黄昏のアルカディアンズ
<<とある星の戦場>>
雲の中を一機の飛行機が駆け抜けるように全速力で飛行している。
その飛行機はレシプロエンジンが2つ付いた、いわゆる双発機と呼ばれる飛行機で第二次世界大戦でよく見られた戦闘機攻撃機と呼ばれるタイプだ。
雲の中の乱気流にもまれながらその攻撃機のパイロットは水平器や高度計などの計器をよく見ながら飛行を続ける。
その攻撃機のパイロットの姿は人とは異なっていた。
獣のような耳と尻尾を生やしたヒトとは異なる姿の人間だった。
その獣部分は一言で言うと猫であり、その目も猫のように鋭い瞳をしている、言うなれば亜人である。
そしてそのパイロットは赤茶色の髪と金色の猫のように鋭い瞳で眠そうな表情をする可愛らしい小柄な女性だった。
攻撃機のパイロットは視界が殆どない雲の中をとにかく進み続ける。
段々視界が明るくなっていき、終いに雲の切れ目が見えてきてそこをくぐり抜け外へと飛び出した。
そこに現れた光景は空中に多数の爆煙が発生する弾幕だった。
パイロットは下の様子を見て狙いを定めたのか操縦桿を倒し、攻撃機は降下、降下し加速する。
どんどん速度をあげる攻撃機の先には隊列を成す戦艦や巡洋艦の姿がある。
パイロットの狙いは戦艦だが、その艦はとてつもない大きさの戦艦だった。
第二次世界大戦最大の大和型戦艦より一回り以上も大きい巨艦で主砲も口径が50cm以上に達しているかもしれない程の巨砲の連装砲を3基搭載していた。
どうやら味方の艦隊と砲撃戦を繰り広げている様子で、大和型戦艦より少しだけ小さいサイズの味方の戦艦と撃ち合っている。
こちらは40cm程度の三連装砲を4基搭載する艦で手数で敵にダメージを与えるタイプの器用貧乏感のある戦艦だった。
攻撃機のパイロットは加速した機体を海面ギリギリの高さにつけると戦艦目掛けて突っ込んでいく。
後方に同様の攻撃機が何機もついてくるが1機を除くと皆遅れ乱れ気味だった。
雲に潜ってからの奇襲などそう易易とできるものではないからだ。
だが概ね成功と行ったところで対空砲火は他の編隊に集中していて自分たちに向けられているのは少数だった。
攻撃編隊は巨大戦艦を有効射程に捉えようという時になって一斉に砲火が集中し始めるが時既に遅しである。
攻撃機のパイロットは照準器で狙いを定めるとコックピットの脇にあるレバーを引く。
すると機体の下に吊り下げられていた航空魚雷が海面に落ちて水しぶきが上がった。
攻撃機のパイロットはすぐに操縦桿を引き起こし回避行動に入る。
この時、後続の攻撃機も航空魚雷を投下するが、対空砲火で火を吹いて一瞬で海面に激突する攻撃機もでる。
投下された航空魚雷はいくつもの並行した航跡となって巨大戦艦に向かって航走していく。
巨大戦艦の副砲が苦し紛れに海面を砲撃して破壊を試みるも一発も迎撃できない。
巨大戦艦自身も奇襲とその巨体故に全力で舵を切っても転舵が非常にゆっくりと重鈍だった。
魚雷はその殆どが巨大戦艦の左側面に命中しいくつもの水柱が吹き上がる。
この巨大戦艦の側面装甲は空間装甲と分厚い装甲板の二段構えだが、この構造の弱点は攻撃を受けると空間装甲がまるごと浸水することと最悪爆発の圧力で装甲のつなぎ目を割られることにある。
しかもこの時戦艦にはいくつもの魚雷が左側面にまんべんなく命中し装甲板のつなぎもいくつか叩き割られその浸水量は凄まじいものだった。
戦艦は短時間でバランスを崩し始め、反対側のバラストタンクに注水するも今度は浮力の問題でそれ以上注水すると完全に沈んでしまうレベルに達する。
総員に退艦命令が下ったのか巨大戦艦の乗員たちが一斉に海に飛び込み始めた。
水兵達もまた猫のような耳と尻尾を生やした亜人でその過半数が女性だった。
そして遂に排水量10万トンはあろう巨大戦艦は完全に横転してしまいしばらくして海の底へ消えていった。
攻撃機の編隊は戦果を確認すると自国の方角へ飛び去っていく。
先程の攻撃機のコックピット内では機銃手がパイロットを褒めちぎっていた。
「さすがですよ、隊長!隊長にかかればあの超戦艦もただの鉄くず同然です。このまま勲章をどんどん量産すれば隊長をバカにする奴らなんていなくなりますよ」
この機銃手はおしゃべりなのかマシンガンのようにパイロットや通信手におしゃべりをかましてくる。
「確かに隊長じゃなかったらこうも上手くいかなかったとは私も思いますね」
通信手はおしゃべりに応じるがパイロットは機銃手のおしゃべりにほぼ無反応だった。
眠たそうな表情のまま操縦桿を握って周囲を見る。
悪気はなさそうで、もともとこういうキャラなのか無口に見える。
そして攻撃機の編隊はそのまま本国にある航空基地へ帰還する。
ランディングギアを下ろし、着陸フラップを展開させて滑走路に侵入する。
タイヤが地面に付き減速して機体はほぼ停止し、そのままゆっくりと駐機場へ向かった。
隊長機の攻撃機から乗員たちが下りる。
また隊長機に常に機敏に付いてきた2番機とも言える攻撃機が同様に駐機場に着くと、こちらからも乗員が下りてくる。
「隊長!」
2番機のパイロットがキャノピーを開けて駐機場を歩いていた隊長であるパイロットに向かって親指を立ててサムズアップする。
ペルシャ猫のような髪とオッドアイの瞳を持つ陽気そうなパイロットだった。
「あたいの操縦どうでしたか?上手くやれてたでしょ」
隊長機の機銃手ほどではないがこちらもおしゃべりが好きそうな人柄だった。
「うん」
隊長はほんの少し優しい表情をして一言だけ簡潔に返答した。
2番機のパイロットはそれ以上の返答は期待してないのかその一言だけで満足な様子だった。
そこへ別の士官がやってくる。
「フニャン・ニャ・チェイナリン中尉、アーニャン・ミラクリス准尉。補給を終えたら直ぐに離陸してください」
「任務は?」
返事したのは2番機のパイロット、アーニャン・ミラクリス准尉だった。
「偵察です。他の機は攻撃任務で再出撃し、あなた達は偵察で味方をカバーしてください。よって爆装はいりません、増槽タンクだけで結構です。質問は?」
「ありません」
隊長であるフニャン・ニャ・チェイナリン中尉が返答する。
「よろしい。では出撃してください」
そう言うと直ぐにフニャン達は直ぐに搭乗機に戻る。
まだ補給が終わってないので手持ち部汰さからアーニャンは無線機をいじってラジオを聞く。
しかし、面白そうなチャンネルはなく、開戦報道を伝える番組だけしか組まれていなかった。
「祖国を愛する国民の皆さん。私はミャウシア社会主義共和国連邦、党中央委員会書記長のゥーニャ・ニャブローニャです。この放送を聞いている同志たちに語りかけたいと思います。我々は未曾有の危機に直面し、皆さんにとってこの戦争の行方が気が気でなくて仕方ないでしょう。それは私もです。ですが私はこの未曾有の危機に対し、あらゆる策を講じ、全力で対処に当たる所存です。私が書記長就任からまだ半年しか経っていことをとやかく言うものもおりますが、それでも祖国を憂う気持ちは誰よりも負けません。そして私は私を支えてくれる心強い同志達達のおかげであらゆる問題に立ち向かうすべを持っています。そう、同志の皆さんです。この戦争は...」
ラジオはどのチャンネルも国家元首の演説を流していて、面白くなさすぎてアーニャンはそのまま無線機を切ってしまった。
「この戦争、勝てるのかな?」
アーニャンは戦闘攻撃機のコックピット内でそう呟く。
彼らは絶望的な戦争をしていた。
彼らの国、ミャウシア社会主義共和国連邦は超大国の間に位置する国で、古の時代から大国の戦乱に巻き込まれ続けてきた。
そしてこの世界は今、壮絶な世界大戦に突入してしまっていた。
戦火は世界中に広がり、終わりの見えない泥沼へとのめり込みつつある。
そして超大国に挟まれたミャウシアは両国から侵攻を受け存亡の危機に直面していた。
今は持ち堪えているが押し切られるのは時間の問題で誰もが焦燥感に駆られている。
これは地球とは全く違う星の、全く違う種族の出来事だった。
しかし、それは地球人とは決して無縁ではなかった。
運命は唐突に訪れる。
先程の攻撃機達は補給を終えて出撃していく。
2機の偵察機が雲の合間を抜けて作戦空域に入ると双眼鏡を使って周りを隈なく見て回った。
しかし、敵の姿が全く見えない。
「なんか、司令官が付け加えて言っていた話と違わなくないですか、隊長?」
先程のおしゃべりな機銃手が双眼鏡で周りを見ながらフニャンに質問する。
ここで珍しくフニャンが返答した。
「警戒を続けて、ウー」
「了解!」
機銃手のウーはようやく返事してくれたとばかりに気張って答える。
フニャンも静か過ぎる空をおかしく感じていた。
だがここで無線が入り、事態は急変する。
「飛行隊本部から緊急入電です。敵の奇襲を受け本隊はほぼ全滅とのことです。敵は相当な大部隊の様子で飛行隊本部からの通信が途絶しました!」
通信手が慌てた様子でフニャンに報告する。
フニャンは周りを見るがそれらしい敵がいない。
だが近くを飛んでる味方が全滅したのだから敵はすぐそこにいるはずである。
「撤退する」
フニャンはそう言うと2番機にハンドサインを送って撤退するから付いてくるよう指示する。
2番機のアーニャンが了解とハンドサインを返すとここで雲の影から敵の大群が姿を表し始める。
しかもそれらは四方から完全に退路を立つように現れた。
絶体絶命のピンチだ。
2機はダメ元で加速すると敵にヘッド・オンするように突っ込んでいく。
敵の攻撃を回避しそのスピードのまま逃げ去るつもりだが、敵の編隊が先に散開し始めた。
どうやらこちらの意図が完全に読まれている様子だった。
「隊長!」
2番機のアーニャンが無線で呼びかける。
「しかたない、そのまま突っ込む!」
そして2機の乗員たちは覚悟を決め、2機は敵編隊に突っ込んでいった。
被撃墜は必死の状況だがそれは唐突に訪れ、まるで巻き込んだ人々を救済するような出来事だった。
お互いにヘッドオンをかまそうかというところで突然、視界がまばゆい光に包まれる。
「何だこれ!?」
機銃手のウーが叫ぶ。
皆気が動転する。
その光は数秒間輝き視界を奪い続けるも、その後弱まりもとの雲の多い青空に戻る。
だがフニャンはすぐに異変に気付いた。
先程までの雲と全く配置が異なることだ。
そして極めつけは太陽である。
その太陽は自分たちの知る太陽とは全く異なり、黄ばんでいて大きさも倍以上あった。
これは決定的な違いだった。
「ここはどこ?」
フニャンはどうしようもないほどの驚きの状況についそんな言葉を発してしまう。
通信手は司令部への交信を試みるも様々な電波が飛び交い、ノイズだらけなのか通信不能な様子だった。
そしてフニャンは自機の下、海面に何かの人工物が浮いていてそこから照明弾を打ち上げられているのを確認する。
フニャンはアーニャンに降下してついてくるよう即す。
2機が低空へ降下していき、海面に浮いている物体へ近づいていく。
それは巨大な航空機だった。
自軍の大型爆撃機よりもさらに大きい見たことも聞いたこともない4発機で、トラブルのせいか海面に不時着していた。
胴体の上に多数の人々が上がって、どうやら水没を免れようとしている様子だった。
100人以上もの乗員が胴体に登っているのを見たフニャンはこれが旅客機だと認識する。
しかし通信が回復しない状態では助けを呼べない。
もちろん自機の位置すら見失っていたのでこのままだと自分たちもいずれ墜落するは必至だった。
そこでまず周辺を捜索し、飛行場を探したうえで助けを呼ぶことにした。
2機は不時着した旅客機の上で旋回するのをやめて適当に選んだ方角へ飛び去っていく。
それを神妙な面持ちで見守る男性の姿があった。
手には銃口から煙がほとばしる信号拳銃を持っている。
「頼んだよ」
2機のレシプロ航空機に向かってそう呟いた。
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