それはアズサ達が押し掛ける、少し前の事。

 この日は珍しく、マナが食後眠くなり、奥で眠っていた為、店の中はカウンターに並んで座る、ローグとシノの二人だけだった。


 「なぁシノ」

 「はい、何ですか?」

 「この前の工場見学に行った時の事、覚えているか?」

 「ええ、覚えてますが?」

 「たいした事じゃないんだが、久々に『立花君』って呼んだなと思ってな」


 ローグはふと、工場見学の時、シノが『立花君』と呼んだ事が気になった。

 だが、シノは素直に話したくない様子で、その話題から遠ざけようとしている様で。


 「おや、夢の世界の話を現実に当てはめるのはどうなんですか~?」


 と言って話を茶化す。

 だが、久々の二人だけの空間、その為だろうか。


 「……まぁいい、久々呼んでくれて、正直ちょっと嬉しかった」

 「そう、ですか……良かったです」


 珍しく初々しい雰囲気を醸し出す。

 そして、これが二人の昔話を始める入口になった。


 「昔は真面目だったよな、シノ。 クラス委員をやったり、生徒会長をやったり……」

 「アナタは変わりませんね、昔から……」

 「そうか?」

 「そうですよ」

 「…………」

 「…………」


 そして和やかだったローグの声は、沈黙の後、真剣な声に変わった。


 「あの後何があった?」

 「あの後って何です?」

 「庇ってくれた、あの事件」

 「あぁ……」


 だがシノの口はしばらく動かなかった。

 そうさせた最もな理由は、正直に答えたくないという、本音を語る恥ずかしさの壁だ。

 その為、沈黙していたのだが、それを言いたくない事だと思ったローグは。


 「言いたくないなら言わなくていい。 俺が悪かった」


 そう謝ると、目の前に置かれていた紅茶に口を付けた。


 「理由はですね……」

 「ん?」

 「今の様に変わった理由はですね……」

 「あぁ……」


 彼女が勇気を振り絞って恥ずかしさの壁を壊し、ローグに語り始めようとしたその時。


 「だからオイラは!」

 「僕は!」


 そう言って二人が、ドアを激しく開けて店内へ入ってきたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る