第4話 魔法使い
青空を背景に無数に張り巡らされた蜘蛛の糸。
その真下で水の噴き上がる広場から散り散りとなる人々は、
通路側にカラーコーンを設置しコーンバー取り付けて忙しなく交通規制をかける。
それを覗き込むように眺める蜘蛛の怪人。
急遽攻撃を止めて保守的な行動に移る彼らに警戒して、
地上の人間達を監視するかのように見下ろしていた。
「何だ……?
あのガキが騒ぎ始めたら攻撃を止めやがった……。」
広場の警備体制を整えた黒い制服の人々は、 拳銃を構えて待機している様子に彼は動揺する。
(何だ……?何だよ……どういうつもりだ?)
街を覆う天の網による観察は注目の的へと変わった途端。
監視する側が監視される側へと逆転した。
「折角これだけ集まってきたってのにっ……!急にどうした!?」
彼の何らかの思惑とは裏腹に受け身の態勢を取り始める魔法使い一同に焦りを見せる。
怪人は思わず空から辺りを見渡すと住宅地の中を走り去る幼い少年達の姿を見掛けた。
「……おいおい!嘘だろ!?
あんなガキ一人の馬鹿騒ぎに大の大人が皆、従ったっていうのか!?
この世界の連中は人の命よりも心を優先するんじゃねえのかよ!?」
意図していた展開が起こらないことに腹を立てる怪人は、 幼い少年と2人の男女を睨み付けた。
「余計なことしやがってよぉおお……!」
その少年が背の高い若い男に手を引かれて走り去ろうとする光景。
(……子供?じゃあ、あのガキの親は何処だ?)
彼が注目したのは少年の繋いだ手。
幼く小さな彼の身を案じた行動に思惑を切り替える。
(街を壊させて罪悪感や恐怖心を煽るよりも、
あいつらの誰かを拉致って見せしめにすれば親子共々絶望さられるのか……?)
独り言を呟いてそう考えた怪人は穴の空いた手の平を住宅地の屋根に向けると、
「いや……どうでもいい、もう手段なんて選んでいる場合じゃねぇんだ。」と呟く。
「さっさと地球を平等で平和な世界にしないと、 他の奴らに何されるか分からねえんだからな……!」
すると手の平の穴から一直線に放出された糸は住宅地の屋根に付着し、
怪人は大きく蜘蛛の巣の屋根の上から跳び上がった。
その動きを観察していた黒い制服の人々は、
慌てて怪人の後を追うためにパトカーや白バイに乗って動き始める。
「移動したぞ……!」
振り子の様に宙を飛び移る中で僅かに声が遠退いた。
糸にぶら下がって空中を翔る蜘蛛の怪人は広場から住宅地を超えて屋根の上に着地する。
住宅地の中で「ここを真っ直ぐ行った先だよ!」と声が響いた。
屋根の上から下の様子を覗き込んだ蜘蛛の怪人は手を繋いで走る幼い少年の姿を捉えた。
その先で出くわした1人の女性が幼い少年の元へと駆け寄っていく姿と、
カズラという幼い少年の手を引いて走る彼方がルル・フィリアと共に住宅地の中を走ってくる様子が窺えた。
「カズラ!!!!」
名前を呼びかけられて女性の声を聞いた幼い少年は「母さん!!!」と言った。
思わずその呼び声に彼方は繋いだ手を離すとカズラは母親の元まで駆け付ける。
標的が立ち止まった事を確認した蜘蛛の怪人。
(あれが親か?母親って奴だな……?分かり易くて丁度いい。)
早速片手を翳して標準を合わせるかのように少年カズラの足元に向けて狙いを定める。
「どうしていつも独りで行こうとするのっ!?」
小さな両肩を掴んで叱り付ける母親。
「……でも!怪人の事を伝えに言ったら!魔法使いの人達が助けてくれたんだ!
あの蜘蛛の巣のせいで街が壊れていることも……、やっと分かってくれたんだ!」
親の心配とは裏腹に当の本人は嬉しそうに言った。
「でも、じゃないでしょう!?反省もしないでっ!」
目を丸くした母親は呆れた様子で深い溜息を吐くと、
彼方とルルを見てカズラを向かい合わせながら頭を下げて言った。
「うちの子がご迷惑をお掛けしたようで……!
すみません!どうもありがとうございました……!」
礼を言う女性に彼方は両手を前に出しながら、
「あっ……いえ。俺は、カズラ君を送っただけなので……!」と戸惑った様子で言う。
しかし、子供にも頭を下げさせる女性は「いいえ!お世話に成りました……!」と再び礼を言った。
親子が1歩、2歩と前後に動いては彼等の真上で慎重に狙いを定める赤黒い影は、
彼等が身動ぎをする度に翳した手で焦点に合わせる様に追っていく。
頭を上げながら何処か安堵した面持ちのカズラ。
ルルはそんな彼に苦笑いを浮かべて言った。
「お母さんを心配させちゃ駄目ですよ!」
「うん!お姉さんもありがとう!」
対して少年は無邪気な笑みを浮かべてと礼を言った。
その満足気な笑顔を見せる少年に怪人はすかさず手の平の穴から糸を発射する。
音も無く発射された糸。
針の様に細く先端が尖ったその糸は、
小さな少年の足元を射抜くかの如く宙で白い直線を描く。
しかし、その直前。
そんなやり取りを阻害するかのように後方からサイレン音が近づいてきた。
思わず一同はその音の近づく方向を見ると、
パトカーが赤いランプを光らせて向かって来る様子が分かった。
彼等の後方からパトカーからサイレンを鳴らして向かって来ると、
気が付いた4人は思わずくるりと振り返る。
向かってきた車両に一同が後ろに下がって脇道に寄ろうとしたその時。
有ろう事か彼方の足元に白く粘ついたものが飛んで行った。
「……っぅ、うわぁあっ!?
なんだ、これ……!」
脈絡もなく放たれた怪異に驚いて仰け反った彼は自身の足元を凝視した。
べっとりと住宅地の凸凹とした玉石舗装路に付着している糸の先端部を見て言った。
「な、何だ……!?
これって、あの蜘蛛の糸の…!?」
動揺した様子で咄嗟に親子を隠すように両腕を広げて背中で庇うような体勢をとった。
粘性の高い艶やかな白い糸が地面に粘り着いた途端、
石の様に一気に固形化していく様子に彼方は思わず息をのむ。
対してルルは糸が飛んできた方向を見ると、 怪人が屋根の上から両手を向けている事に気が付く。
「カナタさん!上です!!!!
あの屋根の上から狙われています!!!!」
彼女が指し示す指先を見る彼方と親子。
地球人である彼方は怪人の蜘蛛の様な形状の身体や刺々しい赤紫の甲殻の様な鎧を見て、
「何で……!?ここまで追って来たのか!?」と困惑した様子を見せて数歩下がった。
「いつの間にここまで……!」
彼に再び訪れた非現実的な生物との対峙とその脅威。
命中を外してしまったことに「ちっ……。」と舌打ちをした怪人は、
手の平から伸ばした糸を伸びた昆虫の脚のような鋭い刺を使って引き千切る。
今度は両手を翳して穴の空いた手の平を再びカズラの方へと向けた。
後ろに引き下がりながら親子を庇う彼方に、 逸早く警戒していたルルは指示を促した。
「逃げましょう!まずは何処かに隠れないと!」
母親は慌ててカズラの手を引きながら「はい……!」と返事をする。
辺りを見渡していたルルは「カナタさん!こっちです!!!」と呼び掛けて住宅地の路地を案内する様に先導する。
「は、はい!」
ぐるりと回る彼方は怪人に警戒して視線を向けながら2人の背中を押す。
「い、行きましょう!」
一直線に駆け出していく彼等の背を嘲笑うかのように、 怪人は構えていた両手から蜘蛛の糸を手早く発射した。
それを見ていた彼方は思わず「危ないっ!!!」と叫んで母子の背中を強く押し出した。
「……ぉっ!!?」
よろめきながらも前進する2人の足元には糸の先端がべっとりと付着すると彼方は思わず固唾を飲んだ。
怪人は糸を千切る動作を素早く行い再び両手を向ける。
「……ぃっ!今のうちです!
先に!先に行って下さい!!!!」
その間に胸元にカズラを抱き寄せた女性の背中を再び押す。
「あっ……!ありがとうございますっ!」
礼を言う母親は子供を庇う様に背を押して「カズラ!走って!」と呼びかけた。
「うん……!」
路面に粘ついた糸が石の様に固まっていく様子を眺めて目を丸くするカズラは小さく頷く。
先導していたルルが住宅地の路地裏を目前にすると親子の背後に回り込んで、
「さあ!こっちです!」と女性の背中を支えながら2人を庇う様に誘導する。
人が1人通ることでやっとの路地裏に親子は息を切らせながら慌てて入り込む。
3人が無事に入っていくと彼方も後に続こうと駆け出した瞬間。
左足には既に白い粘着物がべっとりと屋根の上まで伸びていた。
怪人が放った糸が彼方の足に糸を命中させていたのだ。
前へ進もうとする彼方は蜘蛛の糸によって左足を上げようとした瞬間。
粘いて、空気に触れて、瞬時に固まり、彼の重心を左に傾けた。
「うわっ……!?うわぁあっ!!!?」
案の定。無自覚に捕らわれた異変に素っ頓狂な声を上げて転倒する。
漸く後ろを振り返る事で糸の存在に気が付いて「や、やばい……!」と思わず呟いていた。
「お兄ちゃん!?」
その声と様子に気が付いたカズラは声を上げて振り返ろうとする。
それを見た彼方は血相を変えて大声を上げた。
「……っ!来ちゃ駄目だ!!!!お母さんと一緒に走れ!!!!」
そして路地裏から引き返してきたルルの姿が見えると直ぐに言い放つ。
「ルルさんすいませんっ!!!!カズラ君とお母さんを頼みます!」
段々と接近するサイレン音の聞こえる方向に視線を向ける怪人は、
「ちっ……こういう時だけは湧いてきやがる。」と呟きながら急いで糸を両手で交互に力一杯引き寄せていく。
転倒した彼方の体はそのまま怪人の力に引っ張られて路面に引き摺られる。
「うおぁぁあっ!?」
石畳の上に摺り込む手や頬の皮膚が破けて声を漏らす彼方は住宅の壁を目前にすると、
そのまま引き上げられて逆様に吊し上げられた。
迫りくる警察車両がけたたましく向かってくる中。
連なる車両の中から1台のバイクが凄まじいエンジン音を吹かせ、 脇道から追い越していく。
瞬く間に先頭を走り抜ける白と青のツートンカラーのバイク。
フルフェイスヘルメットから流れる長い焦げ茶色の髪のライダーは、 屋根から引き上げられる彼方の姿を見やる。
猛スピードで宙吊りの彼方に急接近したそのバイクは、突如車体を傾かせた。
大きくコーナリングブレーキを行う様な強引なパワースライド。
まるでドリフトの様なスライドによりバンクした状態で逆さになった彼方の頭部を通過し、衝突することなく真下で急停車した。
すぐさまバイクから降りた少女。
勢いよく身体を引き上げられていく彼方の背中に向かって飛び付いた。
無造作に飛び付いた少女と糸にぶら下がる彼方の体重に身体ごと引っ張られる怪人は、
「うおっ!?」と声を上げると思わず糸から両手を放してしまう。
当然、宙吊りの2人はアスファルトに叩き付けられ少女と彼方は、 互いに「うわっ……!」と呻き声を上げる。
「……ぅっ…………。」
腕を擦って痛みに苦悶した表情を浮かべる彼方に対し、 少女は素早く立ち上がって怪人がいる屋根を見上げた。
見下ろす怪人は建物の屋根から軽い足取りで飛び降りる。
「…………。」
対峙したヘルメットのフェイスシールドで顔を隠した少女を見ながら、
「はぁぁ……、また変なのが邪魔しにきたか……!」と溜息交じりに呟く。
その様子を見て起き上がった彼方は「お、降りてきた!」と慌てた様子を見せると、
左足にくっついた糸を腕尽くに無理矢理引き剥がそうとする。
「その糸が切れるまで、私から離れないで下さい!」
身構える少女は後ろを振り向きながらと呼びかけると、
ホルスターから銃ではなく白い薄型のトランシーバーを取り出した。
その青い宝石で装飾された機器の側面にあるスイッチを数秒間長押しし、
ピピッという電子音と伴に「OVER?」と女性の声の様な電子音を鳴らした。
それを見た怪人は「ん?……お前、昨日の魔法少女か?」と聞く。
少女は質問に答えることなく口元にトランシーバー近づけて言った。
「装着。」
白い通信機は返答するように「ACTIVE」と音声を鳴らし、 石留された宝石が青く鮮やかな光を放った。
青い光を放つ宝石を手に持った少女は、
白いベルトの金属製のバックルにトランシーバーを取り付ける。
「ARMAMENT」
女性の声の様な電子音と伴って、 目映く光り輝いた宝石は青い光で少女の身体を包み込む。
包まれた光が消えて姿を露わになると、
そこには制服を着たヘルメットの少女の姿は居なかった。
赤いリボンで纏めた白髪のポニーテールが腰まで揺れ、 膝下まで丈のある紺のロングコートが靡いている。
白いベルトのサイドバックルに剣と銃を帯びた少女が佇んでいる。
瞬く間にヘルメットがなくなり、髪や瞳の色から服装まで変わっていた。
その姿を見た彼方は「か、変わった……!?」と驚いてありのまま起こったことを口に出す。
怪人は「やっぱりまたお前か……。」と呆れた様子で言った。
少女の姿が変わったと同時に漸く警察車両が駆け付けると、
車から魔法使い一同がぞろぞろと降りて彼女の後方で拳銃を構える。
仲間の到着に気が付いた少女は怪人から視線を離さずに剣を引き抜くと、
彼方の左足から怪人の手の平まで伸びた1本の白い糸を宝石の刃で素早く引き裂く。
裂かれた糸はガリッ!バリッ!と卵の殻を粉々に割った様な音を立てて千切れた。
殻の様に罅割れた糸の残骸が路面に散乱すると少女は「ここから離れて下さい!」と促す。
頷いた彼方は「は、はい!」と狼狽えた様子で返事をした。
その真後ろでは既に黒い制服の人々は横隊となって銃を怪人に向けている。
慌てて制服の人々の後方まで走り、十分に距離をとって離れた彼方。
人々の背中に隠れると動揺と圧倒に思わず住宅の陰に隠れて彼等の様子を窺った。
その間に白髪の少女と彼方の周囲を黒と白の車が包囲すると、
停車した順に黒い制服の人々が次々と降りて怪人に銃口を向けていく。
「……っ!仕切り直しか……!」
辺りを見渡した怪人は数十人の黒い制服の人々を目の前にすると、慌てて振り返って駆け出す。
再び住宅の屋根に糸を飛ばす為に手を掲げて引き返そうとする怪人。
しかし、絶好の狙い的が背を向けて逃げ出す様を見逃せる筈もなく、
横列の中央で銃を構える警部と呼ばれていた男性が叫んだ。
「撃て!!!!」
彼の一声で黒い制服の人々は銀色の拳銃の引き金を引く。
躊躇なく疎らに発射された光弾。
「くそぉっ!間に合わねえ!」
思わず怪人は振り向いて中距離から発射された無数の光弾に立ち尽くすと、 彼は胸元のネックレスを握った。
すると一瞬。怪人の真正面に長方形の青白い光が瞬いた。
その青白い光には当然、既に放たれていた光弾が全弾直撃する。
「ぐあぁああっ!?」
怪人の悲鳴と伴に光の弾丸と燃焼による黒煙が怪人の姿を覆い隠し、
チカチカとした光と伴に小火から発生した様な黒い煙が立ち昇る。
「がぁあああ……っ!!」
光と煙の中で呻く人影が顔を両腕で覆いながら大きく仰け反った。
魔法使い一同は一斉に12発の光弾を連続で発射したと同時に、
拳銃から「ENERGY LOST」と女性の様な声で電子音が鳴る。
次第に煙を纏い、燃焼した長方形の障壁と人影が見えてくると魔法使い達は動揺した。
青白く光った壁の正体が露になったからだ。
彼を守っていたのは臙脂色をした長方形の大盾。スクトゥムの様な形状の盾だった。
しかし、おおよそ80発以上の光弾を浴びた盾は高熱による炭化で既に風穴だらけ。
盾を掲げて右方に数歩移動していながらも的が大きいことが災いし、
攻撃は逸れることなく数十発分の光弾が突き破っていた。
貫通した高熱は怪人の身体に被弾し、両腕や胸部や腹部に命中。
それらを覆う鎧の様な外皮は黒く焼け焦げて煙が上がっている。
「あがっ……っぁぁぁぁ…………。」
全身から血を噴き上がらせる度にと呻き声を上げると、
穴だらけの大盾が光を帯びて消滅し、ふらついた足取りで数歩引き下がる。
弱り切った怪人を目の前にした時。
中年の男性は「攻撃止め!!!!」と大声で呼びかけると、
制服の人々が一斉に銃を下ろしたと同時に「今だ!アヤ!!!!」と呼び掛けた。
頷いた白髪の少女は構えていた剣を宝石の散りばめられた鞘に押し込む。
ピピッという認識音と伴に柄に装飾された宝石は青く光り、女性の様な声で電子音が鳴った。
「EXECUTION」
音声と伴って青く発光する刃を引き抜く少女は両手で剣を確りと握ると、
ふらふらと引き下がっていく怪人に向かって駆け出した。
「うわああぁぁああああっ!!!!」
接近したと同時に掛け声を上げながら青い剣を振り回して首元を目掛けて斬りかかる少女。
「っぁ……、やばいっ……!」
その迷いのない動作を見た怪人は思わず痛みに堪えた様子で右隣の建物の奥から見えた長い煙突に向かって手の平を翳すと糸を放出した。
「あぁあああっ!!!」
声と伴に少女の剣が左方から右方へと平行へと水平に振るわれる最中。
「くぅ……、ふっ……ぅ!」
鬼気迫るものを感じていた怪人は振り絞った僅かな声と伴に高く跳び上がった。
その刹那。同時に振るわれた青い光の刃に腹部を浅く切り裂かれながら攻撃を回避して、煙突に付着した糸にぶら下がっては右方の屋根へと跳び上がる。
思わず自身の右斜め上の方向に高く跳んでいく蜘蛛の怪人を見た少女は、
「なっ……!?」と驚いた声を上げてすぐさま振り返った。
怪人は左手で斬られた腹を押さえながらも、
右手に伸びた糸の遠心力で空中をぶら下がりながら次から次へと住宅地を越えていく。
その光景を眺めていた制服の人々は、
「あんなに攻撃を受けたのにまだ動けるのか……!?」と声を上げて驚愕した。
「何て奴だ……!」と畏怖する人の声でどよめく。
遠くなる怪人が影になるまで眺め、肩を下した少女は思わず呟いた。
「そんな……。やっと、追い詰めることが出来たのに……。」
がっくりと項垂れて落胆した様子で剣を鞘に収めると、 警部と呼ばれている中年の男性は少女の肩を叩いて言った。
「……あんまり気負いするんじゃないぞ。
街への被害を最小限に抑える為にこの作戦で動いているだけだ。
皆もそれを理解してくれているからこそ出来ることなんだよ。
お前だけ責任を感じる必要はない。
全員で終わらせてこそ、意味があることなんだからな。」
顔を向けた少女は「はい……!」と真剣な面持ちで返事をする。
意思を確認する様に2度頷く中年の男性は「それじゃあ、次も臨機応変に対応していくぞ。」と頬を緩ませて言ったその時――――。
「こちら中央区!」
各々が所持しているトランシーバーからピーという通達音が鳴ると、一斉に音声が響いた。
「只今、怪人に捕らわれていた被害者の救出を完了しました!
輸送班の到着次第、蜘蛛の巣の撤去作業に当たります!」
思わぬ伝令に嬉々としてその場で声を上げる一同。
中年男性は機器のスイッチを長押しすると、
「良くやった!こちらは引き続き、怪人の動向を随時共有する。到着まで警戒を怠らない様に。」と応答して顔をほころばす。
そして、吉報にざわつき始めた制服の人々を見渡しながら良く通った声を出した。
「怪人には逃げられたが、被害者は助けられた!
怪人が巣に戻る前にこのまま追い込むぞ!
今回は負傷者を出さずに撃退することが出来たんだ!
次も同じように、一斉に攻撃できれば必ず奴を倒せるはずだ!
各班に分かれて捜し出すぞ!
見つけ次第連絡し、必ず陣形をとって射殺する!
奴は弱っているが油断はするな。
単独行動は控え、2組で行動するように!」
男性の励ましと指示に制服の人々は「了解!」と各々に返事をしてパトカーへと乗り込んでいく。
その一連の様子を住宅地の物陰から見ていた彼方はふらふらと路上に出て姿を現すと呆然と呟いた。
「そうか……。これが、魔法使いの……。
この世界の……、警察の仕事……なのか……。」
目の前で起きていたことに圧倒され呆然と立ち尽くす彼方。
連なった警察車両が続々と出動する中で、
バイクの傍に移動していた白髪の少女は彼の姿を見掛ける。
徐に彼女は彼の元まで歩み寄り問いかけた。
「あの……!大丈夫ですか?」
その呼び掛けに思わず振り返った彼方は「えっ……?」と間が抜けた声を出す。
「どこか……御怪我はありませんか?」
心配そうに顔を覗き込む少女。
透き通った様に光射す青い瞳。
じっと見つめられた彼は奇異な物事の連続に圧倒されて動揺した態度を見せる。
「えっ……ああっ、大丈夫です!」
戸惑いながらぎこちない笑みを浮かべる彼方。
「それは何よりです。」
彼の態度にそう短く微笑むと彼女は宝石の様なバックルを取り外した。
すると突如彼女が光に包まれた一瞬の内に、
焦げ茶色の腰まで伸びた長い髪を下ろしたヘルメットの少女の姿へと戻った。
そして彼女はヘルメットを外して右の脇に抱えながら素顔を見せる。
「貴方は……さっきの……!」
対して彼方は紺色のコートが黒い制服に戻った瞬間を見て、
髪と服装。そして目の色が変わった現象に対して目を丸くして呟きながら唖然としていた。
「私は中央魔法署の者で、アヤ・アガペーと申します。」
自己紹介を始めた彼女の顔を見る彼方は、
彼女の長い髪と紫色の瞳を見詰めて噴水の広場で声を掛けられたことを思い出す。
「あっ……刑事さん――――いいや、魔法使いさん。
さっきも、広場で助けてくれた人ですよね?
俺は、その……久遠彼方っていいます。
さっきは助けてくれて本当にありがとうございました!」
自分が地球という異世界からやって来たという脈絡の無い説明をする訳にもいかずに、
困惑した様子で名前だけを名乗る彼方。
「クドウ……カナタさん、ですね?」
礼を言われた魔法使いの少女アヤは名前を確認して頷きながら、
「ルルさんから聞いています。地球から来られた方ですよね?」と訊ねる。
その質問にはっと目を開いて安堵した様子を見せる彼方は、
「はい!そうです!」と2度頷いて答えた。
「すいません。さっきは助けてもらったのに、名乗りもせずに……。
自分からどう説明すれば良いか分からなくて……。
そのせいで、なんて言えば良いのか分からかったんですよね……!」
苦笑しながら焦った口調で答える。
その様子を見て首を振るアヤは、
「いいえ。色々と巻き込んでしまって申し訳無いです。」と謝った。
突然謝られた彼方が「えっ……?」と驚くと、アヤは頷きながら話をする。
「地球から来られた事情は知りませんが、貴方はあくまでも民間の方ですから……。
事件に巻き込んでしまったことに関してお詫びします。」
「いいえ!それは違いますよ!
俺が勝手に自分から関わったんです。
寧ろ、邪魔をしてしまって申し訳ないです。
すいませんでした……!」
申し訳なさそうに謝ろうとするアヤに対して慌てて自分に非があることを自覚して頭を下げる彼方。
互いに謝罪して彼が慌てて再び謝ろうとする忙しない様子を見合わせる。
すると彼女は可笑しそうに微笑みながら言った。
「とんでもないです。
貴方はあの男の子への避難誘導だけではなく、
怪人の蜘蛛の糸から親子を守ってくれたじゃないですか。
協力感謝します。」
そう言って一礼したアヤに対して慌ただしく頭を下げては顔を上げる彼方。
「こちらこそ!さっきは助けてくれて、本当にありがとうございました!」
彼の礼を素直に受け止めて頷いて見せたアヤは徐に口を開いた。
「私達はこの周辺で捜査を継続しますので、貴方も直ぐに避難して下さい。」
そう言って彼女はバイクに駆け寄って跨ると一礼をして
「では、失礼します。」と挨拶をしてヘルメットを被り直した。
そして巻き込みの確認をしてから颯爽と出動する。
遠ざかるエンジン音と伴に去って行くアヤの背中を見送る彼方。
「……避難——って。
そういえばカズラ君は無事だろうか……。」
彼女が促した言葉に対して住宅地の路地を見て襲われた親子を思い出す彼は、
「そうだ!ルルさんを探さないと!」と言っては慌てた様子で路地裏に駆け出していった。
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