467 緑葉の結婚 ねえ、私と結婚しようよ。

 緑葉の結婚


 結婚する人 結婚しない人 巻き込まれた人


 ねえ、私と結婚しようよ。


「いやだよ。絶対に結婚なんてしたくない」と緑葉は言った。

「どうしても?」

 緑葉を見ながら、緑葉のお姉ちゃんである青葉は言う。

「どうしても。そもそも、結婚の話はお姉ちゃんにきた話でしょ? どうして私がその男の人にあって、お姉ちゃんの代わりに、お見合いをしなくちゃいけないのよ?」

 頬を膨らませながら、緑葉は言う。

「だって、まだ結婚したくないんだもん」青葉は言う。

「私だっていやだよ。私、まだ高校生だよ?」そんな正論をおせんべいを食べながら、緑葉は言う。


 森山緑葉と森山青葉。


 今年十八歳と二十歳になる、高校生と大学生の仲の良い(近所でも有名な)美人姉妹。

 そんな二人の姉妹は、今、実家の森山家のキッチンでお茶を飲みながら、そんなお見合い話をしていた。

「そもそもさ、結婚する気がないのに、どうしてお姉ちゃんのところに、お見合い話なんてくるのよ?」緑葉は言う。

「知らないよ。そんなの。まあ、叔母さんの話をお母さんが断りきれなかったんでしょ? たぶん」青葉は言う。

「そうかな? 本当はお姉ちゃんに本当に結婚してほしんじゃないのかな? お母さん。きっと、そんなこと考えているような気がする。なんだか最近、すごく悪いことを考えているような顔をしてたもん」くくくっと、まるで魔女みたいに笑っているお母さんの顔を思い出して、緑葉は言う。

「うーん。まあ、そうかもしれない」否定をしないで、青葉は言う。

 森山家のお母さんはシングルマザーであり、たった一人で(もちろん、いろんな人たちに助けられながらだけど)二人の姉妹を育てたすごいお母さんだった。

 そんなお母さんが今、一番心配していることが二人の姉妹の結婚のことだった。(姉妹は二人とも、結婚にあまり興味がなかった)姉妹のお母さんなら、そんな二人を結婚させるために、あらゆる強引な手段を使っても不思議ではないと思う。(もちろん、最後には二人の意思を尊重してくれるのだけど……)


「でも、私はお母さんにはもちろん、感謝をしているけど、まだ結婚する気はないから」お茶を飲みながら青葉は言う。

「お見合いの話。断っちゃうの?」心配そうな顔をして、緑葉は言う。(お見合い話を断るというのは、いろいろと大変なことなのだ)

「それができないから、こうして緑葉にお願いをしているんじゃない? どう、私の代わりにお見合いしてみない? すごくかっこいい男の人だよ。緑葉ならきっと好きになるよ。私はあんまりタイプじゃなかったけどさ」緑葉の顔を覗き込むようにして、わくわくした顔をしながら青葉は言う。(綺麗なお姉ちゃんの顔が近くに来て、緑葉は少しどきどきする。妹ながら、姉の青葉は本当に美人だと思った)


「……だから、しないって。結婚なんて。えっと、……でも、かっこいいんだ。その男の人。……一応、一応だけどさ、今、写真とかあるなら、一度だけ、見せてもらってもいいかな?」とお姉ちゃんを見て、緑葉は言う。

「あ、ちょっと興味あるんだ。緑葉」すごく楽しそうな顔をして、青葉は言う。

「違うよ! そうじゃないよ! ……でも、私の高校は女子校(というか、お姉ちゃんも同じ女子高に通っていたんだけど……)だし、なんていうか、まあ、ちょっと恋愛に興味があるというか、ただそれだけだよ」と少し照れた顔をしながら緑葉は言った。(恋に興味があるのは本当だった。女子校ばかりに通ってきた緑葉は、まだ男の人と正式にお付き合いをしたことが一度もなかったのだ。周りの友達も、だいたいがそうだけど)


「もちろんあるよ。いいよ、いいよ。ちょっと待ってて、今、写真持ってくるから。豪華で素敵なお見合い写真!」と言って、とても楽しそうな顔(お母さんそっくりの魔女みたいな)をしながら、青葉はとんとんと軽快なリズムで移動をして、キッチンを出ると、そのまま自分の部屋に向かって早歩きで移動をした。

 姉の青葉がキッチンに戻ってくるまでの間、妹の緑葉は、お茶を飲みながら、……お見合い。結婚。……すごくかっこいい男の人か。何歳くらいの人なんだろう? 仕事はなにをしているのかな? とか、そんなことをぼんやりと頭の中で考えていた。


「ただいま~。もう、すっごく疲れたー」

 そんな仕事帰りのお母さん(騒動の仕掛け人)の声が玄関から聞こえてきたのは、ちょうどそんなときだった。


 君に会いに行く


「初めまして。相葉幹と言います。よろしくお願いします」

 と緑葉が幹さんになれない敬語の挨拶をすると、幹さんは丁寧にお辞儀をして緑葉に言った。

 静かな和風の部屋の中には、緑葉と幹さんの二人きり。きっちりとした高そうな落ち着いた紺色のスーツ姿の幹さんの正面に座っている緑葉は、着慣れない胡蝶の模様が入った黄色の着物姿をして、さっきからちょくちょくとふかふかの紫色の座布団の上で足の位置をずらすようにしながら、緊張した顔をしていた。

 そんな緑葉のことを見て、幹さんはにっこりと、緑葉のことを安心させるようにして、笑った。

 緑葉はそんな幹さんに、ぎこちない笑顔をして、ぎこちなく笑って、それから視線を移して部屋の外に広がっている美しい日本庭園の風景を見た。

 松と石の灯篭と、鯉の泳いでいる池と、ときどき透き通るような音を立てるししおどしがそのよく手入れをなされた庭にはあった。

「緑葉さんがあまりにも若いのでびっくりしました。青葉さんは二十歳の人だと聞いていたのですが、緑葉さんはまだ十八歳なんだそうですね。現役の高校生なんだとか」と幹さんは言った。

「はい。そうです。今、高校三年生です」と幹さんを見て、やっぱりぎこちない笑顔のままで、緑葉は言った。 

「僕は今年で二十六歳になります。だから緑葉さんとは八歳違いになりますね。結構年が離れています」

「そうですね」と当たり前のことを緑葉は言った。

 かぽーん、と聞きなれないししおどしの音が鳴った。(それから二人は、沈黙した)

 なんでこんなことになってしまったんだろう?

 どうして私は、お見合いをする、なんてお母さんとお姉ちゃんにそう言ってしまったのだろう?

 と、今になって、緑葉はすごく後悔していた。


 さて、どうしよう?

 慣れない正座のため、薄紫色の座布団の上で、足の指をもじもじと動かしながら、緑葉は思う。

「緑葉さんのご趣味はなんですか?」

 にっこりと笑って悠さんはいう。

「は、はい。えっと、……料理、ですかね?」

 作り笑いをしながら緑葉はいう。

 緑葉は料理が大好きだった。

 朝早くにキッチンに立って、みんなのお弁当を作るのがいつもの朝の緑葉の日課だった。

 姉の青葉は料理がまったくできなくて(というか家事全般が苦手だった)いつも朝遅く、時間ぎりぎりの時間に起きていて、寝ぼけた顔をして、「おはよう、緑葉」とにっこりと笑って緑葉に言った。

 緑葉は、そんな姉のことが大好きだった。

「緑葉さんはとても家庭的な女性なんですね」幹さんはいう。

「別にそんなことありません」緑葉は言う。

 そこで二人の会話は止まる。

 緑葉は幹さんのことを見る。

 幹さんは笑顔のままで緑葉を見ている。どうやら幹さんは緑葉の言葉を待っているようだった。(自分が質問をしたから次は私の番ってことなのかな?)

 作り笑顔をしながら、緑葉は次の言葉を探している。


「相葉さんのご職業は大学の先生なんですよね?」

 と緑葉は言った。

「はい。大学で学生に勉強を教えています。専門は数学です」と幹さんはいう。 

「……数学。相葉さんはとても頭がいいんですね」

「そんなことはありませんよ」とにっこりと笑って幹さんは言った。

「緑葉さんは数学はお好きですか?」

「えっと、……残念ながら、苦手です」と恥ずかしそうにしながら緑葉は正直にそう言った。(するとくすっと幹さんは子供っぽい表情で笑った)

 幹さんはこの国で一番頭のいい大学の卒業生で、(高校もこの国で一番と言われている男子高校の出身だった。つまりとても頭がいいのだ)仕事をしている大学も、やっぱり、同じ大学だった。

 お姉ちゃんの青葉が通っていた歴史ある古い名門のお嬢様学校と同じ学校に通っている緑葉はそれなりに勉強はできたほうなのだけど、幹さんと比べるとその違いは明らかだった。

 そこで二人の会話はまた止まった。

「気分転換に少し庭を歩きませんか?」

 そんなことを幹さんが言った。

「はい。そうしましょう」

 と緊張しながら、緑葉は言った。(移動するとき、緑葉は足が痺れてしまっていて、立ち上がるのに少し時間がかかってしまった。幹さんはそんな緑葉の様子に気がつかないふりをしてゆっくりと行動をしてくれた)


 天気は晴れ。

 空には気持ちのいい青空が広がっていた。

「私の大好きな人のお話をしてもいいですか?」

 二人で池の鯉に餌をやって居るときに、緑葉は言った。(鯉に餌をあげることができると、仲人の親戚の叔母さんが二人に教えてくれたのだ)

「はい。もちろん」

 にっこりと笑って幹さんはいう。

「ありがとうございます。私の大好きな人とは、お姉ちゃんのことです」と緑葉は言う。

「お姉さん。青葉さんのことですね」幹さんは言う。

「はい。そうです。あの周りに迷惑ばかりをかけている自分勝手でわがままなお姉ちゃんのことです」

 とふふっと笑いながら緑葉は言った。

「お姉ちゃんはすごく自由で気ままな人なんです。いつも笑っていて、いつもきらきらと輝いていて、なんでもできて、いつも、昔の小さな子供のころから、立ち止まってばかりいる私の手をずっと引っ張って走り続けているような人なんです」

 緑葉はいう。

「青葉さんは写真の印象通りの人なんですね。きっと」とにっこりと笑って幹さんは言った。

 幹さんの見た青葉のお見合い写真は青葉が笑顔でピースサインをしている写真だった。そんなお見合い写真を幹さんは思い出しているのだろうと緑葉は思った。

「私はそんなお姉ちゃんのことが大好きです」

 立ち上がって(屈んで鯉に餌をあげていた)幹さんを見てにっこりと笑って緑葉は言った。

 そんな緑葉の素朴な笑顔を見て、思わず幹さんはその顔を少しだけ赤く染めた。

 それから緑葉は自分がどれだけお姉ちゃんの青葉に憧れているのかのお話を幹さんにした。

 幹さんはそんな緑葉のお話をずっと笑顔で聞いてくれていた。


 結局のところ、緑葉は幹さんに青葉お姉ちゃんのお話しかしなかった。

 お見合いの最後の席で、幹さんに緑葉は「緑葉さんは本当に青葉さんのことが大好きなんですね」と言われて、緑葉はその真っ白な耳を真っ赤に染めた。

(それでも最後のほうは二人はとても楽な気持ちで会話ができるくらいの関係にはなった。緑葉はもし自分にお兄ちゃんがいたら、きっと幹さんみたいな人だったんだろうなって、そんな不思議な気持ちを感じた)


 緑葉は幹さんとのお見合いをお断りした。

 お見合いのあとで、やっぱり私には結婚なんてまだまだ先の話だったと緑葉はつくづく心の底からそう思った。(どうやら幹さんもお見合いの相手がお姉ちゃんから緑はに変わってからは、同じように思っていたらしい。緑葉はやっぱり幹さんから子供だと思われていたようだった)

「緑葉さん。青葉さんにあったら一言だけ伝えて欲しいことがあります」と幹さんは言った。

「はい。なんですか?」

 と別れ際に緑葉はいう。

「僕は写真でしかあなたに出会っていませんけれど、私は確かにあなたのことが好きでした。愛していました。この出会いは私にとっては運命の出会いでした。でも青葉さんにとってはそうではなかったみたいですね。そのことが本当に残念です。できれば一度だけでも、写真ではない、本当のあなたと出会ってみたかったです」

 じっと緑葉の目を見ながら幹さんは言った。

「わかりました。その言葉は絶対にあの意地悪なお姉ちゃんに伝えておきます」と緑葉は言った。

 それで緑葉の人生で最初で最後の(もう二度とお見合いはしないと誓った)お見合いは終わった。(後日、約束の通りに幹さんの言葉を伝えると青葉は緑葉に「そうなんだ。わかった。じゃあ、お詫びもかねて、一度だけ相葉さんに会ってみるよ」とそっけない態度でそう言った。そのあとでお姉ちゃんが実際に幹さんとあったのかどうかは緑葉にはわからないことだった)


「ねえ、緑葉」ある休日の日にソファーの上で青葉が言った。

「なに? お姉ちゃん」

 絨毯の上でごろごろしながら緑葉がいう。

「今度の日曜日にさ、デートしようか? デート。二人だけで」

 となんだかとても嬉しそうに笑って青葉は言った。

「二人で?」緑葉はいう。

「そう。いいでしょ? 昔みたいにさ」

 ととても楽しそうな顔で青葉は言った。

「うーん。そうだな。まあ、別にいいけど」

 と(内心、とてもうきうきしながら)めんどくさそうに返事をして、緑葉は青葉お姉ちゃんと二人だけで久しぶりにデートをすることにした。


 そのデートは本当に楽しい時間だった。

 そのデートの最後に二人で夜景を見ているときに、青葉は緑葉に「この間は本当にごめんね」ととても珍しいことを言った。(緑葉が最初に自分が言葉を聞き間違ったのかと疑ったくらいだった)

「この間って、お見合いのこと?」

「そう。お見合いのこと」

 と緑葉を見てにっこりと笑って青葉はいう。

「そんなの別に気にしてないよ。私に迷惑をかけるのはいつものことじゃん。まあ、幹さんにはすっごく悪いことしちゃったなって、今でもそう思っているけど」と緑葉は言った。

「うん。そうだね。すごく悪いことしちゃった」と青葉は言った。


「ねえ、緑葉は今、好きな人とかいないの? 私に秘密でもう付き合ってる人でもいいけどさ」

 と青葉は言った。

「そんな人いないよ」と緑葉は言った。

「本当に?」

「本当だよ。お姉ちゃん」

 と(私はまだまだお姉ちゃん離れできていない子供だよ、お姉ちゃん、と思いながら、青葉お姉ちゃんに甘えるようにして、寄りかかりながら)緑葉は言った。


 それから一年後くらいに青葉は幹さんと結婚をした。(それは本当に突然の結婚だった)

 そのことを緑葉が知ったのは、結婚式の前日(あ、私、相葉さんと結婚することにしたから、という姉の言葉からだった)だった。


 花が咲く季節。

 時期。

 それが今、なのかな?


 青葉お姉ちゃんの結婚式から二年後


 緑葉の誕生日、または緑葉の結婚式当日 


「緑葉いる?」

 そんな明るい声がして、とんとんと部屋のドアがノックされた。

「いるよ、お姉ちゃん」

 緑葉がそういうと、ドアが開いて、そこから姉の青葉がその綺麗な顔だけを出して緑葉のことを見る。

「よかった。逃げないでちゃんといるね。えらいえらい」と青葉は言う。

「逃げたりしないよ。私はお姉ちゃんとは違うんだから」

 とふふっと笑って緑葉は言った。(お姉ちゃんの青葉は結婚式の当日になって、結婚式場から逃げ出そうとした。今では笑い話になっているけど、当時は本当にびっくりして、必死でお姉ちゃんをみんなで捕まえようとしたのだった)

 青葉はゆっくりと明るい部屋の中を歩いて緑葉のいるところまでやってくると真っ白な花嫁衣装を着ている緑葉を見ながら、「今日の緑葉、いつもよりもずっとずっと綺麗だね」と緑葉に言った。

「どうもありがとう。お姉ちゃん」

 と緑葉はにっこりと笑って青葉に言った。

「あのね、お姉ちゃん」

「なに? 緑葉?」青葉は言う。

「私、お姉ちゃんのこと大好き」と、ふふっと幸せそうな顔で笑って緑葉は言った。

(思わずお姉ちゃんの青葉が妹の緑葉の前で珍しく大泣きしてしまったのは、それからすぐのことだった。大好きな妹へ。という手紙を結婚式の最後のほうで読んで泣かされて、すぐに仕返しされちゃったけど)


 君は、今どうしてる?


 緑葉の結婚 終わり

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