「シノ、逃がすか?」

 「なぜです?」

 「何となくだが……」

 「気持ち、わかりますよ」

 「そうか……」


 以前なら、そういう言葉を発する事は無かっただろう。

 だが、二人は小魚を見てマナを思い浮かべてしまった二人は、そんな会話をしてしまう。

 そして……。


 「「あ」」


 魚を掴もうとした二人の指先が重なる。

 そして互いの顔を見つめてしまうと、顔が一気に赤くなり。


 「す、すまん!」

 「い、いえこちらこそ!」


 そう言って二人は、サッと動いて距離を置き、目線を上流と下流に分かれて向けた。


 「な、なぁ! このままほおっておいたら魚が弱ると思うんだが、俺が逃がしていいか?」

 「い、良いですよ! 勿論いいですよ!」

 「わ、分かった!」


 そして、ローグは魚を針から外すと。


 「……大きくなって帰って来いよ!」

 「もう釣られてはいけませんよ!」


 軽く水へ投げ、魚は岩場へと逃げていく。


 「こんな事を言って釣った小魚を逃がすようじゃ偽善者だな、俺は……」

 「お人よしの間違いでは?」

 「今日は珍しく優しい言葉をかけるのだな、シノ?」

 「私も偽善者ですからね。 避難すればブーメランが返ってきますから」

 「そうか……」

 「ええ……」


 そして二人はそう言い会うと、竹竿を互いの間に置き、川の流れに目線を向ける。


 右に座るローグは胡坐をかき、右手の一指し指と親指で口を挟む様に当てる。

 左に座るシノは正座をし、お腹を温めるように両腕を当てる。


 それだけ。

 それだけの光景が広がっていた。

 そして、そんな光景で沈黙保ち数十秒後、二人の会話は始まる。


 「シノ、久々だな……」

 「え?」

 「久々に、二人きりだな」

 「……ですね」

 「……い出すな」

 「え?」

 「思い出すな、中学のキャンプの時、一緒の班でだ……」

 「そう言えば、そうでしたね……」

 「お前、昼の自由時間の時、一人で歌っていたよな?」

 「…………」

 「…………」

 (どうしましょう! な、何か会話する内容はないでしょうか?!)

 (何故か胸がドキドキして上手く会話できないぞ、クソ!)


 会話は終わった。

 普段の二人と違って冗談も無く、からかいも無く、面白みの無い会話。

 それは、自然と言う非日常が互いをより意識させているからだろうか?

 そして……。


 「あ~、何よ、面白くない……! そのままキスに持ち込めばいいのに、何でいつもと違って初々しいのよ……!」

 「リーンさん……! いきなコトネちゃんにマナちゃんの世話任せて、オイラを連れ出したと思えば、先輩とローグさん達のノゾキっスか……!?」

 「バカね……! ここから二人の恋を成就させる、私の活躍をしっかり論文に書いてもらわなきゃ……!」

 (へ? いったいどういう事なんスか……)


 木に隠れながら、リーンとアズサがその様子を見ながらヒソヒソ声で会話しているのであった。

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