仁王立ちし「スライムを買え」と言った少女の言葉。

 その余りの非現実さに、二人は数秒の間、少女をキョトンとした目で眺め、頬を抓るつねとともに沈黙の時間を設ける。

 そして、それが現実なのだと理解した状況に、適応した二人は普段と変わらぬ様に会話を始める。


 「シノさんよ、ここはいつから奴隷販売所になったんだ?」

 「世間は社畜という奴隷文化に溢れていますが、ここは例外ですよ〜。 頭大丈夫ですか〜?」

 「だがここに、奴隷商人をトッピングしたピザがあるんだが、それをどう思う?」

 「きっと裏メニューとかサービスとかではないですか〜? 私を食べて……、とでも言うのですかね~? うわ、気持ち悪い男の願望ですね〜」

 「俺はそこまで下種じゃないぞ……。 あ、すまんがビールのおかわりを頼む、酔ってこの現実から逃避をしたい」

 「はい、少々お待ちください」

 「おっと、ついでにラザニアも頼む、すこし腹が減ってきてな」

 「少々お時間を頂きますが、よろしいですか?」

 「こちらは一向に構わない。 じっくり待たせてもらうよ」


 それは、この二人だからこそ出来る会話なのだろうか?

 二人の間には、確かにピザの上に立つスライムが存在していた。

 だが、彼らは一通り少女について、冗談めいて話し終えると、淡々とした声で会話する普通の客と店主の関係に戻る。

 しかし、そんな二人の会話に。


 「ちょっと聞いてよ~~~~~!!! お願いだから、ねぇお願いだから!」


 リーンは手をブンブン降りながら必死にそう叫ぶ。

 そんなリーンを二人は実に面倒臭そうな目で見ながら。


 「接客はお前の担当だろう、シノ?」

 「めんどくさそうな方は客ではありませんよ、人の良いローグさんの担当ですよ?」

 「見知らぬ者にまで優しくするほどお人よしで無いのでな、断る!」

 「目の前に素敵な女性が困っているのに助けないのですか~? これですから自称お人よしの方は……」


 と、互いにリーンの対応を押し付け合う。

 そんな時の事。


 「いやっほっほっほ~、ウルトラハッピ~あっひゃっひゃ~、せんぱーい、お酒ちゃんを飲みに来たっスよ~! ヒャッホッホ~イ!」

 (こんな時に、酔っぱらって来なくてもいいだろうに……)

 (あぁ、また店が汚れますね……)

 

 ドアをけ破り、既に顔を真っ赤にした短髪茶髪の女が一回前転して乱入し、そんな女を見たローグは、よりめんどくさそうな表情をして顔を反らす。


 大きく開いた赤い瞳とニッコリした口元、高校を卒業しているにはやや小柄の体に、ショートパンツに白いTシャツ、そしてカーデガン。

 それは彼女の子供っぽい雰囲気を最大限に引き出している。

 それが、シノの大学時代の後輩であり、現在21歳の大学3年生、笹井アズサと言う女だろう。

 さて、そんなアズサはリーンを見るなり。


 「うわーお! これはこれは~! とっても美人、美人っスね~アナタ~、あっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 「へ? え? うわ、うわ!」

 (酔ってるなら早く帰れ、結局後始末は俺になるんだぞ……)

 (ホント、今日に限って二人の空間を邪魔する様に人が来るのですか……)


 そう言いながら、器用に一回転してリーンの前に着地すると、輝かせた目でリーンを見つめたと思うと、気づけば挟むように持ったリーンの両手を激しく上下させる動きへと早変わりしていた。

 そんなアズサの態度に、ただただ戸惑うだけのリーン。

 そして、嫌そうな目をしているシノとローグ。


 二人が嫌そうな目をしている理由、それは。


 「あ、気持ち悪いっス……。 おえぇぇぇぇぇ……」

 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 酔っぱらっていると激しく動き回り、そして最終的に店で吐くからである。

 おかげでシノはニコニコした表情で「汚物処理場に見えますか? 見えますか、アズサ?」とややドスの入った様な声を出しつつ、スタンガンを目の前でバチバチ言わせ、アズサは「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ! ごめんなさい、ごめんなさいっス!」とシノに必死に謝罪する。

 そして、客であるはずのローグは「全く誰が毎回、ゲローラルの香りで店を包んでほしいと言ってるんだか……」とブツブツ言いながらも掃除し、それを悲鳴を上げたリーンが唖然とした顔で固まっている。


 だが、それがこの店の日常なのだ。

 それは、店の隅に隠すように置かれた、数本の消臭スプレーと汚れたモップが物語っている。

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