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 終業のベルが鳴りました。


 学園から続くゆるい下り坂も、今はすっかり夕日の色に染まっています。

 学生服に身を包んだ少年少女たちが、夕焼け空の下、それぞれの家へと帰っていきます。


「くそっ。烏丸のヤツ、手加減しろよな」

「いつもやられてるんだから、カズマもちょっとは学習しろよ」


 ちひろはカズマと並んで、いつものようにのんびり歩いていました。



 カズマは銀色のコインを右手でもてあそびながら、すっかりふてくされています。


「あーあ、カッコいい名前も考えてたのになぁ。『ワカバマン』とか今時ナシだろ」

「仕方ないよ、決まりなんだから。新人ヒーローは二人一組で、二年間の研修期間を過ごすこと。その間は『新人ヒーロー・ワカバマン』と名乗ること。武器もスーツも、学園支給品を使用すること」

「わかってるけどさぁ」


 カズマはがっくりと肩を落としました。


「だいたい、いまさらヒーローになる理由なんて聞くか?」

「『初心を忘れず、覚悟を決めろ』って言いたいんじゃないの?」

「覚悟なんてとっくに決まってるって」


 カズマはコインを強くはじきました。

 ピン、と高い音を残して、コインは夕焼け空へと吸い込まれていきます。


 空中でくるくると回転しながら、ひときわ強く輝くと、それはまっすぐにカズマの手の中へと落ちていきました。


「はい、表! 今日はオムライスに決定!」


「いつもそれだね、カズマは」

 ちひろはあきれて笑いました。


「おう! だから俺は迷わないんだ」




 大通りから側道に入ると、学生の姿はほとんどありません。

 伸び放題に伸びたススキの葉が、かすかな音を立てて揺れています。


「心配するなよ、ちひろ」

 カズマが突然、そう言いました。


「何が?」

「なんとなく。お前、何か悩んでるみたいに見えたからさ」

「悩んではいないよ」

「そうか?」

「ずっと考えてるんだ。けど、答えがなかなか出なくて」

「それって、悩んでるって言うんじゃないのか?」

「悩んではいない。ヒーローになることに迷ってるわけじゃないから。ただ……」

「ただ?」


 授業中のことを思い出して、ちひろは小さくため息をつきました。

「なんでヒーローになりたいのかって言われると、俺、答えられないかも」


「なーんだ、そんなことかよ」

 今度はカズマが、あきれたように笑いました。


「そんなの適当に答えときゃいいんだって! 親父みたいになりたいとか言ってさ」

「でも本当は、父さんのことって何も覚えてないんだ」

「ちひろは真面目だなぁ。まあ、それがお前のいいところなんだけど」


 カズマは笑いました。

 夕焼け色のその笑顔は、小学生のころと全然変わっていません。


「いいじゃねえか、答えなんて出てなくても。気持ちに理由づけなんて必要ねえよ。お前がやりたいって思うなら、それでいい。そうだろ?」


 ちひろも笑いました。


「いつもそれだね、カズマは」

「おう!」


 いつの間にか、夕日は山の向こうへと姿を消していました。

 空は藍色へと変わりつつあります。気の早い一番星がひとつ、きらきらと輝いています。


「俺、テツさんの店でメシ食って帰るけど、ちひろはどうする?」

「うーん、今日はまっすぐ帰るよ」


 じゃあ、と言ってカズマと別れると、ちひろは少し早足で歩き始めました。

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