恵方巻き

 恵方巻きについて考える。 結果、そんなに話題って必要か?という結論になった。


 恵方巻き、関西のどこかから始まった行事、節分の日に縁起がよい方向に向かって切らずに無言で食べきる行事、クリスマスケーキと同様に売れ残りが問題になる食べ物。それが恵方巻きに持つ印象だ。


 正直な話で毎年買ってない。縁起担ぎの食い物で美味いものはないと思っている人間だし、そもそも安定して提供してもらえる食材で充分だ。 美味しいものを食べたかったら高い金をかけて食べるし、トラディショナルな縁起担ぎじゃなく、マイチルールを大事にするタイプなのだ。 そんな僕だが、代わり映えのない生活を少し変えてみようかと気まぐれを起こし、一本1,250円する寿司屋の恵方巻きを買ってみた。 これに、一縷の望みというか、苦境を打破する懇願というか……シンプルに言えば野次馬根性の暇つぶしである。ネタになれば良いのである。


 中身は卵、きゅうり、かんぴょう、桜でんぶ、サーモン、焼き肉……おい、これただの外人が好きそうな太巻きじゃねーか。 それがデカくなっただけじゃねーか。 まいばすけっと行けば似たようなもんが同じ値段で5本は買えるぞ。 いやしかしだ、そこは寿司屋。 味は良いんじゃないの?と一口。 普通。 これは完璧騙されたと、気分は最悪。 冷え切ってモソモソしている太巻きをちょうどいいサイズに切り分け、衣を付けてカラッと揚げて見る。クッキングパパで紹介していた寿司天だ。 油を切って皿に盛り付け、別に小皿を用意し、しょうゆを垂らす。 それを持ってコタツに移動し、パソコンでTVERでゴットタンを起動する。 足はヌクヌク頭はワハハの幸せな時間なはずなのに、お口の中はジョニー・ロットン。太巻きを食べても気分は上がらないのだ。 おかしい、こんなにサクサク軽妙に揚がったのに。


 その理由はシンプルに不味いのだ。 油で揚げたことで全てが邪魔し合うのだ。きゅうりは揚げちゃダメ、かんぴょうも揚げちゃダメ、デンブも揚げちゃダメ。  考えてみたら荒岩主任も握りだけしか揚げてなかった気が……。 僕は3食分に相当する値段がした恵方巻きを恵方ではないとこに置いているゴミ箱に叩き入れ、アボガドにKIRIのクリームチーズを載せたなんちゃって握りを作り直す。 それを食べながら思考するのだ。 こんなもんを何故毎年売るのかと。


 冷えた寿司は不味い。不味くない冷えた寿司は、中になんか入れてるか、メッチャ工夫している。それは周知の事実で、寿司屋は一番熟知しているだろう。なのに、平気な顔して路面販売をしているということは始めから縁起云々は関係なく、一儲けしようという下心からであろう。 原価率10%以下のまかない料理みたいなもんに「恵方巻き」と名付けて、高額で販売できるのだから。 しかし、恵方巻きを見込み販売する店は「当店に職人気質は一切ない」と断言しているみたいなもんだ。 クリスマスケーキもそうだけど、スペシャルなものだからこそ予約販売でいいじゃないか。 それを何故見込み販売するんだ? そんなことを考えながら、ふとアボガド握りに醤油を垂らす。 マグロの味がするかと思ったが、そうでもなかった。 誰だこんなこと言ってたやつは。


 ――あぁそうか。


 世の中には一定数の割合で話題に乗り遅れる人がいる。それと同時に、知ってても予約せず、当日に気まぐれを起こして購入する俺みたいなやつもいる。 ソイツらを見込んで販売しているのだ。 「今日はスペシャルな日ですよ!」「話題の商品ありますよ!」と歌って、実物を見せて購買意欲を掻き立たせるのだ。 そいつらは「あぁ今日は○○か。 話のネタに買ってみるか」となる。 なんてことだ。クリスマスケーキも恵方巻きも、大量に売れ残った原因は僕みたいなやつのせいじゃないか。 店にとっては儲けるチャンスデーだから、少しくらいロスになっても良いから販売するよ。 それが全国のコンビニとかでやれば、廃棄量2トンとかになるよそりゃ。


 ゴミ箱の中にある方巻きを思う。 毎年、マイルールで生きている奴らの話題作りのために見込み生産され、そして不味いと切り捨てられ、揚げられ、挙句の果てにはゴミと見なされる。 これはある意味、僕自身を表しているメタファーではないのだろうか。 僕は僕を買って、好き勝手に加工して、思うようにいかなかったからゴミとして捨てたのではないだろうか。 かなり無理矢理だけど、そんなこじつけも出来る。 共感は全くできないだろうが安心してほしい。 俺も全然出来ない。


 とにかくだ。 本当にスペシャルなイベントデーを祝おうってなら、食事は忘れずに予約しなさいよってことだ。 クリスマスデートでワタミとかサイゼリア行くか? レストランを予約するだろ。 こどもの日に柏餅買うだろ? 和菓子屋やスーパーで買うだろ?ソイツはダメだぞ。 売る側も「季節商品は当店では予約販売のみ致します。事前に前金を頂き、当日にお渡しします」と明言してもらいたい。 我々消費者は下らない理由で食べ物を買ってしまう。 話題に乗っかろうなどの軽い気持ちで、当日に販売している店で買ってしまう。 それではダメなのだ。 特別な日の特別な料理は特別なものであってほしいのだ。 おせちを見なよ。単価が高いしかさばることも手伝って、コンビニでも予約販売しかしてないから。


 売る側も買う側も、イベント日を大事に育てようとしてない結果が毎年の売れ残り問題なのだ。 その観点で見てみると、ただの話題作りを提供する日にしか見えない。  クリスマスケーキと恵方巻きの大量虐殺が伝統芸になりつつある日本社会。 リスペクトが欠けた浮ついた民族に成り下がったのかと悲しい気持ちを抱きながら、ハーゲンダッツを買いに向かう昼下がり。

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