第19話 最後の手段

 

 松尾が気絶して、鮫島が一人で逃げて………そんな、絶望的な状況の中でも俺は耐えた。

 ただひたすらに、松尾が目を覚ますまで化け物の攻撃を受け続けていたんだ。



 ―――ごめん………ごめん氷華……



 嘘ついた事を謝れそうにもない。俺は、多分ここで死ぬ…



 松尾を見捨てる事が出来なかった。もし、彼女が俺に誘導魔法をかけていたなら……見捨てたかもしれないけどな。

 松尾は、俺を心配して誘導魔法をかけなかったんだ。



 それが嬉しかったんだよな。いつもは、俺の事をゴミみたいに扱うのに………いざとなったら助けようとしてくれた。

 学校での言動は置いといて…彼女は、実は優しい人なんだろう。



 おかげで、化け物から庇わなくちゃならなくなった。何回も何回も、化け物からの攻撃を受けたせいで立てなくなった。



 あの化け物……同じ足を執拗に攻撃してくるんだ。足の感覚が無くなっちまったよ。

 今は、仰向けになって天井を見上げてる。



 おっと…忘れていた。化け物の攻撃を受けた後は、しばらく放心状態になるんだ。

 自分のターンに回ってきた時には、時間いっぱい使って松尾に声をかけるようにしているのに。



「松尾さん。目を覚まして……」



 声が、ガラガラになってしまった。もう何回くらい彼女に話しかけているんだろうか。

 頭だけ松尾の方を向けて、力の無い声を何回も何回も発する。これで、起きるかどうかは分からない。



 でも、これしか方法が無いんだ。



 ん?松尾が起きた後は、どうするかって?……さぁな。正直、俺には案が無い。

 いや……無い事はないか。松尾が起きた後に、直接言うさ。



〈プレイヤーのターンです……コマンドを選択した下さい…〉



 また、機械音だ。これが鳴ったって事はあと60秒しか俺に残されていないってわけ。

 仕方ない………俺は、限界まで松尾に近づいて話しかける。


 といっても動ける範囲は制限されているので、近づくと言っても距離はあるんだ。



「松尾さん……目を覚まして!…」



 力を全て出し切って叫んだ。今回はダンジョン内に響くほどの大音量だ。



 でも、動かないかな………さっきから何回やっても松尾はビクともしなかったから。

 と思ったその瞬間だった。



「蓮……君……うるさい…わね…」



 天井を向いていた松尾の顔が、ゆっくりとこちらに向いた。俺の声は彼女に届いたんだ。

 やっと……届いた。何回も何回も声をかけ続けて…遂に俺の願いは報われた。



 共に仰向けで地面に横たわっている俺と、松尾。俺達は顔を見合わせて少し微笑んだ。

 化け物を前にして1人だと不安なのだ。出来る事なら手を握って人の温もりを確かめたい……それくらいの不安感があったんだ。



 松尾は、俺に向かって微笑むと鮫島の方向を向いた。もちろん、その場には何も存在しない。

 鮫島は逃げたんだから。



 俺はショックを受けるかなって心配したんだ。松尾と鮫島はいつも一緒に行動していたからね……鮫島の事を聞かれたらいっその事、逃げたんじゃなくて化け物に殺された事にしようかな、って考えてたくらいだよ。



 でも、そんな配慮は必要無かった。

 松尾がすぐにこちらを向いて話しかけてきたから。



「鮫島は逃げたのね」

「え?……あっ。それはその」


「気を遣わなくていいわ。鮫島は元々そういう奴だから……」

「……落ち込んでないの?…」


「鮫島が逃げたから私が落ち込む?…ふふ」

「どうしたの…急に笑って…」


「私と鮫島は、そんなに親しくないわよ」

「そっ…そうなんだ」



 驚く俺の顔を見て彼女は微笑んだ。今まで見た事が、ないくらいの笑顔だったんだよな。

 いつもムスッとしてたから、気づかなかったけど、松尾さんって綺麗な人だ。



 そう思うと……顔が赤くなる。単純に顔が綺麗だから、というわけではない。彼女の上半身は裸同然なのだ。

 松尾を起こす事に必死で忘れていたが、化け物に制服を破かれてからそのままになっている。



 俺は急いで反対方向に顔を向けたよ。なんて顔をして言えばいいか分からなかったから……



「急にどうしたのよ?」

「松尾さん……制服…」


「えっ?制服がどうしたのよ……あっ!…」

「……………」



 松尾の方向からガサゴソという音が聞こえる。恐らく、地面に散らばった制服のカケラを拾っているのだろう。

 まだ使えそうな布を胸に押し当てれば露出も減る。



 俺は音が鳴り止むまで、反対方向を向いて待った。でも完全に待つわけにはいかない。



 ―――60秒が過ぎてしまう



 俺は松尾に背を向けたまま話しかけた。俺達が助かるかもしれない…最後の方法を彼女に伝える為に―――




「松尾さん……お願いがあるんだ…」

「ど、どうしたのよ。急にかしこまって…」



 急に真面目なトーンで話しだした俺に、少し驚いているようだ。

 しょうがないだろ。今から言おうとする事は勇気がいる事なんだ……自然と真面目にもなるさ。

 俺は、少し間を置いてから彼女に伝えた。




「…松尾さんは、逃げてくれ…逃げて、助けを呼んで欲しい…」

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