第4話 迷子

 廊下にひとりポツンと取り残されてから数分、誰もこの道を通らないことを悟った宗方は、重い一歩を踏み出した。そして数歩歩くが、再び止まってしまう。目の前には曲がり角があった。それによって作り出される進路は三つ。左に曲がるか、右に曲がるか、後ろに進むか。

 鋭い殺気を乗せて目前の壁を睨み付けていると、パタパタと軽い足音が聞こえた。その音源の方向をばっと勢いよく振り向く。そこには長髪の女子生徒がいた。


「ん? そのタイピンの色、新入生だね。どうした? こんなところで」

「……帰り道が、分からない」

「え、ここ職員室の通りだろ? なら真っ直ぐ行けば……ははーん。なぁるほど? そういうことか。なら優しい優しい美玲先輩が寮まで届けてあげよう」

「……どうも」


 普段の宗方であれば、絶対に口を利かないタイプであった。所謂、世話焼き気質。だが、今回ばかりはそんなことをしていられる余裕など微塵も存在しない。

 つい先程までは三崎が掴んで引っ張っていてくれていたから良かった。だが、今はひとり。そう、宗方は方向音痴と言われるものだ。一人で歩けば見覚えのない道に出るのはざらなこと。かつて、一人で歩いていて極道の事務所の前に辿り着いたときは流石に危険を感じたものだ。


「しっかしまあ、確かにこの学校広いしね。アンタ、誰かと一緒に行動した方がいいよ。そういえば、アンタ、名前は? アタシは吾妻美玲。二年C組だ」

「宗方巽。一年A」

「巽、か。よし、アタシのことは美玲先輩って呼べよ!」

「…ああ」

「それにしても、アンタ愛想悪いなぁ。先輩受け良くないぞ?」


 この学校に来てから何度も同じようなことを聞いていると思う。こう何度も異口同音されては流石に嫌気が差すというものだ。


「先輩受けしたいわけじゃない」

「……まあ、確かにな。でも、愛想はあって悪いことはないと思うぞ?」

「俺には必要ない」

「……そうかい。なら、無理強いはしないさ。頼りたいときはいつでも頼りにおいで」

「……どうも」


 気がつけば、すでに寮がある棟へと移動していて、一つの部屋の前に立っていた。ルームプレートを見れば、『111』と書かれていて、その下には『周防隼人』と『宗方巽』の名前があった。


「はい、ここだろ? 名前あるし。……へえ、アンタのペア、あの周防なんだ。良かったな、有望株だ。ま、頑張れよ」


 そう言い残して吾妻は廊下を颯爽と消えていった。

 宗方は吾妻を見送ってから、再びルームプレートを見つめる。そこにはやはり、『周防隼人』の名前がある。よりにもよって、初日から一悶着あった相手とペアとは。


(……最悪だ)


 はあ、と一つ息を吐き、ドアを開けようとドアノブに手を伸ばしたとき、ガチャリと音をたてて、今開けようとしていたドアが内から開く。そこから下を向いたまま出てきた周防を見て、反射的に一歩下がる。周防がさっと視線を上げたことで漸く宗方に気付いた。


「……おかえり」

「……」


 周防の無理矢理絞り出したような声に反応することなく、宗方は周防を押し退けて部屋に入っていった。その様子を見て、周防は唇を軽く噛み、右手で後頭部をガシガシとかきむしる。そして、先程の宗方同様、息を一つ吐いて開けていたドアを閉じ、口を大きく開いた。


「宗方! 部屋、二つに別れてて、向かって右が俺の部屋。左がお前の部屋。突き当たりが共有スペースな」

「……わかった」


 小さな一言だったが、一言でも返事をくれた事実に周防は宗方の印象を良くした。少しずつでも、ペアなのだから歩み寄っていこうと思ったのだ。しかし、どれだけ部屋で待っていても宗方が戻ってこず、探しに行こうと思ったところで本人と出くわしたのだった。

 宗方は左側の部屋に入ると、辺りをぐるぐると見回した。その行動は何かを探しているようにも見える。その様子を周防が後ろから覗き込み、何を探しているのか理解する。


「宗方。これだろ、探し物」


 共有スペースに置かれていたスーツケースを手渡す。中身は軽く、とても生活必需品が入っているようには思えない。


「ああ……サンキュ」


 『サンキュ』の部分はもはや音に近かったが、無視から少しずつでも、宗方も近寄ってきてくれている。周防はその事実に気付き、口元に弧を浮かべる。そして、微笑んでいる周防を認めて、宗方が怪訝そうな表情を浮かべた。


「……何だ」

「いや? ……これから、よろしくな」

「……勝手にしろ」


 それは投げ槍な口調で。肯定的な音ではなかったけれど。それでも、やはり返事をするだけ周防のことは認めてくれている。


(そう思ってて、良いんだよな?)

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