第5話 クーポン

 各自、部屋で過ごし、時間はあっという間に過ぎて既に午後六時頃。ピンポンパンポン、と軽やかなチャイム音が部屋に鳴り響く。


『えー、新入生のみなさーん! 元気に仲良くしてますかー!? 今からお風呂の時間でっす! 何でこんな時間かっていうと、メシの後に風呂入ると、ほら、圧迫されんじゃん? 気持ち悪いじゃん? それで』

『黙れ害悪!』

『えー、隆ちゃんひどっ!』


 部屋で本を読んでいた宗方はコント混じりの放送に眉を潜める。しかし、頃合いもちょうど良かったため、読んでいた本を机の上に伏せると、コンコン、とノック音が聞こえた。


「何だ」


 ガチャリとドアが開き、私服姿に変わった周防が姿を現す。放課後ならば私服でも構わないのだ。


「風呂、行こうぜ。放送も流れたし」

「あぁ……俺は部屋についている風呂でいい。お前は共有風呂を楽しめ」


 周防は頑なな宗方をじっと見つめ、意思を変えるつもりはないと語る瞳を見ては、溜め息を吐いた。


「……はぁ、わかった。食堂には現地集合でいい?」

「……いや、部屋に戻ってこい。……一緒に行く」

「……え? 一緒に? え、あ、いや、うん。わかった。戻ってくる。じゃ、行ってきます」


 周防は宗方の言葉に戸惑った様子を見せたが、それも一時で、すぐに爽やかな表情を見せ、部屋を出ていった。一人になり、再び静けさを取り戻した室内で、ポツリと呟く。


「…キツいな。…!? 俺は、キツいと思ってるのか……? いや、違う。疲れてるだけだ。そうに、決まってる」


 震えた口調で自分に言い聞かせるように呟くと、部屋に設置されていた箪笥を開き、着替えを取り出す。そのまま駆け込むように共有風呂よりも遥かに小さな浴室に入った。そして、腕に抱えていた着替えを投げ出し、身にまとっているもの全てを脱ぎ捨てる。露になる己の姿を見て、宗方は顔をしかめた。


「こんな姿、見せられるわけがない。こんな、醜い体を……」


 布類は全て室外に出し、シャワーのコックを回す。出てきたものは冷水だったが、今はその痛みを伴う冷たさが心地好い。水が髪を、頬を、体を伝っていく。体の感覚すらも麻痺していく。しかし、宗方は水をお湯に変えることなく冷水を浴び続けていた。


 一時間後、ほくほくと湯気を頭上に浮かべながら周防が言葉通り部屋に戻ってきた。そして、視界に宗方を認めては、驚嘆した声をあげる。


「それ、和服? すげぇ、って、何その包帯!? 胴体ぐるぐる巻きじゃねえか!」

「…昔から、怪我しやすい体質なんだ」

「へえ……痛くない?」

「痛みはない」

「なら…良かった。……さ、食堂行くぞ!」


 周防はそれ以上包帯について言及することなく、廊下へと出る。宗方には、それが気遣いだとわかっていた。それ故に、安堵と嫌悪が心を締める。追及されなかったことへの安堵。気遣われたことに対するどうしようもないほどの嫌悪。心情は表へと出るもので、自然と険しい表情になっていた。

 ピリピリとした空気に気付いた周防がヒョイ、と宗方の顔を覗き込む。宗方は、いつの間にか下を向いていた視界に、突然周防が現れたことに驚き、ばっと仰け反る。


「……ッ!」

「っぶねっ! 悪い、驚かせたか? 怪我は?」


 先程の話を気にしているのか、やたらと心配そうな周防の表情を見て、宗方は周防を睨み付けチッと舌打ちする。


「こんなんで怪我するほどヤワじゃない」

「そ、そうか…」


 再び無言になる。

 周防は先程の話を気にしすぎている点を理解してか話さなくなり、宗方は自主的には話さない。無言のまま食堂へとたどり着いてしまった。

 ガチャリと重厚感のある扉を開けば、中には多くの生徒、教師などがいた。ちなみに判断基準は私服、制服か、スーツであるかだ。


「Hi! Guys! 君たちはちょうど四四九と五○○人目の利用者だ! よってこれを進呈しよう!」


 扉を開けるなり声をかけてきたのはスーツの男で、手には何やら紙のようなものを持っている。勢いのままにその紙を押し付けられると、ハハハと大笑いし、『Have a good time!』と言って嵐のように去っていった。


「…何だこれ。くーぽんけん……クーポン券? 何で平仮名?」

「そこじゃないだろ……何だ、この摩訶不思議な料理名は」

「えーと、『貴方のハートに乱れ撃ち、極上トロフワ萌え燃えオムライスープ』……何だろ、見たくないな……」

「燃えるのか、萌えるのかどっちだ」

「お前もそこじゃないと思うぞ」


 二人して、手に(無意味なほどに)やたらときらびやかな装飾がされたクーポン券を握りしめたまま固まる。周りの利用者たちはそんな二人を不思議そうに見て通りすぎていくが、本人たちは知るよしもない。

 人混みに流されるまま空いている席に上手く座ると、二人はもらったクーポン券をじっと見つめる。


「内容怪しいけど、二人一組でクーポン出せばタダらしい、けど」

「……はあ、仕方ない。節約できるならするしかないだろ」

「…だよな」


 この食堂はレストランのように呼び出し式で、こうしている間にも食堂のなかには多くの燕尾服を着た男女が慌ただしく、しかし優雅に動いていた。

 周防がテーブルの上にあったプッシュ式のベルをチーンと鳴らす。


「すいません。注文いいですか」

「はい、お伺い致します」

「えっと、『コレ』、貰ったんですけど」


 『コレ』と言って、握り締めてくしゃくしゃになったクーポンを見せる。


「…ご注文は、こちらで、よろしいでしょうか」

「…? はい」


 ウェイターは業務用の笑顔を面のように顔に貼り付けたまま、くるりと背を向け、厨房へと歩き出す。しかし、先程の表情からすると、何かまずいものでもあるのだろうか。思わず注文を取り消そうかと思ってしまった。

 それから数分後、先程のウェイターが一つの皿を抱えて持ってきた。皿は底が深く、普通のオムライスのようには到底思えない。


「お待たせ致しました。こちら、貴方のハートに乱れ打ち、極上トロフワ萌え燃えオムライスープでございます」

「……思っていたよりも見た目が禍々しいんだが」


 その外見は魔界の食べ物と言っても過言では無さそうであった。深い皿には『オムライスープ』の名の如く、確かにオムライスとスープが存在していた。───濃い紫色のオムライスと、真っ赤なスープが。

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Slayer @SenmaRoga

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