何もなかった日。

10月14日。何もなかった日。


午前10時16分に目が覚めた。休日だというのに、いつもより1時間遅いだけ。


少しもったいない気分になる。


どうせならすごく早起きするか、夕方近くに目覚めるかの方が休日感がして良い。それか2分早く起きていれば「10月14日10時14分起床」ってゴロが良くて、少しほっこりできたかもしれない。


そういえば、眠るにも体力がいる、という話を聞いたことがある。


だとすれば中途半端な目覚めは、体力の衰えの証拠なのだろうか。


そうだとしても、体力をつけようなんて思わない。だいぶ前から運動は完全に放擲している。やる気は全くない。


枕元から音がする。前夜に寝る前にiPodでsyrup16gアルバム「My Song」を聞いていたが、リピート再生だったのを忘れていた。


流れていたのは「Imagine」。ジョンレノンの「Imagine」は人は平等だと訴えたが、syrup16gの「Imagine」は恣意的だ。描いていた将来と、現実のギャップをひたすら嘆いているのだ。面白いのは、両曲共に人類愛を歌っているということだ。


外は曇っていて肌寒い。温もりが愛しくて布団から出る気にならない。窓枠に置いてあるタバコに手を伸ばし、寝そべりながら喫する。


天井に立ち上る紫煙を眺めながら、図書館から借りているパロウズの「路上」を思い出す。確か明日が返却期限だったはずだ。まだ半分しか読んでいない。読み切ってしまおう。


コーヒーを飲みながら読もうと思った。重い体を引き上げて、ケトルに水を注いで湯を沸かす。マグカップにインスタントコーヒーの粉末を注いで、冷蔵庫で冷やしていたカントリーマアムのバニラを2枚取る。


ケトルは昔よりも性能がダウンしている。なかなか湯が沸かない。


(今、宗教の勧誘とかNHKとか来たら相手するのにな……もし来たら、どう接しようか? 最近ハマった森岡さんみたいに、クネクネしながらハイテンションスマイルで接してみようか。いや、ウーマン村本みたいにマシンガン論破でもありか)


そんなことを考えていると、本当にチャイムが鳴った。だが、いざとなると人間出来ないものである。シミュレーションの甲斐もなく、普通に「はーい」と玄関を開けた。


立っていたのは老人と言ってもいい壮年の男性だった。中野区役所から住民税の催促で派遣されたというのだ。私に未納があるというが、これには言い分がある。春先に住民税納付書が着たはいいが、時間差で総額に差があるものがきたのだ。もちろん同じ期である。どっちで払えばいいのかを問い合わせたら、所員も把握していなかった。調べて連絡をするといっていたが、もはや秋である。


半年近く無視していた上に、俺を滞納者扱いして徴収に来たというのか。さすがにカチンときた。


だから選んだのは橋本さん。森本さんでも村本さんでもない橋下徹さんだ。最初から会話ではない。私の一方的な弁論である。理路整然と責任の所在と要求の明確に。先方は何度か繰り返していたが、彼には最終決定権はない。できるのは、私の言い分と描写を正確に上に伝えるだけだろう。だから彼は「はい! はい!」と水のみ鳥のように頷きながら、ひたすらメモ取りマシーンと化していた。


不思議なものだ。一方的な主張が認められるということは、こんなに気持ちが良いことなのだろうか。女友達やキャバ嬢が「私の話を聞いて!」「好きなタイプですか? うーん……聞き上手な人!」とか言ってくるが、なるほど確かに。この成功は下手な性交よりもいいものだ。私の友人やオキニは、とんだ変態だったようである。


小遣い代わりに払いたくなったが帰ってしまった。ケトルのスイッチを切りに戻っているうちに「じゃあ、これ読んでおいてください! 分からなかったら連絡してください!」と、ドアに備え付けている郵便受けに覚書を投函して帰っていった。私の「ちょっと待って!」という声を無視して。やはり役所の人間は恣意的だ。ジョンレノンのImagineを聴かせてやりたい気分だ。


暇に戻ってしまったのである。快感が去ってしまうと残るのは寂しさだけだ。「路上」を読む気はとうに失せた。路上を借りたのは3回目。一回も読破できていない。私は寂しさを埋めるために、YOUTUBEを開いてしまった。パチンコ実践動画や、バラエティー番組などを見てしまう。YOUTUBEは創作の敵であると分かっているが止められない。何回見ても面白い。気が付けば16時である。


秋と冬は一気に暗くなる。曇りだったら夕焼けなどの予兆もなく暗くなる。私はそれを知っている。そして、曇りの日にやりたかった撮影を急遽思い出す。曇りの日は影が出来ずらいので、同じ被写体でも少し退廃的というか、幻想的というか……生気がない感じで写るのある。


窓から差し込む頼りない光源を頼りに、ホワイトウォールの前に置いた猫のオーナメントを撮る。角度を変えて、露出やシャッタースピードを変えて、ホワイトバランスを変えて、ISOを変えて何枚も。見えなくなるまで何枚も。


虚しくなった。私の心変わりは季節を問わずに秋の空のようだ。これが霊合星人というものか。再びYOUTUBEに逃げだしたのである。スマホにはパチンコ実践動画。部屋に流れているのはsyrup16g。歌詞通り夕暮れの部屋の中で、こんなはずじゃなかっただろ?と自問する。なんとか意味のある日にしたい、と思った。


(そうだ。写真の練習に行こう。夜景が好きだから上手く撮れるようになりたい。ブロードウェイが閉まる0時頃には、アーケードは人もいなくなるしペーソスがある。人で溢れかえる中野が眠る時間帯は、本当に退廃的な雰囲気だ。テーマはロスタイム。これいいじゃん!)


19時。休日を有意義に過ごすプランが出てきた。23時30分に家を出よう。裏を返せば、それまでダラダラしてて良いという大義名分が出来たということである。私は全力でだらけた。はいていたスウェットがずり落ちても気にしないくらい全力だ。見えてはいけないものを見せていくスタンス。そんなこんなで、だらけてたら23時になった。カメラのメンテナンスをして、着替えて初めての外出をした。


小雨である。


そんな気はしていた。秋だもの。私の心は秋の空とか言ってたけど、リアルの秋の空である。じゃあ私はどうなるか? ブチ切れである。思い通りにならないと怒る。予定外を認めない。都合がいいもんだ。


カメラやレンズを濡らしたくないから撮らない。だからと言って、雨だから行かないっていうのも負けた感じがして嫌だ。撮りもしないのに外に出ることにした。


こんな時に私が出来るのは、雨空に対しての脅迫だ。「濡れてますけど!? 空気読めば!」と訴えるために傘は差さない。それなのに、雨は強くなるばかり。首から下げてたEOS70Dは、もうすでにバッグの中。


(撮影じゃない。ロケハンだ。まぁ……止んだら撮ってやらんこともないけど?)


なんて考えながらずぶぬれで中野を歩く。早稲田通りから野方警察署を左折して駅の方へ。中野は東西で街の顔が変わる。西側は再開発地区でオフィスビルや有名大学があり、東側は安飲み屋やキャバクラ、中国人マッサージなどが立ち並ぶ歓楽街。その中心にあるのがブロードウェイで、私はブロードウェイをベルリンの壁と呼んでいる。今回は西側の人気のないアーバンスタイルと、東側の下町的な風情を味わって、次回の撮影地を決めることにした。


NOAHを背に、線路沿いを歩く。すでに0時を回っているというのに、総武線は5分遅れているらしい。喫煙所でタバコを吸っていると、酔っぱらったOLがライターを要求してきた。貸してやると馴れ馴れしく話しかけてくる。久しぶりに彼氏と飲んだから楽しかったらしい。


「つーか、兄さん髪長くね? つーか、マジずぶぬれ! これあげる!」


ビニール傘をくれた。 何度も断ったけど、彼女は「家が近いから!」と受け取ってくれなかった。 「どっかで飲もう!」と口約束だけを残して、彼女は去っていった。雨は止んでいる。傘には水滴がついている。ずぶ濡れの男が濡れた傘を持っているという変な構図だ。写真を撮れないのが実に惜しい。そして、被写体がカメラマン本人だというのも実に口惜しい。どこからか、ストリートミュージシャンのもの悲しい弾き語りが聞こえる。


中野駅は南北に別れている。両方の行き来は改札を通れば容易いが、使わないとなると少し迂回していくことになる。北口側に住んでいる僕は、パチンコ屋のイベント日以外は南口には行かない。行かなくても用が足りるからだ。だけど、たまには行ってみるもんだ。ある発見をした。


都道420号。通称中野通り。中野から笹塚まで伸びる幹線道路。中野駅側は高架になっている。高架の下には短い昼間灯で照らされたトンネルがあり、それを抜けると白色灯の街灯が並ぶ歩道がある。その境目が横断歩道になっている。そこが良い味をしているのだ。ここならば、雨に濡れずに写真が撮れる。横断歩道を渡る歩行者や客待ちのタクシーなどを被写体に、私は無心になってシャッターを切った。



職務質問された。



「何やってるの? 撮影許可は?」「髪長いねー? 身分証持ってる?」



警官に聞かれたことである。私は元々おおらかな人間だと思う。しかしだ、家にいても外に出ても、公的機関の人間が寄ってくるってどういうことだ? なんなんだこれ! そんなに怪しいのか?と逆に質問してやった。返ってきたのは「念のために」という答え。その言葉が、私の心に火を灯した。念のためってなんだよ‼ 怪しいから念のためってことだろうが! 結構な熱量で言い返してしまった36歳。



馬鹿らしくなったのである。


自分を俯瞰で見るという経験があるだろうか? 自分のことなのに、ふいに客観視してしまう瞬間。唐突に冷めてしまう瞬間。 それが警官との問答中に来てしまったのである。その要因は、雑踏の中に紛れ込んでいた歌だろう。結構上の方で、ストリートミュージシャンの弾き語りが聞こえると書いていたと思う。彼は改札前の広場でやっていたのだが、再びつま弾き始めたのである。楽曲は徳永英明の「RAINY BLUE」。



     RAINY BLUE もう終わったはずなのに

     RAINY BLUE  なぜ追いかけるの

     あなたの幻 消すように 私も今日は そっと雨

                             ~


この名曲のサビ部分を、原曲よりもテンポを落としてエモーショナルに歌い上げているのである。不安定な夜空の下、警官に職務質問をされているという状況と楽曲が少し似ているのである。そう思った瞬間に、急激に馬鹿らしくなった。そのトーンダウン具合に、逆に「もういいのね? お巡りさん行くからね?」と訝しがったくらいである。


帰り道、駅前の広場に寄ったら、ドラマに出てきそうな夢を持って上京したてって感じの青年が、帰り支度をしていた。見た感じゲリラでやっていて、俺と同じく警官に言われたから帰るって感じだろう。


日本は創作者に厳しすぎる。歌い手が歌も歌えない、写真家が写真も撮れない。そんな彼も、人生に息苦しさを感じているんだろうな。そう勝手にシンパシーを感じた。あんなに街に溶け込む歌声は少ないのに。


そんな彼に「声、よかったよ」と投げかけて帰った。彼は「ありがとうございます!」と返した。 少しだけ振り返ると、彼は最敬礼で見送ってくれていた。


10月14日何もなかった日。


10月15日。職質とレイニーブルーではじまった日。4時間経っても、これ以上のことはまだ起きていない。



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