偽物という名の人間関係

 シェアハウス。一棟、あるいは一室という形の共同住宅。建物内を小分けて部屋を作り、トイレ風呂は共同で使う。また、光熱費が家賃に含まれているため初期投資が安く、保証人がいらないという簡易性も大きな特徴だ。小奇麗になった共同アパートや団地みたいなものだが、誰かしらと顔を合わせやすいのが特徴だ。



 利便性があるため、訪日外国人や留学生も多く利用している。もちろん、就職活動で上京してきた若者や、短期労働者や派遣社員もだ。



 私も使い勝手の良さから、さまざまな国籍を持った人が使うゲストハウスで2年ばかりいたことがある。快適とは言いづらいが、常に新しい人間が入ってくるため、気付きやトラブルが絶えなくて刺激的な毎日を味わえた。



 シェアハウスやゲストハウスは、多くの人間が仮の宿として利用する。だが、そこに根を張って長くいる人間ほど偏屈になる。仲良くなった人と別れる時に置いていかれるような感覚になって切なくなるからだ。人間関係に疲弊して、あえて誰とも仲良くしない。そうやっている内にオールドゲストとニューゲストの間に溝が出来ていく。やがて派閥になって、ハウス内の空気が濁っていく。



 ニューゲストが来たときのみ、誰しもが無害を装うため空気が清浄される。ニューゲストのワクワク感は、2ヶ月後には退廃的なものへと変わるのだが。



 だが、2年ほど経ったころには人間関係にうんざりしていた。自分の考えを述べたり、住人と協力してきて、それなりに楽しく過ごしていたが、2年を経たら「人間なんてそういうものか」と片付けてしまえる自分がいた。流せてしまう自分がいた。人に疲れてしまった自分になっていたのだ。



 持論で恐縮だが、考えをまとめる時や飛躍させたいときは人と話し、深めるときには独りになることが大事だと思っている。多くの人と共同を生活をすると意見の交換が頻発する。そのため自分の考えを披露する機会は多いが、気づきや考えを深める前に違う議論が生まれてしまうため、せっかく芽吹いた気づきなどが流されてしまうのだ。



 さらにだ、毎日顔を合わせていると話題も尽きてくる。そのうち人の悪口や同じテーマを芝居のセリフのように交わしていくだけに変わる。自分の考えや哲学的なものをテーマに切り出しても、疎んじられるだけになる。まるで人形劇。心温まるわけではなく、人の醜さと悪意が滲んだホラーな人形劇を大人たちがやっているのだ。



 誰しもが疲弊している世の中。ながら観くらいがちょうどいいと言われてるが、ながら観出来るものがない現状にも疲弊している現代社会。独りになりたいが、孤独にはなりたくないというパラドックス。私が暮らしたゲストハウスには、そんな空気が流れていた。




 本来、人間関係は互いにとって有意義なものであってほしい。心通わせた友人は得難いものだ。友人とは退屈しのぎで付き合うものではない。高め合うものであってほしい。しかし、友人が去ってしまうことに対しても「そんなもんか」と流せてしまう自分になっていた。



 これはまずい。独りにならなくてはならない。楽しいに流されてしまったら依存してしまう……インスタントなハッピーを求める人達に抵抗感が生まれてしまい、すぐに退去を決めた。




 それが何の縁か、本業で再びシェアハウス界隈に関わることになった。私がいたゲストハウスは、バックパッカーあがりのオーナーがやっていたもので「横になって寝れればいいや」と言わんばかりに、カーテンと木枠で区切ったスペースにシングルのマットレス置いたものが与えられた。安さと利便性を重視した状況で、必要最低限が整っていたため何の文句もない。



 だが現在のシェアハウスは色々と進化をしているようだ。調べてみると何かしらのテーマを持ったシェアハウスやゲストハウスが出てきている。




 そんな中で目を引いたのは、蒲田や自由が丘にある音楽スタジオ付きのシェアハウス。家賃は月に8万くらいだが、ミュージシャンになりたいと思っている人にはたまらない物件かも知れない。スタジオを借りようと思ったら、1時間1500円はかかる。30日こもったら45000円だ。それが毎日ただで利用できて、住むところも確保できているというなら、これほどミュージシャン志望の子にとって魅力的な話はない。日本好きの外人もいるため英会話にも挑めるだろう。




 これだけメリットがあるが、私は現代社会の風潮に怖さを抱いた。邪推かもしれないが、安さと利便性が売りだったのに、入居者が来ないから業者が苦肉の策を取ったと思ったのである。金を払うなら、少しでも多く利益を享受したい住民側の思いが見えたのだ。




 現代社会は、頑張って稼ぐより、今まかなえる範囲で多くのメリットを得られるものを探すことが主流になっているのだろう。そこには現状維持をして、少しでも成長したいという健気さを感じる。だが、日々変化が加速する情勢に置いて、現状維持をいつまで続けられるのだろうか。いつかは一歩先に挑まなければいけない時が来る。その時にきちんと一歩を踏み出せるのであろうか。



 安かろう良かろうが当たり前と大声をあげる人が増えたが、じゃあ何故バーキンなどのハイブランドが売れるのか? そんな対案を出したら、カテゴリが違うと言うのだろう。だが、安かろう良かろう=良品ではない。良品が高いのは不変なのだ。良品を真似た偽物をもてはやしていて良いんですか?と投げかけたいのだ。イミテーションをもてはやす人には、ぜひ「それがいい! 偽物がいい!」と胸を張って言ってほしいものである。




 独りは思考を深め、会話は思考をまとめて飛躍させると前述した。一見同じ目的を持ったテーマ型のシェアハウスは、その2つを両立出来るかと思う。だが、同じテーマを持った人間が集まると中立的な視点が得づらく成り、人付き合いのバランスを失いかねない思考になってくる。同じ屋根の下で、同じ境遇の人間と傷のなめ合いと疲れの共有をして、克己心を失って、挑戦することを諦めてしまったら、安宿に移って節約している意味がなくなる。




 一見魅力的に思えるものほど、精神には毒だったりするものだ。享楽と快楽が毒を中和させるから気が付かない。良薬口に苦し。シェアハウスやゲストハウスへの転居を考えている人に「挑戦することを忘れるな」という言葉を送る。




 ちなみに、本業の方では「同じ夢を追う仲間と共有する喜び、シェアハウス最高! ピイエエエエエエエエイ!!!!!」という風なテンションで書きました。そんな私も偽物なのだろう。

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