第3話 心を守るため





 水路の通う街の中。


 客を乗せたゴンドラが進んでく水路の真横。

 防護柵のない煉瓦調の舗装路を1台のバイクが通過する。


 青いヘルメットから伸びた焦げ茶色の長い髪を揺らして走り抜ける黒い制服の少女。


 遠くの建物に伸びている白い糸の様な物を見て橋の手前で急停車した。

 橋の向こうには中央の噴水が目を引く花壇とベンチが設けられた広場。


 そしてその真上。空中に。


 建物同士の間を繋いで巨大な蜘蛛の巣が出来上がっている。


「……本気なんだ。それだけ本気で、私達を――――」


 蜘蛛の巣を見上げた少女は小さく呟いた。


(あの怪人はそれぐらいの覚悟が始めからあったということだ。


 ……もう迷っている場合じゃない。


 迷うぐらいなら……せめて、あの怪人を止めることが出来たのなら――――)


 再びアクセルを回してクラッチを噛み合わせる少女はバイクを動かすとアーチ橋を渡り、 中央の噴水の前で止まった。


「…………っ!?」


 当然、頭上に伸びる蜘蛛の糸が炎の直線を描き建物に燃え移る最中。


 既に噴水の反対側では制服を着た人々が光の弾を発射する銃で、何度も何発も空に向かって発砲していたからだった。


 その度に何重にも束ねるように張り巡らされた蜘蛛の巣の中心から、新しい蜘蛛の糸が放出されていく。


「これじゃあ切りがないぞ!街への被害がデカすぎる!」


 再び燃え盛る糸は集合住宅の窓ガラスへと向かい、

 一瞬にして罅割れるとガシャンと大きな音を立てながら砕け散って飛散する。


「うわぁあっ!?」


 頭上から飛び散った硝子片に思わず人々は身を庇う。

 それを見て1人の制服の男性が大声を上げた。


「そうは言っても、攫われた人たちはどうなる!?


 こうなれば怪人を直接狙うしかないぞ!」


 他の男性がそう叫ぶが、巣の中心から見え隠れする人影を遮る様に何重層に束ねられた糸に光弾は阻まれる。


 それどころか蜘蛛の巣が燃える度に被害が拡大し、糸の範囲は更に広がる。


 その度に燃えた糸はミシミシと軋んだ音を立てながら振動し、

 壁に張り付いた接着部に到達した途端、火勢を増して激しく燃え上がる。


 一通りの状況を把握したバイクに跨る少女が、アクセルグリップを握り締めたその時。


 「……やめてえぇえええ!!!やめてよぉおおお!!!!」


 響き渡ったのは甲高い幼い子供のような良く通った声。


 広場の片隅から小さな少年が魔法使い一同に駆け寄っていたのだ。

 その幼い少年を見た少女は慌てて噴水から少し離れた位置までバイクを発進させる。


「もうやめてよぉおお!!!!


 街が壊れているよぉおお!!!!


 沢山の人が怪我するかもしれないんだ!!!!もうやめてよぉおお!!!!」


 叫び続ける幼い少年は眉をハの字にさせて不安そうに必死に叫んでいた。


 そんなことは見れば分かる。


 誰しもがそう思うことを叫ぶのは蜘蛛の怪人が理解していないから訴えかけている訳ではない。


 呼び掛けるように。それを教えることで、周囲に知らしめるために躍起になって叫んでいた。


 空に見える怪人ではなく、周りが見えなくなってしまった大人達に向かって。


 漸く到着したバイク乗りの少女は、

 慌ててヘルメットを外して素早く降りると幼い少年の元へと駆け寄ろうとした。



 しかしその時。


「君ぃ!!!!ここにいたら危ないよ!!!早く逃げよう!!!」


 噴水の奥から全速力で走ってきた一人の背の高い少年が幼い少年に駆け寄りながら慌てた様子で呼び掛ける。


 少女よりも先に幼い少年の元へ駆け付ける人物が現れた。


 そこに後から追う様に走ってきた童話の魔法使いのような格好の少女が背の高い少年の行動を黙って見守る。


「ルルさん……?」


 彼女を見掛けた少女は思わず声を漏らした。


「あっ……アヤさん!」

 ルルは茶髪の少女を見ると我に返った様に駆け寄った。


 2人の少女が互いに向かい合うと茶髪の少女は久遠彼方を見ながら「そちらの方は……お知り合いですか?」と問う。


 頷いたルルは久遠彼方の行動を観察する様に眺めながら説明をする。


「はい……。 彼は……、例の事件の被害者でして……。


 やはり、訳あって地球からこの星まで転送されてきたのです。」

「ああ、そうでしたか……!地球の方だったんですね。」


 様子を窺う様に視線を向けた先で首を振った幼い少年は「そんなの分かってるよ……!このまま黙っていた方が!もっと大変なことになるよ!」と言った。


「それは……そうだけれど…………。」


 小さな少年の返事に早速戸惑いを見せる地球人。


 思わず見上げた先の燃える空に人の影。


「…………。」


 街の中心を覆うように燃え広がる巨大で無数の導火線。

 それに火をつけるのは怪人ではなく、対処すべき人間たちなのだ。


 無知で愚鈍な彼には何も言い返せなかった。


 寧ろ。その子のように周囲への被害を訴えることの方がよほど賢明な判断だからだ。


 彼方は子供の懸命で意固地な気迫に圧倒されてしまったのだ。



 そういったやり取りしている間にパトカーが到着して、

 2人の男女が降りると銃を持った周囲の仲間に聞き込みを行う。


 「人が攫われているって本当ですか!?」


 女性の質問に銃を構えたままの男性は「ああ!あの巣の上から糸を飛ばして住民を捕まえているんだわ!」と視線を向けてそう言った。


「さっきも一人、巣まで持って行かれちまった!すげえジャンプ力だよ!あいつ!」


 同行する男性は「でも住民にまで被害が出ているのは不味いですよ!」と焦った様子で言う。


「そもそも火器の使用は怪人相手にしか許可されてないじゃないですか!」

「そんなことは皆、分かっているさ!


 そう言ってさっき屋根の上から蜘蛛の巣まで伝って行った奴等も糸を吹きかけられてそのまま捕まっちまったよ!


 だからといって黙っていればまた自分から捕まえに来るぞ!


 昨日から人が殺されているんだ!今、対処しないでどうする!?」


 言い争いにまで発展し兼ねない様子に女性が慌てて宥めようとする様子を遠巻きに眺める。


 黙り込んでいた彼方は思わずそれを見て子供の手を掴む。


「…………そうならない様に皆、頑張ってくれているから。魔法使いの人達を信じよう!」


 結局のところ彼にとっては、子供の身を案じることが優先的だった。


 再び到着したパトカーから2人の制服を着た人が降りて光の銃弾を発射し始める。

 一斉に放たれる光る弾は花火の様にチカチカと炸裂して蜘蛛の糸を1つ1つ除去しようとする。


 確かに彼が言った通り。


 魔法使い達は確かにそうならないように頑張ってはいた。


 だがその度に蜘蛛の巣の影に映った怪人を追い掛ける弾丸が、

 糸を千切ると住宅や壁が軋んでギイギイ、ギシギシと音を立てていく。


 状況に対して対応してはいるものの、適切な対処方法とは言い難い。


「…………。」


 2人はその音の方向を見上げて辺りの住宅地を見つめると、住宅の壁には亀裂が入り込む様子を覗う。


 それを見て再び幼い少年は言った。


「でもこのままじゃ!建物が壊れて、皆の家がなくなっちゃうよ!


 そうしたら……街も人も滅茶苦茶なる!

 皆が大切にしている人や場所や物だって……!


 こんなことが起こる度に皆の生きる意味が無くなるだなんて!そんなの間違っているよ!


 それなのに…………見ているだけなんて、嫌だよ……!」


 終始に弱弱しく訴え続けたその子供は気持ちを吐き出すかの様に掴み掛かる様な凄まじい勢いで言い放った。


「だって……!逃げたって何の意味もないんだもん!!!!


 自分が間違っていないのに諦めていたら、自分自身からも逃げることになるよ!

 ここで自分から逃げていたら、皆も逃げても良いことになる!


 誰にもそんな風になって欲しくないよ!」


 意味がない。


「……えっ…………?」


 その言葉を聞いて思わず口籠る様に呟いた瞬間。


 彼方の脳裏にはある記憶が断片的にフラッシュバックした。





(「生きるか死ぬか!お前の気持ち次第だよ!


 抵抗してでも自分の正しさを貫くのか!

 無抵抗のまま悪い奴らに一生利用されて生きていくのか!


 お前がどんな奴なのか……!試してやるよ!」)





 それは彼が地球で鎧の怪人に首を絞められる光景だった。





(「へはははははっ!!!!やっぱりか!


 結局!お前はただの失敗作だったんだな!

 こんなロボット人間ばかり作られている世界で!


 自分の意思がある癖に!洗脳ロボット如きの為に命まで捨てて!何か意味でもあったのか!?」)





 真剣に彼の目を見て主張する子の目の前で呆然とする彼方。


 ただその数瞬の間。


 頭上で光弾がチカチカと瞬いて、 変わらずに住宅の屋根や壁はギッ、ギッ、ギッと軋む音を立てている。


 危険に身を置きながらも、幼い少年の不安そうな表情と真っ直ぐに言葉を伝えようとする眼差しを見て思い詰める。


 街が崩壊し、辺りには光弾が飛び交う中で自身よりも小さな幼い子供が、

 自分の身を顧みずに言葉を伝えようと躍起になっているからだ。





(街が壊れ始めていて、銃を撃っている人が周りに沢山いるのに……。


 なのに……俺は何もしていない。

 それどころか……逃げることしか考えていない。


 ………確かにこれじゃあ、何の説得力もない……。)





 映り込んだ幼い子供の背景には再び住宅の壁に罅が入り、 遠くの建物は壁が剥がれて崩落していく。


 思わず視線を向けた先の黒い制服の人々は街が壊れながらも、 懸命に銃を撃って何としても脅威を排除しようと試みる。


 眉間に皺を寄せて不安を募らせる彼方はその光景を目の当たりにして思い詰めた。





 (でも……今、逃げないと巻き込まれてしまうかもしれないのに……!


 何もできないまま死んでしまうのなら……せめて……この子だけは――――)





 思い悩む彼を他所にガラガラガラッ!と大きな音が響いた。


 続いて地面が振動するように曇天の様な土埃が舞い上がり、 ごおぉぉおっと耳の中で籠った様な音に覆われる。


 遠くで倒壊した家々からバタバタと住民が駆け付け、

 瓦礫に道を阻まれて巻き込まれた人々が引き上げられている。


 周囲の建物が崩落する広場に視線を送る彼方の戸惑いを他所に、 再び幼い子供は必死に呼び掛ける。


「…………やっぱりこのままだと、あの怪人のせいでここが人を襲いやすい場所にされて……!


 皆が殺されるかもしれない……!はやく止めないと!」


 まさにその通りだった。

 そしてそれが今、目の前で起こってしまったのだ。





 (皆が…、殺される……。


 …………また意味もなく……死んでしまう。)





 彼は1度自分の死を経験しておきながら、

 戦場と化した状況に身を投じておいて又もや同じことを繰り返している。


 全くなんとも愚かしく、間抜けな話なのだろう。


 それは命さえ助かればそれで良いと衝き動かされているだけであり、

 その大元は自分本位の考えを押し付けているに過ぎないのである。


 要するに、自己満足で多くの命を救うことなど出来る筈がないのだ。

 根本的な問題解決にならない彼の行動原理そのものに意味などはない。


 もはや返す言葉も見当たらない。


 その子供の為になる選択肢が彼には見当たらなかった。





 (そうだ……。だから皆……戦っているんだ。


 生きることの意味を……守る為に……。 はやく止めないといけないんだ……!)





 遠目で封鎖する準備が整いつつある広場の中で銃を撃つ制服の人や、

 付近の住民を避難誘導する姿を見て唾を飲む。


 少年の言う通りまさしく命があれば良いというものではなかった。


 たとえ怪人という脅威から命からがら逃げ切れたとしても、 大切な人や居場所は残される筈がないのだ。


 人の心に傷だけが残される。


 それは根本的な問題の解決にはならない。

 暴力や争い事は繰り返しに過ぎないのである。


 それを地球という環境で身を持って知った彼方は、 自身がなんと無責任でなんと愚か者なのか漸く自覚する。





 (それに比べて俺は……何なんだ?


 あの時……力に差があるから抵抗することを止めて。

 頭も身体も動かなくなったから生きることも諦めて。


 失敗作が生きていても仕方ない世界だったから何もかも投げ出して……。


 生きていられればそれで良いと思っているだけで……!


 俺は……自分の考えを押し付けようとしているだけだ。)





 呆然と壊れていく壁、指示を出しながら周りと連携をとる人々の姿を見詰めていた。


 すると幼い少年は繋いだままの手を強く握って心配そうに声を掛ける。


 「お兄ちゃん……?大丈夫?」


 はっと意識を取り戻した様子で思わず不安そうな子どもの顔を見た彼方。





 (自分と同じ思いをして欲しくない。


 そう思うのなら、この子に俺と同じ事をさせちゃ駄目だ……。)





 悩みを抱え込む久遠彼方は幼い少年の両肩に手を置きながら目を見て言った。


「……ごめん。


 街が壊されているのに……。逃げている場合じゃないよね。」


 不安そうな表情を浮かべて小さく頷いた幼い少年を確りと見る。


「……そうだね。それを皆に伝えよう。一緒に!」


 2度頷きながら手を引いて立ち上がる2人。


 黒い制服の人々を見渡して踏み出そうとした――――その時。



「あの……そういうことでしたら、ここは私達に任せて下さい。」


 突如、聞こえてきた声。


「えっ……?」


 思わず彼方はその方向へ振り向くと、

 そこに2人のやり取りを見守っていた焦げ茶色の長い髪の少女が歩み寄る。


 2人が茶髪の少女に視線を向けると、

 近寄った彼女は幼い少年の目線の高さまで屈んで微笑みかける。


「教えてくれてありがとう……!


 攻撃を止めて貰えるように私からお願いするから、

 貴方は一度お家に帰ってこの事を知らせに言って貰えるかな?


 きっと……お父さんとお母さんも同じ様に心配している筈だよ!」


 魔法使いと呼ばれている黒い制服を着たその少女を見た彼方は咄嗟に、

「ここはお姉さんに任せよう。」と同調した。


「うん……。分かったよ!」


 どこか躊躇した様子を見せながらも理解を得られた幼い少年は、

「お姉さん!ありがとう!」と笑顔を浮かべて礼を言った。


 「良かったよ……!直ぐに分かってもらえて!」


 一先ず魔法使いの助力を得られて解決の糸口が見つかった彼方は、

 どこか安堵した様子で喜ぶと「そういえば……君の名前は?」と聞く。


 「カズラ。」


 少年の名を聞いて満足気に頷く彼方は「カズラ君か……!」と呼んで繋いだ手をそっと引き揚げる。


「よし……!それじゃあ今のうちにここを離れよう!家まで送るから!」


 そう言った彼に手を引かれながら2人はその場を離れて行った。



「アヤさん。後の事はすみませんが、私も失礼します!」


 住宅地へと向かうその2つの背中を見送る茶髪の少女に置いて行かれてしまったルルは、後を追い駆けようと背を向ける。


「地球にも……心を大切にしようとする人がいるんですね。」


 徐に言ったアヤの言葉にルルは首を向けながら間を措いて返事をする。


「……ええ。きっと、皆が皆……自分勝手な人ばかりじゃないのだと思います。」


 頬を緩ませるアヤの顔を見て微笑んだルルは、「では、また!」と言葉を残して2人の少年の後を追い掛けた。





 続々とパトカーが到着する度に制服の人々が一斉に空に向かって銃を発砲すると、

 噴水の真上を中心に張り巡らされた糸が劣化して砕け散る。


 すると伸びていたゴムが千切れて弾け飛ぶかの様に糸が一斉に切れると、

 建物の壁はビキリッ!と罅が屋根まで伝わる。


 屋根に接着した部分に振動が伝わってバキリッ!と罅割れる。


 そしてとうとうベキリッ!と音を立てて崩れ落ちた赤瓦。


 煉瓦の屋根が弾け飛ぶその音は噴水周辺に聳え立つ高い建物から四方八方にパラパラと飛び散る様に鈍く広がった。


 その様子を覗っていたアヤと呼ばれていた茶髪の少女は、 辺りを見渡しながら大きな声を出して言った。


「皆さん待って下さい!!!!


 建物が崩れはじめてきています!!!!


 既に市民が巻き込まれています!!!!


 一度攻撃を中止して下さい!!!!」


 その声が噴水の広場全体に響き渡ったと同時に周囲の建物がガラガラガラッ!と音を立てて崩れる。


 それに伴ってキィキィ!キィキィ!と鉄筋が軋む音を立て始めた。

 疎らに壁面の崩れた建物は内装が剝き出しになってしまったのだ。


 銃を撃っていた制服の人々にもその大きな音と声が伝わると、

 一人の制服の女性が辺りの建物が一斉に壊れている様子を見渡して言った。


「本当に……その通りだよ…………! さっきの男の子が言っていた通り……。


 こんなことを続けているだけじゃあただ被害が大きくなるだけで何も解決しないよ。


 だって……人を守らなきゃいけないのに筈なのに、

 私達のせいで被害が大きくなっているんだから……!」


 そう言った女性の言葉に制服の人々は銃を下ろしていくと、

 各々に「他に何か方法はないのか……。」と声が飛び交う。


 するとそこへ1台のパトカーが広場の傍らに急停車すると、

 運転手の中年男性はシートベルトを急いで外して降車しようとドアノブに手を掛けた。


「でも……! そんなことを言っている間に犠牲者が増えてしまうかもしれません……!」


 しかし、現場に駆け付けた彼の動きを制止させるように1人の女性が言った。


「今の私達があの糸を安全に取り除くためには、 科警研の溶解弾が完成するまで待つ以外に方法はありません!


 ですが今、そのできない事のためだけに人々が犠牲になるぐらいなら、 私達は今できることをすべきです!」


 運転席の窓から顔を覗かせる中年の男性は、

 思い留まった様に取っ手を握ったまま沈黙する彼らの様子を窺う。


 今度は発言した女性の後ろに立っていた男性が「俺も同感だ。」と声を上げる。


「そもそも、あの蜘蛛の巣をどうにかしないと攻撃が当たらないんだ。


 ここで黙って蜘蛛の巣を作らせていれば、街の中心が奴の拠点になってしまうぞ!」


 それを聞いて噴水広場の真上を見上げる若い男性は、

 既に無数に張り巡らされている複雑な蜘蛛の巣に圧倒されて息をのむ。


「そうなればもう……手が付けられない……。


 やっぱり……被害者が増える前に倒すべきなのか…………?」


 狼狽える細身の男性が蜘蛛の糸を張る怪人を見ながらそう言った。


「………………。」


 運転席の窓から顔を覗かせて各々の発言に沈黙する一同を見兼ねた中年の男性は、

 掴んでいたドアノブを引いて扉を開けると漸く彼等の元へと歩み寄る。



「いいや……!それじゃあ駄目だぁっ!」


 中年男性が向かっていく最中。


「こんなやり方じゃあ……怪人は倒せたとしても、


 結局大勢が犠牲になって人々の心に傷を残してしまうだけだ……!」


 1人の若い男性が躊躇する彼らを見渡して声を上げる。


「俺達は軍隊なんかじゃない……!


 魔法使いなんだよ!

 人々の心を守ることが魔法使いの仕事なんだ……!


 人を守るために戦うのなら!


 先に人を守ってから戦わないと、

 怪人のやっていることと何も変わらないじゃないか!」


 熱弁する若者に視線が集まる中。


 背後から向かってきた中年男性は彼の右肩を叩いて後押しする様に大声で言い放った。


「その通りだぁあ!!!!皆、周りをよく見ろぉお!!!!」


 若者は叩かれた肩の方向を見て中年の男性の顔を見た途端「警部……!」と呼んだ。


 頷いた中年男性は「よく言ったっ!」と彼を励ますと、辺りを見渡しながら声高に呼び掛ける。


「あれを見てどう思う!? 人の命さえ守られれば人から自由を奪ってもいいのか!?


 人々を脅かして、犠牲にしてもいいのか!?」


 警部と呼ばれた男性の言葉に刮目する一同は、 言われて初めて周りの状況を確認する。


 簡易的な消火作業を終えた付近の住民や、

 避難指示を終えた魔法使い達が瓦礫の山から巻き込まれた人々を引き上げている姿を目の当たりにする。


 既に炎上してしまった住居には漸く消防隊が駆け付け、消火活動を行っている。


 パトカーと伴に鳴っていた消防車のサイレン音に包まれて彼らの意識は、

 やっとのことで被害状況を把握させたのだった。


「違うだろう!?我々が市民に支えられているから生きていられるんだ!


 街の人達は!我々が怪人との戦いを正当化する為に生きている訳じゃない!」


 彼らが怪人による脅威と混乱から躊躇している間に、

 残った住民は避難よりも先に自分達の街や人の為に一丸となっている。


 その住民たちを率先して救助に取り掛かれば、

 どれだけ被害を最小限に抑えられたか。


 それを自覚した彼らの中には徐に目を逸らす者。

 落胆する様に俯いてしまう者。

 ぐっと堪えるように目を強く瞑ってしまう者。


 あれだけ意見を述べていた各々が押し黙って反省の色を見せる。


「忘れるな!市民の方々がいるから社会が成り立っているんだ!


 我々は人々が自由に生きていられる為にその市民の安全を守らなければならない。

 その為に怪人による殺戮を止めたいのは重々承知だ。市民の方々も理解してくれている。


 だが……!人の命の為に人々の自由を犠牲にするな!

 命があるからといって人々がいつまでも自由に生きていられるとは限らない……!


 人は心があるから生きる為の自由を守られているのだということを忘れるな!


 それだけは絶対に忘れるなっ!!!!」


 説教を受ける彼ら魔法使い等がどれだけ怪人を仕留めようとも、

 人間社会を形成する側の民衆は当然、彼らの戦いを引き立てる為には生きていない。


 人は常に自らの力で作り上げた自由の中で社会的な貢献をする。

 端的に人間社会において人は1人では生きていけないからだ。


 例え彼ら魔法使いがいなくとも、

 社会を立て直す意思は如何なる時も彼ら民衆の手に委ねられている。


 無論、それは人々が生きる為の自由を捨てない限りの話である。


 そこに死を選ぶ自由が内在していることも彼らは忘れてはならないのだ。


 𠮟咤を受けた黒い制服の一同は「……はい!」と声を張り上げる。

 頷いた中年男性は「良し……!では作戦準備に移る。」と一同を見渡した。


「つい先ほど科警研から溶解弾が完成したと連絡を受けた。


 あの蜘蛛の怪人は蜘蛛の巣から糸を放出する時には、

 必ず巣の僅かな隙間から糸を出すことが分かっている……!


 その瞬間を確実に狙うためにも専用の狙撃銃を用いて応戦して貰う!


 我々は輸送班が到着するまでの間、

 街への被害を最小限に抑える為に住民の避難指示が完了次第、広場一帯を封鎖!


 その後、全員!

 配置完了次第、武器まわりを確認し、

 輸送班の到着まで各班に分かれて広場の通路に待機してくれ!」


 まるで演説のような説明と指示が終わると魔法使い一同は「了解!!!」と声を揃えると、

 噴水広場から各々の範疇に分かれて準備に取り掛かった。







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