第2話 自己紹介

 「じゃあ、僕は木下ゆたか、君は。」

 「私。」頬に人差し指を当てて、しばし思案して。


 「私、ドロシー?」


 何故、語尾を下げる、何故、ニュアンスが疑問形なんだ。

 「ドロシー、・・・だよね。」「うーーーん、多分。」

 「多分って。」「うぅんとね、こんな感じ。」

 彼女は僕から手を放すと、一歩下がった。


 光の加減なのか、周囲が暗くなり、とても可愛らしい顔に影が出来る。

 彫りのある美人さんなだけに、影が出来るとちょっと怖い雰囲気になる。

 しかし、彼女の顔の影は濃さを増してゆく、どんどん、どんどん、どんどん。

 しかも周囲の景色までもが暗くなってゆく、今や彼女の顔は、いかなる物も、光も、電磁波も(光も電磁波だけど)全てを飲み込むブラックホールの様になっている。


 彼女の姿はもう見えない、僕の体感が正しければ、この辺りの気温は0℃以下だ、寒い。

 「何だこれ、素敵イベントじゃないのかよ。」逃げる、逃げるぞ。

 幾ら、外人の可愛い子で、お泊まりで、お礼をしてくれると言っても、これはダメだ。

 ・・・遅かったのか、寒さで体が、動かない、彼女に背を向けるのが精一杯だ。


 と、次の瞬間、秋の夕暮れの景色と、暖かさが一気に帰って来た。

 「・・・あったかぁーーー。」

 何だ、何が起こった、幻覚か、薬物に手を出した事は無いけどな。

 毒ガス、サリン、VX、だとしたら、この暖かさは天国。


 ・・・それは無いな、天国に逝ける様な善行をした事無いし、えっちな事したいと常日頃から思っているし、じゃ、現実なのか。

 僕は自分の周りを見た、僕を中心に半径5mぐらいが水で濡れている。

 雨が降ったみたいに、足元を見て原因が直ぐに分かった。

 霜だ、温度が戻った事で、霜が溶けたんだ。

 と言う事は、物理的に発生した事象で、・・・間違いなく現実。


 理科系の僕の好奇心が後ろを振り向かせる。

 「驚かせちゃった、でも逃げなかったのはゆたかが初めて。」

 言い訳はしない、恐怖と寒さで動けなかった事実は言わない、良い評価になっているし。

 それに、振り返った今は、目の前にいるのっぺらぼーを見て、もう動けない。


 ドロシーはつやつやのつるんとした顔になっていた。(これ顔って言うの)

 「なあー、ドロシー、こいつ、逃げなかったわけじゃなくて、チキン過ぎて動けなかった、と言うのが本当じゃないの。」

 なっ、僕の心理を言い当てるのは誰、ドロシー以外に誰か、いるの。

 「いいじゃないか、僕は羨ましいよ、『怖い』と言う心を持っているんだろう。」

 「・・・」「わん。」


 のっぺらぼーのドロシーに気を取られ気付かなかった。

 「見ろよドロシー、こいつやっぱり動けないんだぜ。」

 「ちっ、違うもん、案山子かかしの言うのが間違い、ゆたかは逃げなかったの。」

 案山子かかし、胴体が左右の耳の案山子かかし


 「そうだよ案山子かかし、僕達に食べ物を分け与えてくれた、優しい人だ、少しチキンでも優しい人である事に違いないよ。」

 「ブリキマンも、どうして臆病者みたいに言うの、違うのゆたかは優しい人だから逃げなかったの。」

 ブリキ、ブリキの人形、胴の蓋が開いていて、目玉が二つ、入っている。


 「俺は、違うと思うなあー、なあーライオン。」「・・・。」

 「ライオンさん、無理しないで、あなたは勇敢よ、ちょっと人見知りで、無口なだけだから。」

 ライオン、確かにたてがみがある。

 でも、口が、一飲みにされそうなぐらい大きな唇。

 普通のサイズにしたらきっと、とっても素敵な唇、しかしこれだけ大きいと不気味だ。


 「わん、わん、わん、わん、わん。」

 「トト、止めて、この最後の一個はダメ、取っとくの、や~め~てっ、飛びつかないの、めっ。」

 「うーーーーーーー。」

 どうやら、『わんわん』言っているので犬の様だが、顔全体が鼻。

 鼻筋の通った、かっこいい鼻だ。


 で、チキンなのに気絶の出来ない僕は、どうしたらいい。

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