第12話 キングの力

 


 俺と鮫島……二人に挟まれた松尾は、自分のコマンド画面を見ながら、呆然ぼうぜんと立ち尽くすことしかできなかった。



【『2』ターン目・《プレイヤー側》】



「蓮に『誘導魔法』をかけろ!」

「松尾さん、俺を見殺しにしないで…」


「………」



 そんな彼女を見つめている俺は、不安が顔に浮かび上がっている。

 鮫島や松尾に虐められてきた記憶が蘇ってきたのだ。



 あいつら、虐めっ子の言う事は信じられない…



 震えている松尾の姿を凝視した後は、縋(すが)る事をやめた。目の前の自らのコマンドに目を向ける。

 恐らく彼女は、最終的に俺へ誘導魔法をかけて化け物の攻撃対象に指定するはずだ

 そうすれば松尾と鮫島、二人の無事は確定するからな……俺は、自分の事を守る方法を考えなくちゃ…。

 覚悟を決めた俺の眼(まなこ)は、まっすぐにコマンドを見つめていた。



―――――――――――――――――――――――

    選択時間:25秒

→ ●戦う

  ●逃げる―――――――――――――――――――――――




 時間がない。早く決めなくては……震える体を抑えながら、俺は『戦う』を選択した。


 でも、自分のコマンドを見て驚いたよ。だって戦えないんだから。

―――――――――――――――――――――――

   選択時間:20秒

→ ●物理攻撃 ※攻撃値が0の為、不可

  ●魔法 ※MPが0の為、不可

  ●身を守る

  ●アイテム

―――――――――――――――――――――――




『戦う』を選択した後にも、まだ選択肢があるようだ。全ての選択肢が興味深い。


 しかし…奴隷の俺が選択できるコマンドは一つしかなかった。

『身を守る』というコマンドのみだ。


 それ以外は選択のしようが無い。

 本当に俺は最弱なのか……攻撃も魔法も使えないなんて…一体どうなってる。



 俺は、『身を守る』というコマンドを選択した。

 正直どのような効果をもたらすのかは分からない。でも、俺にはこれしかないんだ。

 こんなもので、化け物の攻撃を防げるなんて思わないけどな。


 すると、機械音が再び響き出す。



〈プレイヤー側の選択が終わりましたので、プレイヤーのターンを開始いたします〉



 〈プレイヤー『鮫島』が『戦う』を選択致しましたので、『呪猫(カース・キティ)』に対する攻撃を始めます〉



 あ、そうか。別に今回は俺達のターンなんだ、化け物の攻撃は心配しなくてもいいのか…



 束の間の休息を得られる、と理解した俺の心は少し落ち着いた。意識をボーッとさせる余裕を得たのだ。


 しかし、ここで目を離してはいけない。

 このパーティーの中で、最強の攻撃力を誇っている『王(キング)』の力を見なければならない。

 もし有効なダメージを与えられなければ、俺達は終わりだ。



 横を見てみると松尾も、鮫島の動きに注視していた。

 俺達の視線を集めている鮫島は、ゆっくりと化け物に近づいていく。



〈『鮫島』の攻撃、《王の法典キング・ロー』が実行されます〉



 鮫島は化け物の前に立つと、両手を上にあげて攻撃の為に詠唱を始めた。



「我は王、万物(ばんぶつ)を統(す)べる者なり、よって、我(わ)が意思に従え!」



 大きくはないが力強い声だ。物に響くような低くて、獰猛な声。

 その詠唱の後に、地響きのような、自然が悲鳴をあげているかのような音が鳴り響いた。

 恐らく、これが鮫島の魔法の効果なのだろう。



【ガガガガガガ】



 物凄い音をたてながら鮫島の前の地面から、裂け目が次々と生成されていく。

 とうとう、化け物がいる地面にも裂け目が出来始め、そこに化け物は飲み込まれてしまった。




 それを見て俺は思う……なんだよ、『王(キング)』ってスゴいじゃないか。心配して損したぜ。これで戦闘は終了かな。



 俺は、嬉しさのあまり松尾に話しかけてしまった。彼女も、まるで生き返ったかのように活き活きとこちらを振り返ってくれる。

 その姿は虐めっ子と虐められっ子の会話には見えない。単なる友人のようだ。



「松尾さん!鮫島君凄いですね。あんなに強いだなんて」

「本当にね。私も死ぬかと思ったわ、戦闘が終了したらすぐにダンジョンを脱出しましょう」


「そうですね!あ… でも一応ダメージ計算が残ってますよ」

「そうだったわね。ふふふ」


 

 ホッとしたのも束の間。不気味な機械音が続けてダメージを報告する。



 一体どれくらいのダメージなんだろうか……10万のダメージとかかな?



 俺が気楽に考えていると、現実を知らせる音声が入った。



〈ジジッ…『呪猫(カース・キティ)』に100のダメージ〉



 100のダメージ……それは、ほぼ無傷である事を意味する。俺達の希望は絶たれたのだ。


 一度、希望をちらつかされて絶望に落とされると余計に精神にくる。

 松尾は崩れ落ち、壊れた人形のように同じ言葉を何度も発し続けている。


「嘘でしょ、、嘘でしょ、、嘘でしょ…」

「大丈夫ですか松尾さん!」


 彼女を心配する俺だが、そんな余裕は正直無い。

 異常な心拍数を感じながらも、冷静になろうと必死に頭を働かせた。

 しかし、こちらが勝つビジョンをどうやっても描けないのだ。


 顔を下に向ける鮫島や、力なくその場に崩れ落ちた松尾、混乱する俺。

 そんな俺達をあざ笑うかのように『呪猫(カース・キティ)』の鳴き声が、地面から漏れ出していた。



『ァァァアヴヴゥ』

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