Rowing.3

 昼休みになり、皆が購買へスタートダッシュ綺麗に決めていく最中。



 「ねえ、翔悟。四組の望月奏もちつき かなでと知り合いなの?」



「.........ん。まあ...知り合いというかなんというか。っていう感じの間柄だな」



「え、マジで⁉......俺さ、望月さんのこと好きなんだよね。だから、紹介してくんない?なあ、頼むよ!一学期からの付き合いだろ?」



いかにも恋愛経験豊富そうな茶髪で肌の黒いこの男子の名前は鎌崎京矢かまさき きょうや。四月に同じクラスになってからというもの、よくつるむようになった俺と同じく帰宅部の男子生徒。帰宅部と言っても学外でサッカーをしているらしく、帰宅部員にしては体格がしっかりしている。

そんなにモテそうな人間が俺みたいな奴に紹介しろと迫ってくる光景は少しの優越感を味わえるものとなった。紹介をするだけなら簡単なことだ。しかし、俺は彼女に部に入れと迫られている身だ。当然、会えばまた勧誘の話になる。だから、ここはふんわりと断りを入れる。



「その……すまん‼俺、確かに知り合いではあるけどそんな話すような仲でもないから紹介はちょっと……」



「東山くん‼ちょっと用あるから来てくれない?あ、お取り込み中なら後でもいいんだけど」



教室後方入り口に立つのは今朝初めて話した女子、望月奏だった。勢いよく俺の名前を教室内に響かせた途端、クラス全体の視線が一気に集まる。揺れる髪の毛はふわりと舞い、近くにいた男子が顔を赤く染めるほどいい香りを放っている彼女は所謂、学年内のマドンナ……いや、モデルと言った方が良いだろうか。スタイル抜群の彼女と話せるだけで神と崇められるといわれているほどの人気者らしい。

 他人の事情に疎い俺は、先ほど近くの女子が彼女の話をしていたのを盗み聞いた内容をそのまま整理したに過ぎないので本当かどうかは定かである。



 「いや、取り込み中ではないんだけど……」



 「って、お、おいっ!普通にしゃべってんじゃねぇか!だったら、紹介してくれたって……」



 隣で鎌崎が俺を恨めしそうに見ている中、望月が俺の方に近づいてくる。



 「で、用は済んだ?なら、放課後にちょっとだけでいいから部室等近くのトレーニング室に来てくれない?そこで待ってるから、来たら声かけてね」



 そう言い残し、彼女はすぐさま教室を後にした。

 ―――別に用は済んでいないのだが、彼女が近づいてきた際に破壊的衝撃を受けて、しばらく立ち直れそうにないらしく……。用事はいつの間にか消えていた。



 

 ♦




 ―――放課後。午後四時半を過ぎても昼と大差がない程明るい校内にトランペットの音が響き渡る頃、入学してから初めて部室棟の方へ向かった。四月の部活動勧誘の際は中庭や正門付近で行われていたので部室棟へ行く機会がなかった。そもそも部活に興味がなかった俺はすぐさま帰っていたことを鮮明に覚えている。当時の俺は勧誘の楽しそうな声に吐き気を覚えていたことも忘れていない。



 夏の暑さをもろともしないように動く部活動生は本当に尊敬する。必死にボールを追いかけているサッカー部。迫りくるボールを止めにかかるハンドボールのキーパー。グラウンドの広さの関係により、気持ちよく打つことができないであろう狭苦しそうな野球部。様々な競技で運動場は溢れかえっていた。

 その隅に堂々とそびえ立っているのは我らが播崎高校の部室棟。その隣には最近新設されたトレーニング室。友達曰く、最新機器が揃っているとかで部活動生の中でジムに行かなくても鍛えられるとのことで人気のスポットになりつつある。



 俺は望月に言われたとおり、トレーニング室にちゃんと来た。本当は来たくないという気持ちでいっぱいだったが、逃げることだけは俺の中にあるプライドが許さなかった……いや、単に俺の気が弱いだけかもしれない。

 入り口の【部活動生以外立ち入り禁止】と書かれた張り紙が俺の入室を拒んだ。一年生で真面目な俺が張り紙に書かれていることを無視するのはなんともし難い行為。俺は入ろうか入らないでおこうかしどろもどろしていると。



 「なんだ、ちゃんと来たんじゃない。さあ、入って!案内してあげるから」



 待っていたかのように現れた彼女、望月奏は俺を見つけるとすぐさまトレーニング室の方へ引っ張って行く。部活動生じゃない俺は入学四カ月目にして、禁止事項を破るという行為をやってしまった。



 トレーニング室は三階建ての鉄筋コンクリート造り。一階は様々な部活動生徒が使用する公共トレーニングルーム。三階も同じような造りになっており、特に変化はない。少しばかり違う箇所があるくらいだ。



 「マジかよ。この学校の設備の揃い用はえげつないな」



 思わず口から心の声が漏れてしまった。俺の驚きが隠せていないのは傍から見れば一目瞭然。



 「そうでしょ?この学校、まあまあなお金持ちだからさ。私達が欲しいものをなんでも揃えてくれる傾向があるの。生徒を一番に考えている学校であるという証明がこのトレ室だと思ってる。さあ、ここは後にして二階に行こうか」



 俺は玄関に入ってすぐのところにある上に続く階段を上っていく。

 その途中、俺たちはちょっとした会話を挟んだ。



 「ねえ、東山君。君はどうしてボートから逃げたの?」



 この女はいきなり痛いところを突いてきた。でも、この質問には答えずらいので無視を貫こうとすると。



 「―――無理に話さなくていいから。そりゃあ逃げたいときもあるよね」



 「…………」



 「でも、一つだけ言っておくね。

―――アテンション!ってスタートラインでしか聞けないんだよ」



 意味不明なことを言い出した彼女。先ほどから彼女の言いたいことが何なのか全く分からない。いきなり、当たり前のことを言われてもっていうような最後の言葉は何故か俺の胸を突かれるような感覚に襲われた。



 「さあ、見えてきたよ。ここが私達の部活動拠点兼部室。播崎ボートパーク!だよ?」



 そこにはこの学校のボート部員がに乗って、汗を滝のように流していた。


 

 「―――、ね」


 

 ―――それは俺の人生を大きく変えた機械との本日二度目の対面だった。

 


 

★ボート用語


 ・エルゴメーター…地上で漕ぎを練習するマシン。様々な記録(漕ぎの強さ・漕いだ距離)を数値化するもの。

 

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