第11話 究極のチョイス

 


 『1万』というダメージを受けても生きている俺。そんな俺に対して、いじめっ子二人は疑念を抱いていた。



「おい奴隷!」

「奴隷君、何とか言ってよ」

「………」



 二人から責め立てられる俺の表情は、苦痛とまではいかなくとも苦い表情へと変わっているだろう。

 『1万』というダメージを受けてもまだ死なないのだ。俺の事を、得体の知れない存在だと恐れているのだろうか。



 無言で考えていると、鮫島がシビれを切らしたらしい。大声でこちらに向かって怒鳴る。



「おい!なんとか言えよ。お前も協力しねぇと全滅だぞ」

「ご、ごめん。鮫島君」



 鮫島の言葉に思わずニヤけてしまった。

 あいつの口から『協力』なんて言葉が聞ける日がくるなんてな。

 鮫島もこの状況に相当ビビっているんだろう。

 俺は、ゆっくりと横を向くと腕を組んで話したさ。HPの事をな。



 どのみち、生きて帰れるか分からないんだ。そんなに教えてほしいなら教えてやるよ。



「HPだけ、バグってるんだよ」

「バグってる?…どういう事だ」


「ずっと9の数字が並んでて先が見えないんだ」

「ほ、本当か!」



「そういえば鮫島君って、学校で俺のステータス見てたよね?…HPは見なかったの?……」


「あの魔法の事か、あれは相手の『職業』しか見れねぇんだわ」



 そうか。そうだよな……確かあの時、バレたの『奴隷(スレイヴ)』って事だけだし。





「HPが無限大ってこと?すごいじゃない!」



 俺達が会話をしていると松尾が入ってきた。

 単純にステータスの高い『王(キング)』と、HPがバグっている『奴隷(スイレヴ)』、この二人がいれば何とかなると思っているのだろう。

 彼女の目は、希望で輝いていた。



 だが、鮫島の方を覗いてみると先程までの表情と変わらず険しいままだ。

 彼も気づいているのだろう。HPがいくらあったとしても、それは死期を延ばしているにすぎないと。

 重たい口を、鮫島は開く。



「ダメだ。あの化け物を倒す方法が見当たからねぇ」

「そんな事ないでしょ鮫島!もっとよく考えてよ、私まだ死にたくない…うっゔ…」



 現実を突きつけられた松尾は、泣き出してしまった。

 彼女も学校では令嬢として強気な性格を振舞っているとはいえ、女の子だ。泣き出してしまっても仕方ないか。



 それに『王(キング)』である鮫島や、『HPがバグっている』俺とは違って、彼女は通常の『魔道士(メイジ)』だ。

 俺が受けた攻撃をまともに受ければ彼女のHPは『0』になるであろう事は、誰もが理解していた。



 いや、この3人の中で一番死ぬ確率が高いのが自分だと彼女自身が最も感じていたんじゃないかな。



 –––でも。



 もう少し考えれば、何か解決の糸口が見つかるかもしれない。鮫島だけではなく、俺も戦略に入れられる事が判明したのだ。



 先程よりかはよっぽど希望が持てるという事も、また事実である。

 何か解決策を見いだせるかもしれない……それは、もう少し考える時間があればの話だが。



 もちろん、現実はそう待ってくれないのだ。無情な機械音が再び3人の脳内に響きだす。




【『2』ターン目・《プレイヤー側》】



 〈コマンドを選択してください〉


―――――――――――――――――――――――

   選択時間:1分

→ ●戦う

  ●逃げる

―――――――――――――――――――――――



 鮫島は悔しさのあまり、その場で地面を蹴っていた。



「クソ!時間がねぇ!時間さえあれば…」

「ど、どうするのよ鮫島… 私、何を選んだら」



 一方で松尾は、縋(すが)るような目つきで、俺と鮫島の方を見ている。

 俺は何も言い出せなかったが……鮫島は、この哀れな彼女に向かって驚くべき事を口にした。



「松尾!お前、誘導魔法使えたよな」

「使えるけど。それがどうしたの?…」



 鮫島の顔つきが変わった。俺は考える、彼が今何を考えているのかを。

 いや、考える必要もないか。無限のHPと誘導魔法。この二つがあれば、する事は一つしかない。



 おい……まさか。––––鮫島の奴…俺を殺す気か?



「待って鮫島君!その案はやめて」

「ほう。流石に、自分の扱われ方に気付き始めたかぁ」



「え?どういう事、2人とも何言ってるの…」



 松尾は、俺と鮫島の必死なやり取りの意図を理解していないようである。左右を交互に見て顔を歪めているだけだ。

 鮫島は、俺の訴えを無視して松尾の方に顔を向ける。



 作戦を伝えるために。



「松尾、誘導魔法でこれからずっと……相手の攻撃対象を蓮に指定しろ」

「やめて!HPは持つかもしれないけど、あの痛みに耐えきれない。――松尾さんもさっき聞いたでしょ、この先も毎ターンずっとあの叫びを聞きたいの?」



 俺は、松尾に向かって膝をついて縋(すが)るような目で見つめた。


 カッコいいとかカッコ悪いとか、そんな事を言っている場合ではないんだ。あんな攻撃を何回も受けていたら、俺の精神がもたない。



 そんか俺の視線の先で、彼女は狼狽(うろた)えていた。



 誘導魔法を使って指定するという事は、彼女が俺を死に追いやる可能性があるからだろう。

 単なるゲームだと思って、ダンジョンに侵入した彼女には覚悟がなかったのかもしれない。



 目の前のコマンドを呆然と見つめて、自身のコマンド表示を見つめているだけだった。



「私、どうしたらいいの?…」



 と、困惑の声を上げながら。



―――――――――――――――――――――――

   選択時間:30秒

→ ●戦う

  ●逃げる ―――――――――――――――――――――――


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