ヒーローサイン

スギヨシ ハチ

1-1

「最終課題に合格し、卒業が決まった諸君は、この春から新人ヒーローとして各地に配属される」


 黒板の前に立っているのは、学園一厳しいと評判の烏丸先生です。


 目が合ったような気がして、星崎ちひろはぎくりとしました。

 が、先生は気にとめていない様子で話を続けます。


「ヒーローなどと言えば聞こえはいいが、常に戦いに身を置き、己を犠牲にし、正義のためにその一生をささげ続けねばならん。実際、任務の途中で命を落としたヒーローも少なくはない」


 先生は教卓に両手を置くと、生徒たちにするどい視線を向けました。


「私は諸君に問いたい。『なぜヒーローになるのか』と。貴様はどうだ、一条カズマ!」


「ふあぁ……え、俺ですか?」

 ちひろのすぐ後ろの席から、カズマがあわてた様子で立ち上がりました。


 おそらくまた、うたた寝でもしていたのでしょう。

 教室のあちこちから、くすくすと笑い声が上がります。


「……で、なんだっけ?」

 背中をつつかれ、ちひろは小声で「ヒーローになる理由!」と教えました。


「なーんだ、そんなことか」

 カズマはニッと笑いました。


「えーと、理由は『約束したから』です。俺たちが小学生の時に、ちひろの父ちゃんみたいなすごいヒーローになるって約束したんです。な、ちひろ!」


「えっ、えっ?」

 急に話を振られて、ちひろはおろおろしています。


 そんなちひろの横を黙って通り過ぎると、先生はカズマの前に立ちました。 


 先生はしばらく、じっとカズマを見つめていました。

 カズマも、先生の目をまっすぐに見つめ返して立っていました。


 やがて、先生は静かに口を開きました。


「『約束』か、それもいいだろう。だが忘れるな。常に己に問いかけろ。なぜヒーローになったのか、なぜヒーローでありつづけたいのかを。諸君もこの先、ヒーローを続ける限り問い続けろ。その答えに迷うようなら、ヒーローなどやめてしまえ」


 それから先生は再び教壇に上がると、クラスのみんなに向かって言いました。


「諸君は一人前のヒーローになるべく、これから二年間を研修生として活動することになる。研修期間中は全員『新人ヒーロー・ワカバマン』と名乗ることが決められている」


「なんだよそれ、カッコ悪い!」

 カズマをはじめ、生徒たちが口々に文句を言いはじめました。


「……授業中は私語厳禁だ」


 先生の目が不機嫌そうに細められる様子を見て、ちひろは慌てて顔を伏せました。


 その直後、すさまじい音がとどろきました。


 烏丸先生の必殺技です。

 本物の雷が、教室の中ではじけ飛んだのです。


 やがて静かになった教室のあちこちから、焦げたにおいがしてきました。


 ちひろが恐る恐る振り返ると、カズマがゲホッと黒い煙を吐いて気を失っています。


「ほかに、まだ何か言いたいことはあるか?」


 当然、それ以上文句を言う生徒は、一人もいませんでした。

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