第5話 理想と現実の逃避行
遠くでパトカーが横行し、サイレン音が響き渡る中。
「わざわざ送って頂いてありがとうございました……!」
民家の真正面で女性はルルに一礼をする。
「いいえ!無事で何よりです。」
にこりと人当たりの良い笑顔を向けたルル。
その笑顔とは対照的に俯いて思い詰めたような暗い表情を見せるカズラはふと呟いた。
「あのお兄ちゃん……大丈夫なのかな?」
カズラと視線を合わせるために屈んだルルは「きっと大丈夫ですよ。」と微笑みかける。
「あの時、魔法使いが来ていましたから。だから今頃、魔法使いに助けて貰っている筈です。
それよりも……カズラ君。
さっきの広場では魔法使いが仲間同士で別々の意見を言い合ったりして喧嘩している様に見えたと思います。
実際に、魔法使いの人達は例え街に被害が出て、人が襲われていた時。
皆、別々の方法で人を助けようとしていましたよね?
それは意見が食い違っても人を助けたいという気持ちが一緒だからなんです。
頼りなく見える時があっても、私はあの人達は立派な人達だと思っています。
あの人達は皆、人の心を守る為に命懸けで戦うことができる選ばれた人達だからなんです。
だから、これからも頼りないけれど一生懸命な彼等のことを信じていてほしいのです。」
2人の横顔を眺める女性はその言葉に付け足すように息子に対して言った。
「…………そうだよ。カズラ。
さっきの怪人からここまで逃げてこられたのも、
魔法使いの人達がいつも皆を守ってくれているおかげなんだからね?
カズラだって誰かが怪人に傷つけられているところを見るのは嫌だったからこんなことになったんでしょう?
それって魔法使いの人達だってカズラと同じ気持ちだから戦っているんだよ。」
宥める様に言われたカズラは「それは、分かっているよ。」とそう短く返事をする。
女性も屈みながら顔を見て諭すように話を続けた。
「魔法使いは皆の心が傷をつかないように戦っているの。
それなのに魔法使いが戦っている場所でカズラみたいな戦えない子が出て行って、
怪人に傷つけられたら魔法使いの人達はどう思うか分かるでしょう?」
頷く少年は「…………うん。」と小さく言う。 そして直ぐに顔を上げながら答えた。
「魔法使いの人だって悲しむことは分かっているよ……。
……でも、僕だって誰かが傷付けられるのは悔しいよ。
だって皆、誰も悪いことなんてしていないのに襲われているんだから。」
分かってはいる。
理解していると言いながら未だ不満な様子を見せるカズラ。
自分の気持ちを抑え込むように唇を噛み締めて俯く彼に対し、
母親は再び子供の躾をするかの様な対応で宥める。
「それは分かるよ。でも他の皆だって分かっていることでもあるんだよ?
皆の街が壊されて、苦しむ人が増えて悔しいのは分かるし、誰だってそう思っている。
でも魔法使いを信じて待っていることだって、
魔法使いの人達の心を傷つけないことにもなることもちゃんと分かってあげないと。
本当にカズラも人を助けたいのなら、皆の気持ちを考えて協力しようよ。」
黙り込んでいながらも、彼の目はいつだって真剣で真っ直ぐだった。
視線を離すことはなく彼は素直に母の目を答えた。
「うん……。ごめんなさい。心配かけて。」
目を見て返事をするカズラに女性は「よし……!」と笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、母さんはこの人と少しお話しするから先にお家に入ってなさい。」
カズラは「はい。」と短い返事をして家の扉を開けると、彼は振り返りながらルルを見て微笑んだ。
「お姉さん。どうもありがとう。
さっき、魔法使いの人達が立派だって言ってくれたこと、……嬉しかったよ。
僕もそう思っているから。」
それを聞いたルルは一瞬、驚いた様に目を丸くするが、
直ぐに微笑み返して小さく手を振りながら返事をした。
「いいえ。貴方が無事で良かったです!さようなら!」
扉が閉まった途端、一息ついた女性は申し訳なさそうに頭を下げながる。
「本当に、ご迷惑をお掛けしました……!」
慌てて両手を前に出したルルは「いいえ!そんな!」と言った。
「とても勇気があって、優しい子なんだと思います。
それにきっと皆さんも迷惑だなんて思っていません。
私達もはっきりと言って貰えなくては気付けなくなる事が沢山ありますので。」
頭を上げる女性は困った様に苦笑して言った。
「そう言ってくれるとありがたいのですが………。
でも実は……あの子がああいったことをするようになったのは、
あの子の父が怪人に殺されたからなんです……。」
思わずルルは「えっ……?」と声を漏らして表情を曇らせる。
女性は「半年前からなんですよね……あの子……。」と言って話を続けた。
「私の旦那は……。
つまり、あの子の父は……魔法使いだったので……。
怪人に家族を殺された——だなんて、もうすっかり世間的にも定着しましたし……。
誰が何処でどんな不幸に見舞われても仕方のない世の中になったんだということは、
あの子も分かっている筈なんですけれど……。
怪人が頻繁に現れるようになって以来。
あの子は怪人の邪魔をしに行ったり、街の人達に知らせに行くようになって……。
きっと……自分と同じ思いをして欲しくないという純粋な気持ちからなんだと思います。」
笑顔が消えてしまったルルに対し女性はぎこちない笑みを浮かべながら、
「まだまだ子供ですから……心の整理がついていないのでしょうね。」と話を続ける。
「でも、親としては危険な真似はして欲しくないですし……。
私にとってもあの子はたった1人の家族ですから。
こんな時だからこそ、無事に帰ってきてくれるだけでも一安心なんです。
本当にありがとうございました……!」
苦笑交じりに礼を言った女性は心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「…………。」
ルルは何かを返事をしようと口籠もるが言葉に出来ず躊躇っているだけだった。
彼女の様子に慌てた女性は「すいません……!こんな変な話まで聞かせちゃって……!」と言うと、
ルルは真剣な顔つきで「いいえ!そんなことないです!」と否定する様に言った。
そんな彼女に静かに首を振った女性は、
「でも、どうしてもあの子に代わってお礼が言いたかったんです。」と微笑みながら礼を言う。
「困った時に黙って抱え込もうするので……。
だから、本当にありがとうございました!あのお兄さんにもそう伝えておいて下さい。」
礼を言う女性に短くルルはただ「はい。」と短く返事をする。
女性は再び一礼をしながら扉を開けて家へと入って行った。
その背中を見送ったルルは振り返って来た道を戻ろうとすると、
住宅の路地から駆けてくる足音を聞いた。
近付いてくる足音の先に視線を送ると、 背の高い少年が走ってくることが分かった。
地球人、久遠彼方であることが分かったルルは手を振って「カナタさん。」と呼び掛ける。
彼方もその金髪の少女を見て「ルルさん!」と名前を呼びながら駆け寄ると、 息を切らせながら頭を下げて突然謝った。
「ルルさん……!すいませんでした!」
息を整えながら唐突に謝る彼方に当然ルルは「えっ……?」と不思議そうに声を出す。
「病院を出た時に、勝手に現場まで向かってしまって……!」
確りと立って目を見る彼方は付け加えるに言うと、
ルルは納得した様に「ああ……そういうことですか。」と頷いた。
「ルルさんは止めようとしてくれたのに、
俺が勝手な行動をとったせいで巻き込んでしまって……。
でもあの時!
あの子の声が聞こえたら……、
どうしても行かなきゃいけない気がして!
兎に角……、すいませんでした!」
息を切らせながら必死に謝る彼方を見たルルは「謝ることないですよ。」と言って微笑んだ。
「結果的にカズラ君も無事に帰って来られたのですから!
寧ろ、私はカナタさんの行動を尊重しただけですので。
まあ……でも、やっぱり訳を話して貰ってからの方が安心できるのですけれどね。」
苦笑して付け足すように言ったルル対し、彼方は申し訳なさそうな顔つきを変えずに言った。
「……い、いやでも。話を聞かずに飛び出して、ルルさんまで危険に巻き込んだのは俺のせいで。
こうして……何度も謝るのも可笑しいのですけれど、 ちゃんと謝りたかったんです。
本当にごめんなさい。」
再び深々と頭を下げた彼方。
「………………。」
その頭は暫く下がった儘だった。
謝られては、感謝されてばかりいるルルは表情を固めると彼を宥めるように言う。
「……カナタさん。確かにその通りです。
どんな状況下でも人助けには理由が必要です。人を助けるにはそれなりの責任が伴います。
それに対して人助けの為にはやむを得ないことばかりだと言い訳することの方が無責任です。
それでも大変な状況の中で人と人が助け合って誰かのためになれたのなら、
それってとても素晴らしいことじゃないですか。
私達の世界ではそうした人間社会であって欲しいから人を守っています。
だから、人と人が助け合うことに私は否定することは出来ません。」
言葉の終始に思わず彼方は顔を上げて言った。
「……それは俺も、そう思います!」
人として当たり前なことを言われているだけだとは理解していても尚、
彼方にとってその言葉を聞くにはあまりにも新鮮味を帯びていたからだった。
しかしながら、彼女ら異世界人の理想論で嬉々としたところで、
それが彼の母星である地球で通用するかは別の話である。
一先ず肯定的な反応を得られて安堵するルルは頷きながら話を続けていく。
「はい!だから気にする必要なんてありませんよ!
私もカズラ君のお母さんを安心させることが出来て良かったと思っていますから。
それよりもカナタさん。この世界では地球の常識は通用しません。
突然知らない世界の社会や事件に触れてしまうと混乱してしまいますよ。
一度、きちんと説明しなくてはならないことが多いので私の研究室で御話しましょう。」
「はい!お願いします。」
確りと返事をした彼方はルルの行く先に着いて行きながらその場を後にした。
2人が去って行く住宅地の屋根には蜘蛛の糸が張り巡らされていることを知らずに。
それは屋根の陰に隠れるように後ろ姿を眺める赤紫色の蜘蛛の怪人が、
腹から血を流しながら息を潜めていたからであった。
「ぜぇ、はぁ……ぜぇ……はぁ……。」
息を殺していた怪人は大きな呼吸を繰り返して荒い呼吸を漏らし始める。
そうして怪人は再び2人が去って行く背中に視線を送ると、
今度はカズラという少年が入っていった民家を眺めて呟いた。
「くそがぁぁ……。
あんなガキ一人の言うこと1つでこんな目に遭っているのか、俺はぁ……!」
両手で痛みを抑えるように傷に触れながら呟く怪人は、
込み上がる怒りに握り込んだ2つの拳を見詰めて身体を打ち振るわせる。
「本当に、訳が分からなねぇ……この世界の連中は………。
俺は……あんな星で…………。あんなゴミみたいな世界のせいで……!
子供みたいな大人達に人生を奪われた、ってのに……!」
怒りという感情が溢れ出す度に怪人は身体だけではなく声まで震わせると、
次第に怪人の赤い目から滴が屋根の上に零れ落ちていた。
「よりにもよって……!あんな平和呆けした苦労知らずの連中なんかに………!
折角生き返って……化物みたいな力を手に入れたってのに……、俺はぁ……!
叶えたい願いも叶えられずに邪魔ばかりされて………。
俺はぁ……!何のために、生きているんだ……!
いつまで……こんな惨めな思いをしながら生きていかなければいけないんだぁ……!?」
自分自身の悔やみ。
その怒りの矛先をぶつけるかのように親子の入っていった民家を睨み付けるが、
目の前の道路でパトカーが赤いランプとサイレンを鳴らしながら横切っていく様子を見て思わず身を潜めるように顔を伏せた。
「……っ!」
周囲にサイレン音が鳴り響き、
パトカーが巡回している様子を見ると「畜生……!」と吐き捨てて歯軋りをさせた。
その姿は彼自身が自覚しての通り。まさに惨めだった。
追い詰められた状況下にいる怪人にとってその光景は、自身の自由を奪う為の存在が横行するようかのように。
自分以外の目に見える全てのものが敵であると錯覚に陥ってしまうかのような切迫した状況下にある。
無論、その状況を作り出したのは彼自身だ。
「くそっ!あのガキの邪魔さえなければ!
今頃俺は……!俺の願いはぁ……っ!」
それは明らかに責任転嫁であった。
しかし精神的に逼迫し、肉体的にも追い詰められた人間にとって、
周囲の人間がどれだけ敵意に満ち溢れているのかという疎外感に苛まれていた以上、自分を中心とした身の守り方以外残されていないのである。
身動きの取れなくなった蜘蛛の怪人は、
一刻も早くその場を離れようと片腕と遠くの建物に向けて糸を飛ばそうとする。
するとその時。
「惨めだねぇ……新人類だの、新しい世代だのと持ち上げられてきた子供たちは……。」
ふと怪人の横から男性の声でという言葉が聞こえてきた。
「本当にゆとりある人生も。何も悟ることも出来ないまま、
惨めに這い蹲って嘆くことでしか現実に踏み止まれないのだから滑稽だなぁ?」
振り向いた怪人は声の聞こえた右方向を見ると、 そこには真っ黒い怪人が立っていた。
腕、胸部、脚には革鎧。
背中から羽毛のない飛膜でできた大きな翼で全身を外套の様に包み込み、
頭部には三角帽の左右に大きな耳が襟の様に密接した兜。
顔は髑髏の仮面で覆い隠している。
それはまるで蝙蝠のような姿をした怪人が蜘蛛の怪人を見下ろすように佇んでいた。
「いつまでも甘やかされて生きている癖に、自分の責任すらも他人に押し付けようとする。
哀れだなぁ?」
サイレンが響き渡る中で、 ゆっくりと腕を降ろした蜘蛛の怪人は苛立った口調で吐き捨てるように言った。
「何だ?またあんたか……。いい加減しつこいんだよ。
人から力を貰って身を甘んじている癖に何が惨めだ……!惨めなのはお互い様だろう!」
憤る彼の言葉に蝙蝠怪人は「本当にお互い様か?」と静かに鼻で笑いながら言う。
「自分の生きる自由ですらあんな子供に責任転嫁できてしまうのなら、
お前は本当に何の為に生きているんだろうなぁ?
他の連中も自分の命の責任ぐらい自分で管理できているぞ?
お前の言動の方がさっきの子供よりも余程、子供染みている。
自分でもそう思わないのか?」
自分の感情には構わずに話を続ける彼に蜘蛛の怪人は、怒鳴り声を上げながら言った。
「だからぁ……っ!ねちねちねちと……!うるせぇええんだよぉおっ!!!!
お前等みたいな特別な人間はいつだって言うことを聞いてくれるだけの人間ロボットが欲しいだけだろぉおお!!!!
平気で他人様の邪魔をするわりには結果ばかり求めて!
挙げ句に結果を出さなければ何もできない子供だと決めつけてっ!
人に失敗ばかりを押し付けて優位に立っているつもりかぁ!?
人の失敗に付け込んで自分たちがさも偉くて優位な存在であるかを誇示したいだけなんだろう!?
そうやって他人を否定し続けて、何も出来ない若者を自分の都合の良い奴隷に仕立て上げたいだけなんだろ!!?
立場の違いで他人様を洗脳しようとしてんじゃねえ!言うこと聞く義理なんてお互いにねぇだろ!
お前等だって自分等では何もしないくせに!
押し付けがましいこと言って他人から考える余裕を奪おうとしているだけだろうが!
魂胆が見え見えなんだよぉおおっ!!!!」
散々に怒鳴りつけて「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……。」と肺の奥から深く呼吸する。
息の上がって大人しくなった蜘蛛の怪人を見詰める蝙蝠の怪人は、
呆れたように溜息を吐きながら言った。
「大声を出してまでまた蜂の巣にされたいのか?
そういうプライドが高くて威勢だけの良い言動が自分を苦しめていると何故学習できない?
だからお前達、失敗作は我慢が足りないだの、幼稚だのと言われるんじゃあないのか?
これなら地球で大人しく人間ロボットにされていた方がまだまともだっただろうに……。」
警察車両が横行する中で感情任せに騒ぎ立てたことを指摘され、
ぐうの音も出ない蜘蛛怪人は口元から血を流らしながら弱弱しく言った。
「…………何なんだよ。あんたは。
今更、何しに来たんだ?
俺みたいなクソガキに喧嘩売って楽しいか?」
「喧嘩?お前等の世代なんてまともに喧嘩なんてしたことないだろう?
お前の想像上の偏見や妄想に何の意味もない。
いい加減、人と話をする時は現実的な話をしろ。
今まで何の話をしていたんだ?お前自身の話をしているんだろう?
その為にわざわざ最後の忠告をしに来てやっているんだ。」
最後の忠告と言われた途端。
蜘蛛の怪人は静かに立ちあがりながら言った。
「何だ、そりゃあ?…………直々に俺を始末しに来たのか?」
警戒する彼に蝙蝠の怪人は身体を覆うほどの大きな翼の中から鋭い爪の生えた手を出すと、人差し指を立てながら「違う。もう時間はないという意味だ。」と言った。
「予定通り、明日には決行する。
結局お前はそうして自分の嫌なことから現実逃避することで、
現状を維持することに精一杯だったということだ。
もう何をしようとも無駄だ。大人しく引き上げることを勧めている。」
人を見透かしたような発言に蜘蛛の怪人は黙って拳を握り締める。
「だからぁ……。」
すると彼は震えるほどに強く握り締めた拳を勢いよく振り翳した。
「そうやって勝手に人を……!」
怒鳴り声を上げながら速足で詰め寄った蜘蛛怪人。
「決めつけんじゃねえよぉおおおっ!!!!」
声を張り上げながら左足を前に出して振り上げて固めた右手で掛かっていく。
すっかり頭に血が上ってしまった蜘蛛の怪人を見て蝙蝠の怪人は、
「ほんと……キレやすいな。お前が今まで何をしてきたのかは知らないが……。」と吐き捨てる。
逆上して急接近した彼に指を立てていた蝙蝠の怪人は、
片手をそのまま広げて振り下ろされた拳を受け止めながら言う。
「今のお前がそうだろう?
お前は……この世界の連中に撃たれて逃げてきただけで何もできていないどころか、
自分の失敗をあんな子供のせいにしているのだろう?
1人じゃ何もできていない癖に、
他人のせいにして我が儘言っているだけの子供ではないか。
無気力に生きているだけの奴等の方がまだまだ真っ当だな。」
言葉と暴力による感情すらも受け止められ、
拳を抑え込まれてしまった彼は虚勢を張るように吠える。
「………っ!何が分かるんだよ……!
おめえは俺達の生みの親か!?それとも仲良しこよしのお友達か!?
赤の他人の癖に、こっちが黙りゃべらべら、ねちねちと気持ちわりいぃ……!
あんたはさっきから何が言いてえんだ!?
訳分かんねえ説教はいいから、はっきり言えやぁあっ!!!!」
「現状を受け入れろと言っている。
これは全部、お前自身が引き起こした紛れもない事実だろう。
それともそんな単純なことも受け入れられないほどお前は現実逃避してしまっているのか?
現実と空想の区別もつかないぐらいに壊れてしまっているのなら、
お前の言った通り今ここで始末してやらなくもないな。」
弱り切って震える彼の力ない拳を放す蝙蝠怪人は、落ち着いた口調で諭すように言った。
「大人しく戻ってこい。その方が効率も良いだろう。」
変わらずに蜘蛛の怪人は尖り声で静かに言う。
「…………言わせておけば何を今更……。
効率が良い?それはあんた等の計画の話か?
結局あんたはなぁ、人間に対しての認識が甘いんだよ。
地球の人口をリセットして良い人間だけを選別すれば世の中が良くなるとでも本気で思ってんのか?」
漸く大人しくなった彼の発言に蝙蝠怪人は、
「何を言い出すかと思えば……。」と呆れたような笑い声を上げながら言った。
「思っている筈がないだろう。
思っていたとしてもいずれは誰かがやらなくてはならないことをやっているだけだ。
何がそんなに気に入らない?」
「気に入らないんじゃない。
人間なんて端から信用していないんだよ……!」
口元から血を吐きながら噎せ返る蜘蛛怪人は右手でそれを拭いながら喋る。
「あんたの言う俺達のような1人では何もできない子供たちが、
あんたら大人が創った世界を見て世の中に夢や希望を持って生きていたとでも思っていたのか!?
外に出れば移住、移民で占領してきた外国人。
増え続けた老人共を収容区に追い遣って。
減り続ける子供たちの代わりに増え続けるのは人工的に産まれた人間ロボット!
毎日ロボットみてえに自我を管理されて、
監視社会の中で生きる為だけに生きているアバター化された大人達!
金や利権絡みで物事の善し悪しを勝手に決めて、国民に責任転嫁する政府に!
都合の良い偏向報道やフェイクニュースで大衆を洗脳するマスメディア!
俺達、失敗作の平均寿命は精々50年程度!働く為だけに生きて死ぬだけの人生!
世の中は結局のところ努力じゃ報われないっていう事実だけを押し付けて!
挙句には自分達の国の利権ごと外国に売ってしまうような無責任な世界に何の価値があるってんだぁあっ!!!?」
怒鳴り、憤る蜘蛛怪人は右手に滴る血を力強く握り締めて見せ付ける。
「どいつもこいつも人間なんて結局そんなもんなんだよ……!
この世界の奴らだってそうじゃねえか!
命よりも心を大切にする世界だとか言っておきながら、
自分の手を汚すことは躊躇う癖に、集団になれば危害を加える奴らには容赦はない!
口先ばかりで結局は人間なんて簡単に暴力で解決しようとする!
そんな信用もならない嘘つき共をあんたの甘っちょろいやり方なんかでなぁ!
この世界の連中と似たような中途半端な偽善者になるだけさ!
都合の良い人間だけを増やすだけなら地球となんもやってることが変わってねえだろぉ!
だから徹底的にやってやる……!
俺達のような子供が人間を信用できるぐらいに大人を管理する!
大人は大人らしく子供の未来の為に社会人としての義務を守ってもらうんだよ。」
彼の握り拳から絞り出された血が一頻り流れ落ちた後。
長々と愚痴を並べては虚構の理想論を盲信する蜘蛛怪人。
「平気で嘘をついて信用のならない人間から生まれたお前が、神様にでもなるつもりか?
結局は地球の大人達と同じことをするだけか?」
根拠もなく無計画な彼の言動に蝙蝠怪人はへらへらと笑いながら言った。
「まるで説得力のない話だなぁ……!
あの世界の大人たちが子供返りしてしまっているのは事実だとして、
お前自身もまた子供返りしていることに気が付かないのか?
お前の言う信用というのは、世間の大人達から子供騙しだと揶揄されることなのか?」
挑発的な態度で非難される彼は苛立った口調で水掛け論を続ける。
「その子供騙しでどれだけの大人が子供返りしているんだ?
世の中の人間をわざとらしく疲れさせる奴隷社会の縮図の中で、
思考停止した大人達は何か少しでも抵抗でもしていたか?
世の中があんなにおかしくなっているのに、
子供同然に遊び惚けている大人達は何をしていたんだよ?
政府と外国人の言い成りになって、
挙句に人間ロボットに改造されて御国の為に一生懸命頑張っていました、ってか?
大人の言いなりに成っている聞き分けの良い子供が、
自分の意思で生きています、って言い張っていることがあんたの言う信用なのかよ!?
そんな自分で生きる意志のない大人はいらねえってんだよっ!!!!」
怒りに任せた感情を押し付ける様な彼の衝動的な熱弁。
「それで?今のお前に何ができる?」
対して、まるで話に関心のない蝙蝠怪人は態度を変えずに淡々と訊ねる。
「仮にお前の望む理想の世界が出来たとしてお前が死んだ後、
残った人間が同じように社会を管理していけるのか?
世界を変えるということは最終的に、
世の中の人間が社会を支えていくことになるということを理解しているのか?」
蝙蝠怪人が言い終えたと同時に、
「くどいんだよ!あんたの説教はぁっ!!!!」と詰め寄りながら怒号を上げる。
「この世界の連中は命よりも心を大切にするとかいう、メンタルの弱い人間しかいないんだろ?
それを理解しているからあの糞ガキを利用するために努力してたんだろうが!
俺は他の連中と違ってあんたが言っていたことはやってんだろ……!」
額が触れ合うほど間地かで怒鳴る蜘蛛怪人は、
終始に「黙って見ていろ……!」と吐き捨てる。
散々怒鳴り散らした蜘蛛の怪人は遠くに見えた建物に向かって蜘蛛の糸を飛ばすと、そのまま駆け出して飛び降りた。
住宅地の路上を空中ブランコの様にぶら下がり、屋根へ。
続いてその奥の高い屋根へと糸を伸ばして移動していく。 パトカーが見えない方へと。
赤いランプとサイレンの音が聞こえない方へと糸を飛ばして去って行く。
「ふふっ…………。」
その背中を見送って鼻で笑った蝙蝠の怪人は、
「次なんて無いからこの世界に来たんだろう。」と可笑しそうに笑った。
「子供のような大人たちと、大人になれない子供たちか…………。
確かに、つくづく救えないな。
自分の意思では生きることすら出来ないと認めている様なものだ。」
そう呟いた蝙蝠の怪人は翼を広げると反対方向へと飛び去った。
蜘蛛の怪人に背を向ける様に、翼をはためかせて。
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