導かれる人々
<<旅客機内>>
成田発、パリ行きのエアバスA340旅客機が高度1万メートル以上の高高度を飛行していた。
この機にはフランス軍外人部隊に入隊するために日本を出国した七扇翔太が搭乗していた。
座席のテーブルにフランス語の教材とノートをのせて勉強に勤しんでいた。
ナナオウギは外国語の習得が特技なのか英語をペラペラで話すことができるほどのスキルがあった。
今回は手探りながらフランス語をものにすべくとにかく勉強する。
文字は覚えるのにそこまで苦労しなかったが会話には苦労しそうだった。
フランス語には発音しない語尾の子音字が多い。
覚えたての時は文字から発音を連想したり英語ベースで考えようとすると訳がわからなくなって事故ってしまった。
また、フランス語を覚える上で99は特に印象に残った。
なぜなら英語なら99はナインティーナインだがフランス語はキャトルヴァンディスディズヌフという。
直訳すると(4 x 20)+ 10 + 9である(つまり99)。
この時点でもう納得いかなかった。
ナポレオンでもド・ゴールでも誰でもいいがシステムを作り直そうと言い出す偉人はいなかったのだろうか思ってしまった。
もちろん自国の言語をこよなく愛するフランス人にはアイデンティティであるそれを壊す気は毛頭なかったのかもしれないが。
そんな感じでナナオウギは機内で最終チェックをするようにフランス語の会話などをメインにしてエコノミークラスの座席で隣の人が迷惑に思わない程度に発音練習する。
この時旅客機は北極海を南西に進みロシア領のコラ半島付近まで来ていた。
しかし、この時乗客たちはここ数時間で世界が劇的に変化したことを知らなかった。
数時間前、この空域でノルウェー空軍の対潜哨戒機がロシア空軍に撃墜されたばかりだったのだ。
旅客機から数十km離れたところから2機の不審な航空機が接近していた。
ムルマンスク市から150km離れたロシア空軍モンチェゴルスク空軍基地から発進したMig-29戦闘機2機だ。
この戦闘機のパイロット達はレーダースコープに映っているのが旅客機であることはわかっていたが上からの命令には絶対服従するつもりだった。
パイロットたちは操縦桿の先端のカバーを親指で外す。
Mig-29は既に旅客機にレーダー照射を行いヘッドアップディスプレイ越しに目標のエアバス旅客機をロックオンしていた。
だが旅客機にレーダーや逆探知機などあるはずもないので攻撃を受けようようとしていることに気付ことはない。
そして遂に戦闘機のパイロットがミサイルの発射ボタンを押してしまった。
バシュウウウウウン。
Mig-29SMT戦闘機からR-27中距離空対空ミサイルが発射された。
ミサイルはどんどん加速して旅客機に近づいていく。
これは絶体絶命とも言うべき状況だが旅客機の乗員にその自覚はない。
だが運は旅客機の方に味方した。
R-27ミサイルが左主翼の4番エンジンの前方端のナセルに命中するも爆発せずに貫通して信管が動作しなかった弾頭は外へ飛んでいった。
爆発していれば主翼は確実にもがれているところだった。
だが直撃でタービンが破壊されエンジンが火を吹いて火災が発生する。
コックピットでは警報音が鳴り響き多数の警告ランプが点滅し、機長や副機長、オペレーターが叫び合っていた。
「自動を切れ、機体が旋回している!」
「何が起きた?!」
「4番エンジンに何かがぶつかったようです!エンジンが大きく損傷し火災が発生!」
「自動消火装置を作動させろ!」
「ダメです。作動しません!」
「エンジン停止!」
「エンジン停止を停止しましたが、漏れた燃料に引火して火災が止まりません!」
「燃料をカットするんだ!」
「燃料カット!」
「ダメです。火災が止まりません。まだ漏れているようです!」
「大変です。油圧が下がっています。このままだとロストコントロールに陥ります!」
「こちら〇〇航空244便。緊急事態発生。エンジントラブルにつき非常事態を宣言します。ただちに緊急着陸を実施したい、どうぞ。」
しかし返答が帰ってこない。
「だめだ、うんともすんともない」
「どうしますか?」
「とにかく飛び続けるんだ!」
その頃乗客たちはパニックになっていた。
ナナオウギも動揺しながら座席に座り続けるしかなかった。
ここで攻撃したMig29戦闘機のパイロットがまた操縦桿のボタンを押す。
第2射のミサイルが旅客機に向かって飛んでいく。
今度も不発などという幸運はないだろう。
そしてミサイルは旅客機から1km以内に接近する。
この攻撃では旅客機の操縦士達も肉眼でミサイルを確認した。
ここで自分たちが戦闘機に狙われていることを初めて認識するのだった。
「ミサイルだああああ!」
機長達がパニックになる。
このままミサイルは旅客機に命中するかと思われたが、その瞬間視界が光りに包まれた。
パニックが加速する。
そして光が収まると旅客機は何事もなく飛んでいた。
何事もくではなく、すぐに機体が左へ逸れ始めてしまい急いで機長が機体を立て直す。
しかしミサイルはいつになっても着弾しないので冷静さが戻ってきた。
「何だったんだアレは?」
しかし答えは出ない。
こうしている間もエンジンの火災と油圧漏れは続いている。
「しかたない不時着する」
「待ってください。ここは北極海ですよ。せめて陸地に...」
「どこに陸地があるんだ?」
よく見ると陸地がなかった。
しかも高度3万6千フィートを飛行していたはずなのに今は高度が1万フィートしかなかった。
そして明らかに景色が違う。
寒々とした北極海にはとても見えない情景だった。
「え...?]
副機長は言葉が出ない。
もう何がなんだかわからなかった。
とにかくわからないので仕方なく機長の指示に従う。
「こ、降下します」
旅客機は高度を下げ始め、不時着の体制を取り始めた。
「機長です。エンジントラブルのため当機はこれより海面に不時着します。衝撃に備えるため、乗客の皆さんは係員の指示に従って行動してください」
機内に機長のアナウンスが流れる。
乗客は不安でしかたない様子だった。
一方操縦席では旅客機を操縦するための油圧がどんどん抜けていくのでフラップやスラット、舵の展開が非常にぎこちないがなんとか姿勢は保つよう細心の注意を払って操縦士が操縦していた。
そして海面ギリギリまで降下しタイミングを見計らう。
「少し速度が出過ぎてませんか?」
「しかたないだろ、このまま行くぞ」
「はい」
そして旅客機は海面に着水する。
期待は分解することなく無事不時着し重傷者は出なかった。
だがもたもたはしていられない。
着水して間もないのにもう床が水浸しになりつつあったのだ。
乗客は半分パニックになりながら出入り口に殺到し、扉が開くと次々と海に飛び込んでいった。
ナナオウギは浸水速度を考えれば全然余裕だと思って最後尾に回ることにした。
だがここで思いもよらないことが起きた。
自分の座席から通路を挟んで向かい側の席に座る白人の少年が一向に立ち上がれずにいた。
シートベルトが壊れてしまったのか全く外せなくなっていて母親が対処するもびくともしていなかった。
既に乗客、乗員は外に出てしまっていた。
ナナオウギは少年に駆け寄りベルトを外そうとするも器具の内部に何かが挟まってしまったのかボタンがびくともしない。
もちろん握力や手持ちの物で金具を破壊するのは到底不可能だった。
「助けてえええ、溺れるうううう!」
「大丈夫だ、おじさんがなんとかする!」
少年は英語で泣き叫びまくり、ナナオウギは勇気づけるように励ます。
ナナオウギは水を掻き分けて厨房や荷物置き場に走っていくとナイフを取りまた座席へ戻る。
しかしとても凶器になりそうもないナイフではシートベルを切るのは難しくびくともしない。
水かさは既に子供の肩まで来ていた。
そこへ乗員が駆けつけるもやはりどうしようもなかった。
ナナオウギはとにかく頭を回転させて案を考える。
切るのはダメ、破壊するのもダメ、引っ張ってもちぎれない。
まだ何かないか、周りを見渡す。
そして一瞬ちらっと関係ないことを考えてしまうが、ここでようやく案がまとまった。
脱出したら信号弾なり信号灯を使わないといけないが、これは水中でも発火する。
花火を水中に突っ込んでも燃え続けるのと同じだ。
それでシートベルトを焼き切れないか考えた。
焼ききれなくても強度を大きく落とせるはずだ。
「すいません、非常信号灯はどこに?」
乗員、特に駆けつけていた副操縦士に場所を聞く。
「あそこですが完全に水没しています」
確かに一番先に水没してしまっていた区画だったが、場所を聞きナナオウギは迷わずそこへ向かう。
そして深呼吸して海中に潜った。
なかなか取り出しづらいところにあって手間がかかる。
取り出すことに成功し顔を海面に出した時には完全に息切れを起こしていた。
危うく自分も溺れるところだった。
また座席に戻ると少年のが顔を上にしてようやく顎が出るといったギリギリまで水位が上昇している。
急いで容器から信号等を出すと発火させる。
狭い機内が一瞬で煙だらけになるがそれはしかたない。
発煙筒を海中に突っ込みシートベルトに押し当てる。
海中に発煙筒から発する気泡がボコボコ発生する。
そして発煙筒は2分間燃え続けたがシートベルトが完全には千切れはしなかった。
「皆、これを引っ張ってくれええええ!」
ナナオウギは救助に駆けつけた人達にシートベルトを引っ張るようお願いする。
全員が焼けたシートベルトを引っ張る。
この時に子供の口は水中に沈んでしまった。
「タイミングを合わせろ、3.2.1!」
大人たちが一斉にシートベルトを引っ張った。
ついにシートベルトがちぎれる。
子供の顔が海面から飛び出した。
「やったぞおお!」
皆から歓声の声が上がる。
「急げ、ここも水没するぞ!」
救出にあたった人達もようやく外に出ることができた。
死者を出さずに済んむ。
そしてナナオウギは外でプロペラ機の音がほんの微かにすることに気付いた。
機長に許可をもらい、発煙筒を発火させて目印にする。
正直なところこんな状態では長時間ここにいるのは困難だった。
助けを呼ぶなら今しかなかった。
ナナオウギは神に祈るようにプロペラ機が来るのを待つ。
そして雲の切れ目から航空機2機が姿を表した。
乗客たちが歓声をあげる。
しかしそれを変に思うものがちらほらいた。
機長やナナオウギなど航空機にそこそこ詳しい人達だ。
現れた航空機を見るがそれはどう見ても第二次大戦のレシプロ機そのものだった。
あまりの不自然さに少しだけ驚いてしまう。
だが彼ら以外自分たちを助けられるものなどいないので自分たちの運命を託すしかない。
2機のレシプロ機が上空を旋回して飛び去っていくとナナオウギは呟く。
「頼んだよ」
ナナオウギたち乗客の運命がレシプロ機のパイロットであるフニャンに託された。
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