第20話 奴隷王

 


「…逃げて、助けを呼んで欲しい……」

「――――――」



 ―――逃げてくれ……



 俺の発言の真意は何だろうな。そのままの意味で、逃げて助けを呼んでくれって意味だと思うか?……

 何も無いダンジョンの奥底で、化け物を倒せるだけの強さを持つ人物を探す。

 そんな事は不可能だ。



 俺が必死に考えたこの提案の意味は、松尾だけでも生き延びてくれって、そういう意味なんだと思う。

 正直、自分でもよく分からない。



 俺も生き延びたいって気持ちはあるんだ。途中で、松尾を見捨てて逃げようと思った事は何度だってあるよ……

 でも、それだけはしなかったんだ。俺は、鮫島とは違うんだってな。

 それに単純な理由だけど、一人を犠牲にして自分だけ助かろうなんて……後味が悪いじゃないか。

 こういう所も、俺が虐められていた理由の一つなのかもな。ははは。



 さて……後は、松尾から「分かった」って言葉を聞くだけだ。松尾はどんな顔をしているかな。



 俺はこの時もまだ、松尾の方向を向いていない。煌々(こうこう)と燃え盛る松明(たいまつ)の灯りを見ながら、微笑んでいた。


 松尾の事を見捨てなかった………俺は、嘘つきじゃないって思いながらね。

 思えば、嘘をついてばかりの人生だった。最期くらいは正直者として死にたいんだ。



 俺はゆっくりと仰向けになった。もう時間がない……黙る松尾に対して俺から話しかけた。



「松尾さん…早く逃げてよ……」

「―――それ?本心なの?―」


「どういう意味?」

「本気で…助けを呼べると思うのかって聞いてるのよ!」


「―――――――」

「ほら、蓮君ってやっぱり嘘つきね」


「やっぱり?…」

「職業の事も嘘ついてたし、鮫島に虐められている事も隠してたじゃない」


「―――――――」




 俺は何も言い返せなかった。松尾の言う通り、俺はまだ嘘つきなのかもしれない。

 最後に聞く言葉が、嘘つきって、俺らしいかもしれないけどさ。少し寂しいな。

 最後くらい感謝されたかった……



 俺はそう思って松尾に向かって顔を傾けた。

 どうやら、ある程度は上半身を隠せているようだ。破れた制服を何とか結び、胸の部分は隠している。

 俺がそうやって彼女の上半身ばかり見ていると、声が聞こえた。



「ちょっと…どこ見てるのよ?」

「……ご…ごめん………最期に松尾さんを見ようと思ったら、つい…」


「―――最期?何言ってるの?――」

「――え?―――」


「私も残るよ」

「――――――え!?」



 変な声が出てしまった。まさか、俺の提案を拒絶してくるなんて……想定外だ。



「な、なんで?……」

「私の事……蓮君が、ずっとかばい続けてくれたんでしょ」


「―――――――」

「そんな人を置いて―――1人で逃げるなんて出来ないよ」



 優しい松尾の声。そして満面の笑顔。なぜ彼女は絶望的な状況の中にあっても、そんな笑顔でいられるんだろうか。

 俺には分からない。



 でも、一つだけ分かる事がある。彼女の笑顔は、俺に勇気を与えてくれたんだ。

 朦朧(もうろう)とした意識の中で、それは一筋の光のように俺を励ましてくれた。



 あれ?……でも、だんだん視界がぼやけて……

 ダメだ。化け物の攻撃を喰らいすぎたんだ………くそ。松尾さんの顔が、姿が、ぼやけていく―――



「蓮君!―――どうしたのよ!!蓮君――」



 松尾の叫び声が聞こえる中、俺の意識は暗闇に落ちた。

 ―――深い深い暗闇へと




 しかし、深い暗闇の中にあっても俺の意識はしっかりしていたよ。思考出来るくらいにはね。



 あぁ…俺、意識を失ったのかな。それとも……死んだ?…それは無いよな、HPはまだ全然大丈夫だったから。



 俺は真っ暗な視界の中で、どうすれば意識が戻るかを考えている。

 はやくしないと……俺が気絶している間に化け物が、松尾を襲ったら………そう考えると居ても立っても居られない。


 すると、徐々に体の感触が戻ってきた。しかも気絶前のような体の痛みが一切無い。



 もしかして気絶したおかげで、痛みもリセットされたのかな?……そう思いながら目を開けると、そこはダンジョンの中では無かった。見知らぬ空間で、松明(たいまつ)の灯りも、松尾も、化け物もいない。



「なんだここ?……」



 うっすらと火の灯りがついてはいるが、暗くてよく見えない。どうやら俺は、椅子に座っていて前には長い長いテーブルがあるようだ。

 しかも、テーブルも椅子も、まるで王様が使っている様な豪華な装飾が施されているみたいで、高校の制服を着ている俺が座ると何とも似合わない。



 いや、そんな事はどうでもいいか………俺は早くダンジョンに戻らなきゃならないんだ。



「夢なら覚めてくれ!!」



 大声で今の気持ちを吐き出した。頭の中は松尾の事で一杯だったんだ、しょうがないだろ。



 でも……叫んで良かったのかもしれない。この言葉であの人が現れたんだ。

 それに松明(たいまつ)も点火されたからね。



【ボッボッボッ!】



 俺が叫んだ後、松明(たいまつ)の火が自動的に点火され、ここが何処なのかを教えてくれた。松明の灯りが部屋全体を照らしてくれるんだ。


 その火を頼りにして俺は周りを見渡した。その目に映ったのは、部屋の至る所にある銅像や金貨、床に敷かれている赤いカーペット……この場所はやはり王様の宮殿だ。

 という事は………



 俺の目の前……長い長いテーブルの先に誰かが座っている。その人物は王冠を被り、肩からは獣の毛皮で作られたマントを羽織っていた。まるで本物の王様のようだ。

 じっくりと見つめていると、松明全て点火されたようで目の前の人物の表情も見えた。



 優しいお爺さんだ。長い白髪、髭……失礼だが一見すると王様の様には見えない。

 俺がまじまじと見ていると、彼の方から話しかけてきた。



「お主が次の『奴隷(スレイヴ)』か。儂は以前『奴隷(スレイヴ)』をやっとった『ブレイン・ダンフォール』と言う者じゃ―――民から奴隷王と呼ばれておったよ。ははは」



 え?なんだこれ?……結局これは夢なのか?…

 意味がわからなかった。俺は目の前にいるダンフォールとか言う人に、直接聞いたよ。時間がないからね。



「あの……ここって夢の中ですか?」

「ははは。違うぞ少年よ……」



 ―――ここは、少年の意識の中じゃ


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