もスーツも、学園支給品を使用すること」
「わかってるけどさぁ」
カズマはがっくりと肩を落としました。
「だいたい、いまさらヒーローになる理由なんて聞くか?」
「『初心を忘れず、覚悟を決めろ』って言いたいんじゃないの?」
「覚悟なんてとっくに決まってるって」
カズマはコインを強くはじきました。
ピン、と高い音を残して、コインは夕焼け空へと吸い込まれていきます。
空中でくるくると回転しながら、ひときわ強く輝くと、それはまっすぐにカズマの手の中へと落ちていきました。
「はい、表! 今日はオムライスに決定!」
「いつもそれだね、カズマは」
ちひろはあきれて笑いました。
「おう! だから俺は迷わないんだ」
大通りから側道に入ると、学生の姿はほとんどありません。
伸び放題に伸びたススキの葉が、かすかな音を立てて揺れています。
「心配するなよ、ちひろ」
カズマが突然、そう言いました。
「何が?」
「なんとなく。お前、何か悩んでるみたいに見えたからさ」
「悩んではいないよ」
「そうか?」
「ずっと考えてるんだ。けど、答えがなかなか出なくて」
「それって、悩んでるって言うんじゃないのか?」
「悩んではいない。ヒーローになることに迷ってるわけじゃないから。ただ……」
「ただ?」
授業中のことを思い出して、ちひろは小さくため息をつきました。
「なんでヒーローになりたいのかって言われると、俺、答えられないかも」
「なーんだ、そんなことかよ」
今度はカズマが、あきれたように笑いました。
「そんなの適当に答えときゃいいんだって! 親父みたいになりたいとか言ってさ」
「でも本当は、父さんのことって何も覚えてないんだ」
「ちひろは真面目だなぁ。まあ、それがお前のいいところなんだけど」
カズマは笑いました。
夕焼け色のその笑顔は、小学生のころと全然変わっていません。
「いいじゃねえか、答えなんて出てなくても。気持ちに理由づけなんて必要ねえよ。お前がやりたいって思うなら、それでいい。そうだろ?」
ちひろも笑いました。
「いつもそれだね、カズマは」
「おう!」
いつの間にか、夕日は山の向こうへと姿を消していました。
空は藍色へと変わりつつあります。気の早い一番星がひとつ、きらきらと輝いています。
「俺、テツさんの店でメシ食って帰るけど、ちひろはどうする?」
「うーん、今日はまっすぐ帰るよ」
じゃあ、と言ってカズマと別れると、ちひろは少し早足で歩き始めました。
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