リーンは病院の屋上の手すりから、星空に寂しげな表情を向けていた。


 「やっぱり慣れないなぁ……こんな事……」


 リーンは星を見ながらそう呟く。


 今も、今までも、仲間たちを失ってきたリーン、だがその心の傷が簡単に癒えることは無い。

 それは、仲間たちとの思い出、絆、それらが鋭い刃となって自身の心を傷つけるから……。

 そんな形の無い傷を癒したくなった時、リーンは必ず星を見る。

 その理由は、星の光が傷を癒してくれている様だから……。


 「……ん?」


 そんなリーンの背中からお腹にかけて、何かが触れる感触。


 (何だろう?)


 そう思ったリーンは、お腹に目線を向けると小さな手の甲が目に入る。

 そしてリーンは。


 「私はスライム達のリーダーだから、私が出来ることは何でもやるわよ……」


 真剣な顔で星空に包まれた街の明かりを見ながら、今にも泣きそうな顔でしがみ付くマナに対し、冷静な声でそう答えた。


 「ピピー! ピーピー、ピピピ! ピーピ!」(ローグを助けて! ローグも大好き、だから助けて! シノも大好き、だけどシノが泣いてる所、見たくない! だからお願い、助けて!)


 マナは泣き顔をリーンの背中に押し付けながら、スライムの言葉でそう叫ぶ。

 そんな涙を背中で感じながらリーンは、冷静に答える。


 「無理よ……」

 「ピ……?」(え……)


 そして、リーンはその理由を続ける。


 「一体何が出来るって言うの? こっちの世界の人間の技術で治療しても、ローグさんの身体に負担がかかりすぎで治療できないそうだし、こちらの世界の治癒魔法を使おうにも、スライムが使える魔法じゃ弱りすぎたローグさんを治療できないし、手詰まりよ……」

 「ピー! ピー!」(うるさい! うるさい!)


 それは絶望感漂うもの。

 だが、それでも諦めきれないマナは、不条理に対する怒りを拳に変え、リーンの背中にポコポコとぶつけるが。


 「ピ、ピ……?」(な、泣いている……)


 リーンの足元に落ちる雫を見て、その拳の動きを止めた。

 ぞしてしばらく、時が止まったように静かで静止画の様な時間が流れ、マナは拳を降ろすと、トボトボと寂しげな足どりでリーンから離れていく。


 (まだマナは子供だから分からないだろうけど、マナにもいつか分かる日が来るわ……)


 そして、遠のく足取りに、リーンは静かで悲しい思いを送るのだった。


 …………。


 のだが……。

 その足音は、先ほどより短い間隔で音を立てながら大きくなり、そして。


 「ピーーーー!」(くたばれ~~~!)

 「ふぎゃ!」


 その足音の主は、リーンの背中にドロップキックをかまし、リーンの体は屋上の手すりにめり込んだ。


 「何するのよ、マナ!」


 当然、そんな事をしたマナに対し、リーンはカンカンに怒るのだが。


 「ピー! ピピピピーピーピーピー!? ピー! ピピーピー!?」(当たり前だもん! いつもはバカみたいに一生懸命してる癖に、何で諦めているの!? 大人って何? いざって時、理屈言って考え込むばかりで、何か行動できない役立たずなの!?)


 それは、仲間を思いやるローグと不器用な優しさを持つシノ、そして一生懸命なリーンに可愛がられていたからこそ、言えた言葉なのかもしれない。


 リーンは、マナに言い返しづらい事を言われ、口をもごもごさせながら。


 「そ、それはそうだけど……」


 と答える。

 だが、そんな様子にうんざりしたのか、マナは大きな声で、リーンを一生懸命罵倒する。


 「ピーピピピピー! ピーピーピー! ピーピピピー!」(そうやって口をモゴモゴさせるくらいなら、さっさと行っちゃえ! この、殺人料理人で、酔っ払ったら全裸の変態になる、殺人変態ニートスライムリーダー! ついでに役立たず、バカ、まぬけ、役立たず!)

 「…………」


 その言葉と共に、幼く、そして力強い拳がリーンの胸を襲う。

 身体への痛みは無かった、ただそれは心に響くようだった。

 そんな痛みは、徐々にリーンの理屈めいた考えを砕き、いつものリーンらしい表情へと戻る。


 「そうよね、こんな時に諦めるなんて私らしくなかったわ……。 マナ! ローグさんを助ける為、この私が助けてあげようじゃないの!」


 そしてリーンはマナに、明るくそう答えると、ドタドタと慌ただしく階段を下っていくのであった。

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