アズサの卒業論文

10.卒業論文

 皆で工場見学に行って数日。

 そろそろ初夏も中盤を過ぎ始めたかな?と思う、とある日の事だった。


 「では、本日のゼミはこれで終わります。 何人かは、度卒業論文を何にするか決まってきたようですね~」


 アズサは気が重かった、大変気が重かった、非常に気が重かった。

 白川教授は気を使って「何人か」と口にしたが、その何人かはゼミの中の10人中の9人の事を指す。

 そして、その何人かに含まれない唯一の人物がアズサだった。

その為アズサは。


 「はぁ……」


 と大変重いため息を店のテーブルで零す。

 そんなため息を、水をストローで飲むリーン、そしてコーラの入ったコップを丁寧に両手で持って口に運ぶコトネはその様子を目の前に座って見ていた。


 「アズサ、相談って何よ?」

 「ため息を吐いても話は始まらないぞ、アズサ次期先輩?」

 「はぁ……」


 だが、ため息は止まらない。

 と言うのも。


 「オイラ、ローグさんを呼んだつもりだったんスけど……」


 この二人、呼ばれてないのにアズサの相談に乗ろうとしているのである。

 さて、そんな二人がここにいる訳、それは。


 「寂しがりやの祖父がやってきて、兄と喧嘩していてな。 なので代役と言う訳だ」

 「私は妹が歩いているのを見かけて、ついてきたの!」


 それは、腕を組んたそれなりの理由と、間抜けな顔のとても軽い理由。

 当然、アズサはげんなりした顔でそれらの理由を出迎える。


 さて、本来ならローグが来れないとなると、その次に頼りになりそうなのは、シノなのだろうが……。


 「うーん、結婚ですか……」

 「そうなのよ~、訳あって結婚相手を探しているんだけどさ~……、あ、この前、工場見学に来たシノと仲良さそうだった彼……」

 「ダメです」

 「え~いいじゃない、ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」

 「いくら先生でも、それはダメです」


 カウンターに座る教師兼社長キョーコの接客で忙しいようで、残念ながらそんな余裕はない様子。


 「先生はフリが分からないほど馬鹿じゃないわよ……。 だから、女豹な私は彼を、お、そ、い、に……」

 「ぜ、絶対ダメです! ダメですよ先生! だって彼は私の……」

 「……っで、その好きな彼と何処までいったの? キス? それとも……」

 「あ、あわわわわ……」


 そしてキョーコについ本音の入り口を漏らした結果、顔が赤らみ、シューっと湯気を上げて「あわわ……」としか口にしなくなる。

 そんな様子を、アズサはチラチラ見ながら。


 (先輩も大変だったんだなぁ……)


 と小さく同情し、更にため息をつくのであった。

 さて、そんなため息を、何か深い悩みなのか?と思ったコトネは。


 「アズサ時期先輩。 口に出すだけでも楽になると思うぞ?」


 そう心配そうにため息の原因を言葉に出すよう提案する。

 それに続くようにリーンも。


 「そうよ! アズサ、私は人類とスライムが仲良くなる第一歩として、人々に幸福を売るって決めたの! だから報酬のあなたの笑顔を貰う為に、相談してよ!」


 と、自分の目的と親切心を織り交ぜアズサを心配する。

 そんな優しさ籠った言葉を貰ったアズサは。


 「あ、ありがとうっス! こんな良い友達を持って、オイラ幸せっス! 実はオイラだけ卒論のテーマが決まってなくてっスね……」


 遂にため息の理由を口から吐露する、そして。


 「卒論って何?」


 空っぽの頭をしたような顔で、リーンはそう口にした。


 …………。


 その頃。


 「まーた寝ていたのに起こしやがって! 鉄拳で人を起こすのを止めろ!」

 「鉄拳で人を起こすことなどするわけ無いじゃろう! お前だけ特別に鉄拳で起こしてるだけじゃ!」

 「余計にタチが悪いわ! いい加減くたばれ、クソジジイ!」

 「そんな事を言うのはどの口じゃ! 死ぬぞ、ジジイそんな酷い事言われたら、明日位に死ぬぞ!」

 「それを何百回も言いやがって、もう聞き飽きたぞ!」


 ローグの住むマンションでは、老人と孫の言葉と物理の殴り合いが行われていた。

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