第1話 蜘蛛怪人
街灯に照らされた夜の住宅街。隣接した民家の屋根の間。
人目の付かない暗がりの路地に身を潜ませながら黒い軍服の様な制服を着た2人の男性が風変わりな拳銃を片手に身を屈めて進んでいく。
黒いブルゾンの様なジャケットを羽織り、金属ボタンの白いワイシャツに結ばれた赤いネクタイ。
丸い銃口部は疎か銃弾を発砲する機構そのものが見受けられない平たい白銀の拳銃。
先導していた頭髪の薄い男性は手の平を宛てに向けた。
止まれのハンドサインを見た刈り上げの若い男性は、
テーザー銃の様に射出カートリッジが装填された銃を両手に構えて壁に背を預ける。
捜索中の路地を抜ける手前。
閑静な住宅街の街灯に照らされたそれらが視界に入り込み、思わず見上げて呟いた。
「これが……例の蜘蛛の糸、ですか。」
隣り合う様に建ち並んだ住宅の屋根や壁に張り巡らされた白い糸状の塊を見上げた若い男性は言った。
「ああ……。今回は随分と知恵のある奴みたいだな。」
返事をした額の広い中年男性は辺りを見渡しながら返事をすると、
徐に向かいの屋根から住宅の壁に張り付いた大きな糸を手の平で撫ぜる。
「いつもみたいに本能的な襲い方をしねえ。
まるで、こっちの様子を窺っているみたいだ。」
粘性のない糸状の塊に触れる彼を見る若者は思わず目を丸くして声を上げる。
「キ、キハダさんっ!?触っても平気なんですか!?」
「大丈夫だ。それより、声を抑えろ!
こんな時間に住宅地で暴れられたら大事だ。」
注意を受ける若者は咄嗟に口を紡ぐと、
「す、すいません……!つい声が!」と再び周囲を確認しながらゆっくりと歩む。
「これは空気に触れた瞬間、1分程度で直ぐに固まるんだよ。接着剤みたいにな。」
電線よりも倍の太さがあるその大きな蜘蛛の糸に視線を向ける中年の男性は後方を確認しながら説明をする。
「それより無暗に発砲するなよ。
このデカい蜘蛛の糸はやたらと可燃性の高い物質で出来ているらしい。
科警研の報告によれば伝わる熱の温度が高いほど燃え広がる勢いが速くなるから爆弾みたいに爆発するんだと。
建物の外壁なら傷や罅程度で済むらしいが、窓ガラスぐらいなら簡単に割れるらしい。
こんなのが町中に張り巡らされているんだから、迂闊に攻撃も出来ねえのさ。
言わば、この糸は俺達にとっての導火線という訳だな。」
慎重に。ゆっくりと歩み始める男性。
「だからって、びびってなんかもいられねえ!どうせ実弾なんか利かねえんだ。
いいか?ここからは絶対に1人で行動するなよ。 お互いの背中ぐらいは守れる様にしておけ。」
「はい……!」
返事をして直ぐに中年男性の隣に付く若い男性。
それを確認して住宅の屋根を見渡しながら話す。
「この手の奴は何処から掛かってきてもいいように常に身構えておくもんだ。」
足音も無く若者が進んだ方向には視線を向けることなく暗がりの路地を警戒する。
「成るべく離れ過ぎずに。どんな時もお互いの距離を保ち続けることが重要さ。」
住宅地の薄暗い路地裏を眺めながら一通りの説明を終えると、
「そうすりゃあ、お互いに身の回りを守れる様になっていくもんさ。」と言って振り返った。
しかし、前方や左右には若い男性の姿はなかった。
「……って、おいおい!?言った傍から居なくなるんじゃねえ!」
徐に溜息を吐きながら振り返る。
「…………おい。どうした? 何かあったのなら声ぐらい――――」
振り向いた間際。宙でジタバタと何かが動いた。
目を凝らして見たそれは彼等が履いている黒いブーツ。
膝の関節をバタバタと動かして黒いスラックスの裾口が揺れる。
「…………!?」
咄嗟に見上げて移り込んだものは若い男性の真っ白い顔。
「――――んぉおおっ!!!?」
顎から後頭部まで固められた白い糸で宙吊りにされて必死に藻掻いていた。
「キョウ!!!!」
彼の名を叫び、慌てて駆けだす男性は勢い良く跳び上がって腰部にしがみ付くとそのまま体重を掛ける。
「くうぅぅ……っ!」
即座に糸が固まる前に身体を引き落とそうとした、その時。
「――――今更おせえよ。」
突如として頭上から聞こえてきた声に男性は思わず見上げると、
若い男性の頭部を覆う糸の先には赤黒い素肌の人影が揺れている。
「なぁ……!?本当は分かっているんだろ?――――手遅れだ、ってことを。」
既に隣接した屋根と屋根の間には蜘蛛の糸が無数に張り巡らされ、
束成る様に覆われた糸の影に潜む昆虫の様な鋭利な足の関節や棘のシルエットが目に留まった。
「て、てめえ……!喋れるのか!?」
目を丸くする男性はその異形の人影に驚愕したのではなく、
それが人間の言葉を発することが出来ることに動揺した。
「ち……、くしょう……!」
思わず男性は再び視線を戻して少しずつ下降していく若い男性の上着を強く掴んでぶら下がる。
「……おいおい。何してんだ?」
標的を目の前にして人命救助を優先する中年男性の思いがけない行動。
「無駄だ。無駄。さっき自分で言っていたじゃねえか。それがどういうものなのか。」
暗がりで影は口元を歪ませながら拍子抜けした様子でせせら笑う。
必死にしがみ付く男性を嘲るかの様に粘ついた糸は、
表面の粘膜をパリパリと割って水分で固まったガムの様にゆっくりと引き伸ばされるだけであった。
「うるせえぇええっ!!!!」
それでも千切れることはない糸に体重を掛ける男性は、
手や額から血管が浮き出る程に力を込めると眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「はぁ……?」
自分の優位な状況に持ち込めたと思いきや、逃げも隠れもせず。
反撃も受けないどころか相手にすらされず、ただ邪険に扱われてしまう。
思わず影は苛立ちを覚えて「お前、今自分がどういう状況なのか――――」と声色を変えた途端。
「見ているだけなら黙ってろぉおおっ!!!!」
影が言い切る前に怒鳴りつけると即座に向き直った。
瞬く間に痙攣を始めた体に対して徐々に降ろされる男性の身体が漸く爪先立ちになると、急いでガクガクと震える白い顔に掴み掛かる。
「死ぬな……!死ぬなよ!キョウ!直ぐに剥がしてやるっ!!!!」
声を震わせて糸の塊を引き千切ろうとするも、時すでに遅し。
僅か数十秒間、空気に触れた糸は完全に固着していた。
「く、そぉぉおおおおお……!!!!」
既に30秒以上が経過したことぐらい彼も理解はしている。
それでも男性は声を振り絞って指の爪が食い込むほど力尽くに体重を掛ける。
「…………ちっ。何をやっても言うことを聞かねえや。こいつ等は。」
舌打ちをして呆れた様に独り言を呟く影は、漸く彼等の本質的な行動原理が何であるのかを理解する。
「こっちはもう飽きたんだよ。」
吐き捨てる様に言う宙ぶらりんの影は手の平から伸びた糸を棘の様な指先でサクリと千切り、そのまま落下する身体を両脚でドサリと着地させる。
「お前らの宗教に付き合っているほど暇じゃねえんだわ。」
ヅカヅカとふてぶてしく歩み寄っては直ぐ様に右手で男性の首根っこを掴み上げる。
「うぉっ……!」
驚いた様子を見せて男性の身体が振り返らせた瞬間――――。
音も無く両者の真正面に黒い煙が立ち昇った。
「……っぅぉおぉおお!?」
突如としてよろめく昆虫の様な触肢と鋏角のある髑髏の顔。
歯茎から血を流らして蜘蛛の様な丸い形状の赤い目を凝らした。
数瞬の間で焼け爛れて黒く炭化してしまった赤黒い鎧の様な外骨格。
鳩尾辺りに空いた真っ黒い炭の穴からドロドロと溶けた様に溢れ続ける流血。
「へっ……!勝手に馬鹿にしてやがれ、ってんだ。」
そう吐き捨てるジャケットの襟を掴まれた男性の手にはいつの間にか白銀の拳銃が握られていた。
「おめえ等が何者かは知らねえが…………。」
煙が立ち込める縦長の狭い銃口部を向けて徐に銃を両手に構え直す男性。
彼等の銃は実弾を放つことの出来る様な構造は見当たらず、
弾丸を射出する構造が見当たらず、銃身とトリガーガードが直結している。
造形は非常にテーザー銃に酷似していながらも、一言で言い表すのならば光弾銃。
決して侮ってはならない手軽に危険を及ぼす殺人兵器。
「こちとら黙って殺されるほど無駄に宗教はやってねえんだよぉおお!!!!」
言い放ったと同時に男性が再び引き金を引いた同時に血と煙が辺りの壁や路面に飛び散った。
迷路の様に複雑に水路が通う港湾都市の街中。
白いボディに側面部を特徴的なコバルトブルーで塗装されたアドベンチャーバイクで風を切る軍服の様な黒のブルゾンに黒いショートパンツのライダー。
トレッドラインのオンオフタイヤが煉瓦調の舗装路を走り抜け、
フルフェイスのヘルメットから焦げ茶色の長髪をサラリと流れる。
防護柵のない水路沿いを横切りながら街中を急速に通り抜けたと同時に、
その少女の腰に巻かれたベルトに取り付けられたホルスターからピーという音声が鳴る。
「こちら中央区魔法署本部! メルフィオナ北区に出動した魔法使いとの連絡が取れません。
付近の魔法使いは至急応援要請を願います!」
電波状況が悪いのか雑音混じりの音声による何らかの伝達が届いた。
伝令と伴にヘルメットのヘッドアップディスプレイから目的地を示す簡易的なナビゲーションが投射された。
バイザー越しの右下に投影された小さな経路図を見た少女が眉間に皺を寄せて焦りの表情へと変えると、アクセルを回し、エンジンを吹かせて加速する。
そのまま前傾姿勢を取り、真っ直ぐ水路の通っていない住宅地に入っていく。
するとその奥には赤いランプを付けた白と青の車が3台ほど無造作に停まっていた。
赤と青の回転灯を付けた3台の停車したパトカーを通り越し、
バイクを急停車させた少女は直ぐさまヘルメットを外してハンドルに掛け、 飛び降りる様に現場へと駆け付ける。
彼女と同じ黒い制服を着た人々が節々から血を流して倒れている光景を他所に、赤黒い異形の人影が目に移り込んだ。
「……っ!?」
昆虫のような異形の身体をした人型の生物に首を片手で捕まれた制服の男性が「…っぁぁ…!」と喉の奥から掠れた声を上げる。
人の身体に昆虫の堅い外骨格のような赤紫の鎧を装った姿。暗がりでは鬱血した皮膚の様に赤黒かった。
肩の甲殻にはそれぞれ2本の長い脚のような尖った刺が伸びており、
髑髏の様な顔に鎌状の鋏角と2つの赤い目に筋肉質な身体に生えた無数の体毛。
そして首にはハートの形をした青い宝石の左右に金属で鳥の翼を模したネックレスが掛けられている。
それはまるで骸骨が蜘蛛を象った鎧を着ているような姿だった。
標的を捉えた少女は右脚のレッグホルスターからの白い拳銃を引き抜くと、 素早く怪人の足元へと向けて3回発砲する。
「…………っう……!」
チカチカと眩い光の弾を分散させる様な連射であったものの、
3発目の光弾は昆虫の左足の棘の様な部位に着弾し、瞬時に炭化して砕け散る。
「…………あ?」
血を流すどころか特に痛みに反応する様子もない怪人は、
男性の首を持ち上げた状態で振り向くと昆虫の様な牙のある口をギチギチと音を鳴らしている。
注意を引き付けた少女は銃を直ぐに収めると、
今度は左脚のレッグホルスターから薄型の情報端末の様なガジェットを引き抜いた。
機器の表面にはバゲットカットされた様な長方形の宝石が石留めされており、
その側面にあるスイッチを瞬時に長押しする。
数秒後、ピピッという電子音と伴に「OVER?」と女性の声の様な電子音が鳴った。
「装着……!」
端末の音声と同時に、口元に近づけて少女はそう言った。
それは言うなれば薄型のハンディトランシーバーだった。
「ACTIVE」
トランシーバーは返事をするようにと音声を鳴らし、 装飾された宝石が青い光を放った。
「……ぁ?」
夜の町中が水色に照らされると、異形の生物は漸く少女に興味を示すように振り向いた。
彼女の黒いショートパンツのベルトループに通った白い革の様なベルト。
一見すると長方形のオートロック式のバックルで留められたベルトだが、
バックルの左側面に縦長の差込口の様な機構が見受けられた。
光を放つ青い宝石を手に持った少女はそれをそのまま白銀のバックルの差込口に装填した。
「ARMAMENT」
差し込まれたトランシーバーが再び電子音を発して長方形のバックルの形に綺麗に収まる。
装飾部であった宝石がバックルを覆った縁から突出し、煌々と目映く光り輝いて青い光で少女の身体を包み込んだ。
異形の生物は男性の首から漸く手を放して少女を警戒した様に見定めた。
光の奥で立っていた少女の姿が一瞬にして変化したからだった。
雪のように白銀に輝く髪の毛を揺れ動く。
赤いリボンで結ばれた白く長いポニーテールが靡き、紺色のロングコートの赤い裏地がはためいた。
金具で縁取られたパイピングコートと紺のスカート。
防具の様に宝石で模った手甲と膝当てがフェインガーレスグローブとロングブーツに装備される。
闇夜で瞬く装飾物と伴に少女の双眸が青く発光する。
そして彼女の首元にも同様に対峙する怪人と同一のハートの形をした宝石のネックレスが揺れていた。
怪人は物の数秒で変身した少女を観察すると、 両サイドに青い宝石のサイドバックルに思わず注目した。
左には青い石が埋め込まれた鎖からぶら下がる剣帯。 右には銃を納めたホルスターに身構える。
辺りをキラキラと輝かせる白い霧のような光に包まれた白髪の少女も、
青い眼光で夜の暗闇に紛れる赤黒い姿態を見据える。
そして少女は右手で拳銃を引き抜き、素早く両手で構えた。
彼女等、黒い制服の人々が携行するその銃の形状は一言で言い表すのならばテーザー銃に酷似している。
しかし彼女の拳銃の銃口部には光弾が射出されるカートリッジが装填されていなかった。
スライド後部にベルトのバックルと同様の差込口の様な機構がある風変わりな白い拳銃だった。
「何だ、お前……?お前も魔法使いなのか?」
縦幅が非常に薄いその拳銃を構えた少女と空洞の様な縦長の銃口に警戒する怪人。
「変身した――――ってことはお前が警察側の魔法少女とかいう奴かぁあ…?
それにしても……赤い方の奴と随分と話が違うじゃねえか。何が魔法少女だ……!」
小馬鹿にする様な態度と笑い声。
昆虫としか形容できない蜘蛛の様で骸骨のような人型の生物から人の言葉が発せられる。
「……ぇっ!?」
小さく声を漏らす彼女にとってその第一声は動揺せざるを得なかった。
「貴方……!人間の言葉が分かるの!?」
思わず数歩引き下がって動揺しながら驚いて質問を続ける。
「貴方たちの目的は何!?……っ、会話が出来るのに、どうして人を襲っているの!?」
困惑と焦りから目的を聞き出そうとする様子に、怪人はわざとらしく深い溜息を吐きながら呆れたように言う。
「はぁぁあ………。
何だよ。戦う気があるからそんな格好になったと思えば………。
お前も――――か…………。」
肩を落として項垂れる怪人は彼女を睨み付けて声色を変えた。
「いい加減にしろやぁああ!!!!ふざけやがってっ!」
質問の返事よりも先に怒りをぶつけられて理解を得られなかった様子に、
思わず「どういうこと……?」と言って引き下がりながら銃を構える。
「どうもこうもないわ……。」
足元で口元から涎を流し、気管を詰まらせてヒューヒューと過呼吸をする男性を右腕で首根っこを引っ張り上げる怪人は唸る様な低い声で彼女を睨む。
「こっちはちゃんと目的があって殺しに掛かっているのに、全然抵抗もしないどころか…………。
どいつもこいつも話し合いで解決しようとしやがってよぉお!!!!」
大声を震わせて男性を地べたに向かって勢い良く投げ付ける怪人。
「……っ!?やめ――――!」
思わず声を上げて駆け寄ろうと数歩前に出る少女だったが、成す術もなく。
片手で軽々と背負い投げられる男性は頭から路面に叩き付けられると、
声を上げる間もなく頭部が陥没し、血飛沫と伴に血肉が四方八方に飛び散った。
「――――なんてことをぉお……!!!?」
目の当たりにした惨状に声を震わせる少女に、
今度は怪人が注意を引くかのように大袈裟な地団太を踏んで叫んだ。
「なあぁああっ!!!?
どうなんだぁあ!?こいつを見てまだ俺とお喋りしていたいかぁああ!!!?」
一頻り叫んで深い息を吐いた怪人は一時の感情を抑え込んで様子を窺う。
黙っていた少女は再びたじろいで焦りを見せながらも答える。
「そんなことは……!貴方にだって分かることでしょう!?
何も思わない筈がないからこんなことをしているのなら!
貴方たちこそどうして言葉が通じるのに私達と争う様な真似をするの!?
このまま貴方と争ったところで何も意味なんてない!そんなことやる前から分かっている筈なのに……!
貴方にだってそこまではっきりとした感情があるのに、どうして?
そんなことしなければお互いに平和でいられた筈なのに……!」
終始に少女はか細い声で「どうして…………。」と漏らした。
「だからさぁああ!!!そういうところがなんだよぉおっ!!!!
この世界の連中はよぉお!!!
何で態々指摘してやってんのに分からねえんだ!?
暴力には屈しないくせに無抵抗で長々と死ぬまで説教だけは垂れてよぉお…!
お前等何の為にその魔法の拳銃、持って来ているんだよ!?
魔法使いってのは、警察と同じ組織なんだろう!!?
なら、ちゃんと仕事しろや!!!!」
甲虫の様な鋭い脚を地面に叩き付けて威嚇する怪人は、
不気味に突出した様な丸い眼光で怒りを露わにして言う。
しかし、怪人の話の内容をいまひとつ理解できていない少女は「この…、世界………?」と不思議そうに呟く。
怪人は針の様に鋭く尖った5本の指で首元の握り絞めると、
ハート型の青い宝石を見せ付ける様にして訴える。
「お前等も持ってんだろ!これ!
こんなんじゃあ!全然、力も集まんねえし!
仕事は進まねえし!ストレスが溜まるだけなんだわ!!!!」
握った拳を力強く震わせる怪人を見た少女も銃口を震わせながら、
「まさか……!そんな物の力が目的で……!?」と声まで震わせる。
「どいつもこいつも口を開けば話の長い綺麗事ばかり並べやがって……!
自分の命も守れない奴らがぁあ!
人の心だの、平和だのと。世の中を語ってんじゃねえよ!!!!」
そう言ったタセットの様な甲殻の腰部に携えた鋭い棒を取り出した。
まるで蜘蛛の長い脚の様な棒は怪人が握り込んだ瞬間、刺叉のような槍に形状を変化させる。
「もういいだろ……!?」
そして先端が2つに分かれた刃を少女に向けて構えをとった怪人は敵意を向き出して駆け出しながら言った。
「抵抗しないことがどれほど恐ろしいことなのかを直々に教えてやるよ……!」
槍を両手に握って突きつけてくる怪人を見た少女は、
突如と始まった闘争の中で槍の刃に向かって拳銃を発砲する。
「っぅ……!」
宝石の銃口からは光の弾丸のようなエネルギーが発射されると、刺叉の刃に着弾した。
少女に向かう刃が光の弾によって黒い煙が立ち昇り、黒い焦げ目を残す。
高熱なエネルギーの塊であること伺わせる光の弾丸が続けて5発連射して槍の刃に命中する。
穂が完全に炭化して崩れ落ちると同時に黒い煙が舞った――――次の瞬間。
煙の中から再び真新しい刃が突き出されていた。
「……っ!?」
槍の穂先が伸びる様に少女の頬を掠めると、浅い傷から血が流れる。
勢いを増すように再び突きを繰り出す怪人の動きを視覚で捉える。
すると彼女はなんとあろうことか後方に向かって素早く地面に手を着けた。
「ふぅっ……!」
突き出された槍を唐突にブリッジで回避すると、
素早く片足で地面を蹴り上げて開脚させた足を順に着地させながら後転した。
「何ぃい!?」
あまりにも軟体で機敏な後方倒立回転。
単調で素早く細やかに槍を連続で突き出していた怪人の攻撃に対し、
彼女は直前に背中を仰け反らせては瞬時に手を着いて勢い良く回転を行う。
2度、3度と連続に後転を繰り返しながらそのまま後退していく様に。
距離をとってはブリッジで回避して後方に足を開脚させ、跳ねる様に倒立を繰り出した。
それを見て駆け出した怪人はアクロバットを披露する少女に急接近し、懐に向かって強引に槍を突き入れた。
腹部の辺りに飛び込んできた槍を目で追いながら再び後方に手を着く彼女はそのまま倒立した勢いで槍の穂先を蹴り上げる。
「うぉおお!?」
両手に握られた頭上まで振り上がり、体勢を崩す怪人。
倒立後転からの着地と伴に、今の内だと言わんばかりに銃を引き抜いて発砲する少女。
命中した穂が怪人の頭の上で炭化してボロボロと崩れ落ちるが、
少女が銃口を向けて構えている間に穂先は青く発光して再び真新しい刃を作り出す。
光と伴に形作られていく今度の穂先は二又の刃だった。
それを黙って見据える少女は槍に視線と銃口を向けながら言った。
「理由は分かりませんが、こうしている間にも他の魔法使いが現場に向かっています。
そうなれば貴方だけではなく、今後から貴方の仲間まで私達と争わなくてはならなくなることぐらい分かっているでしょう……?
これ以上、無駄な争いは止めましょう……!
お互いに戦う必要なんて無いのだから!」
あくまでも怪人ではなく携えた凶器に銃口を向ける少女だったが、
彼女の言葉を遮る様に怪人は無言で槍を片手に構えて素早く突きを繰り出した。
直線状の一突きに右方に躱して隙を見ては銃を構えて発砲しようと試みる少女だが、
駆け出しては穂先を向けて突撃する彼を見て未だに飛び退くように後方へと引き下がっていくだけであった。
「おら!どうした!?そんなんじゃ何の意味もないぞ!」
突き出された刃が少女の左肩を掠めるが、
白髪の少女が着ているコートは破れることなく刃を弾き飛ばしていく。
「それとも……なんだぁ!?
魔法少女だからこれぐらいの攻撃は効かないってかぁあ!?」
敵意を示さない彼女に構うことなく怪人は、次々と槍を引いては突きを繰り出す。
思わず引き下がりながら宝石の手甲で払い除ける様に弾いて身を守る少女。
「武器じゃなくて俺に撃ってみろ!」
二又の形状に変わった分、攻撃の範囲が広がった為、それを見た少女は右方へと避ける。
「っ……!」
再び少女は後方に引き下がりながら拳銃で槍の刃に発砲を繰り返す。
だがしかし、形状が湾曲した二又の穂の間を通過する光の弾は路上に着弾。
互いに動きながら細身の得物に命中させられる程、彼女は射撃に長けてはいなかった。
「お前の腰にぶら下がっている剣はただの飾りかぁあ!?」
それを見た怪人は少女を追い駆け回す様に走りながら槍を構えて向かっていく。
「ぅっ……!」
横幅が広くなった刃に思わず左方に逃げ回りながら怪人の後ろに回り込もうとする少女。
「おいおいっ!ふざけんなぁあっ!!!!」
逃げ回る少女に怪人は追い駆けながら「お前はここに何しに来たんだぁ!?」と怒鳴りつける。
「それともお前等の感情ってのは……!」
そして素早く駆け付けて高く飛び上がった怪人は槍を掲げて少女に向かって突き出した。
「その程度のもんなのかぁああ!!!?」
勢いよく捻じり込むように突き放った二又の槍。
しかし素早く動く少女は回避と逃避に専念した途端に怪人との距離を一気に離して、
向かってきた刃を難なく躱した。
向かった槍が煉瓦調の舗装路を砕いてそのまま突き刺さると、
怪人は一目散に遠のく少女を見て呟いた。
「チョロチョロと逃げ回りやがって。
意地でも攻撃はしないつもりか…………。」
そして少女はパトカーの正面まで駆け付けると後ろを向いて怪人と向き合う。
怪人は地面に突き刺さった槍を抜いて少女を見据えた。
するとその奥から「げほっ……ごほっ……。」と咳き込んだ声が聞こえてきた。
「……!?」
思わず2人は聞こえてきた声を探して視線を向ける。
すると少女の後ろに見える車を見た怪人は、
その奥で首を押さえながら倒れている男性を発見する。
「んん?
ああ……何だ、まだ生きている奴がいたのか。」
顔をしわくちゃにして涙を流しながら苦しそうに過呼吸を起こした様子を見て駆け出す怪人。
「えっ……!?」
言葉を聞いた少女は思わず後ろを振り向くと、慌てて倒れている男性の手前に立ち塞がる。
「待ってっ!!!!」
向かって来た怪人に首に掛かった宝石が見える様に鎖を持ち上げて言った。
「貴方が人を襲う目的は分かりました!
でも!どんなにこの力を大きくしようとしたところで何でも願い事を叶えてくれるものなんかじゃないんです!」
「……お前はもういいわ。喋んな。
ピーチクパーチクと口だけで喚くだけの無能が指図してんじゃねえよ。」
彼女の説得する行為に飽き飽きした様子で冷めた様に吐き捨てる怪人は、
後ろに見える倒れた男性を見定めて槍を逆手に持ち替える。
「どうして……そうまでして……っ!?争う必要なんて無いのに……!」
落胆した様子の少女は目をぎゅっと瞑りながらベルトのバックルを外した。
急いで拳銃を引き抜き、銃身の根元に手を添え、ラッチを軽く押し下げる。
金属の軋む音とともに、銃身がゆっくりと前方へ折れ、薬室の代わりに縦長の差込口が露わになった。
テーザー銃に酷似していながら、機構は中折式であった。
既に取り出していたバックルを差し込み、そのまま耳元まで勢い良く上向きに跳ね上げて銃身を元の位置へと戻した。
するとカチリと小気味よい音が鳴り、フレームの側板から装飾された宝石が突出し青く発光すると、
ピピッという電子音と伴に空洞の様な銃口部から2つの銃身が伸びる。
「アンロック!」
素早く口元に近づけて填め込んだ宝石のバックルに向かってを叫ぶ。
「COLD LIBERATION」
その声に反応する拳銃は女性の声の様な機械音を鳴らして、 2つの伸びた銃口部が青い光を収束し始める。
「何だ……?今更……。」
その声に怪人はあきれた様子で視線を向けた。
向けられている銃口からは目に見える程の白い冷気を纏い青い光を放っている。
「今更遅いんだよ。」
それを見て笑った怪人は吐き捨てるように言った。
「抵抗をしなかったことに後悔しろぉおっ!」
そう言って大きく振りかぶって狙いを定めて槍を投げようとする姿を捉えて少女は引き金を引く。
銃口から収束された青い光を解き放ち白い冷気を纏いながら怪人の胸部へと向かっていく。
怪人の手から槍が放たれる寸前。
胸部に衝突した砲丸のような青いエネルギーの塊は昆虫の様な甲殻を砕く。
「……っ!」
青色の光を拡散させたと同時に白い冷気が収束すると、 怪人の身体は一瞬で真っ白い霜で覆われてしまった。
動き出すどころか、声も反応もなく。
全身は真っ白い霜がびっしりと張り付いた様に覆われ、凍結されている。
まるで氷の中に閉じ込められてしまったかの様に白い冷気に包まれる怪人の身体はパチパチと音を立てながら固まっていた。
その様子を見詰める少女はゆっくりと銃を下ろしてホルスターに収める。
そして剣の柄を握って宝石の散りばめられた鞘にそのまま押し込むと再びピピッという電子音が鳴った。
「EXECUTION」
音声に伴って柄に装飾された宝石は青く光り、引き抜かれた剣。
執行する。端的に死を宣告する武器に搭載された音声とは裏腹に、
少女は戸惑いをみせながら静かにゆっくりと両手に構える。
抜き身になった青い結晶の様な刀身から電光を放つ剣。
その形状は全長80cm程のロングソード。
宝石の様な美しい刀身の剣と網掛けの面甲の様な鍔に白い柄と菱形宝石で装飾した柄頭。
「ふぅっ……!」
光る剣先を震わせながら凍り漬けの怪人に向かって斬り掛かろうと大きく振るう。
降ろされた剣は頭上から大きく瞬く間に怪人の首に向かっていくが、
首元に到達する寸前に少女は動きを止めてしまった。
「……っぅ!」
まさに寸止めというところで。
それは少女の脳裏に黒い猫の怪人が過ったからだった。
記憶の中で倒れている黒猫の傍らには怯えた目で幼い少女が見詰めている。
開かれた彼女の震える口元。唇の動き。放たれた言葉。
腹部を焼き潰された黒猫の怪人に寄り添う幼い少女が、
怯えた顔と震えた唇で青い宝石の少女にとある言葉を告げる。
(…………また……このまま……、終わらせて良いのだろうか?
私達はまだ……、彼等のことを何も知らないのに…………。)
ぴしり。ぴきり。音が鳴る。
ふといつかの記憶がフラッシュバックする中で、人の形をした水蒸気の結晶が軋む音を鳴らす。
身体の表面で揺れ始めると凍り付いた身体をみしみしと震わせて音を立て始める。
固まった氷がぴしぴしぴしと音を立ててひび割れていく中。
未だ、少女は歯を食いしばりながら震えた剣で怪人の首に接触させようとする。
「…………くっぅ……!」
白い霜の人型が音を立て続ける中で時間だけが進み、氷が震えてとうとう罅割れる。
怪人の首元で光の刃が揺れたその瞬間――――パチパチと氷の粒が弾け飛んでいった。
身体で固まっていた氷が瞬く間に砕け散ると同時に怪人の脚が動き出す。
「……くぅっ!?」
目を凝らして戸惑うだけの彼女の腹部に素早くその脚で蹴りつけると、
案の定「うわぁあっ!?」と悲鳴をあげて後ろへ大きく仰け反る。
「うっ……!?」
飛ばされる真後ろにあった白と青の車のドアに衝突し、背中を打ち付けた。
「ぐぁぁ…っ……。」
声を漏らしながら車を背に身体が沈むように尻餅をつく。
「はぁ……はぁ……っ。ぁぁあっ……。」
突如、激しい呼吸を繰り返す怪人。
「あぁ……、はぁ……。……ぁぁ…っ。」
光弾によって抉られて赤い肉が露出した胸部を片手で押さえながら、
口から白い息を吐いて何度も何度も「ぜぇはぁ…ぜぇはぁ…。」と掠れた声で荒い呼吸を繰り返し、膝を着く。
「がぁぁっ……、ぅぁ……。
はぁ、はぁ……なんだよ………こんなにすげえ力が。はぁ………、あるのに……。
止めを刺すことも……はぁ……、できねえのか……。」
そう言った怪人は赤と青の回転ランプと車の駆動音が聞こえる方向を見ると、
遠くからパトカーと救急車のサイレンを鳴らして向かって来ている様子を覗った。
徐に怪人は辺りを見渡すと住宅の屋根に向かって手の平を掲げた。
手の中心に空いた穴。それ向けると、そこから白い蜘蛛の糸を放出する。
太く長い糸は住宅地の屋根に命中してべっとりと付着すると、
怪人はその糸を両手で掴みながら少女に向かって言った。
「……はぁ……、はぁ……。とんだ甘ちゃんだよ……お前等は……。
言った通り、ここで俺を殺せなかったことを後悔……!させて、やるよ……!
お前等が……はぁ…、俺を!殺さなかったせいで……、 次は大勢の犠牲者がでるんだからな……!」
「………っ!?」
その言葉を聞いて目を見開く少女は、すぐさま立ち上がって剣を構える
「……うっ!うわあぁああっ!!!!」
慌てた様子で声を張り上げながら青く透き通った剣を怪人に向かって振るう。
しかし、その剣から灯っていた青い光の電熱は消え失せていた。
怪人の背中の装甲を宝石の様な刃が僅かに切り傷を残すばかり。
効力を失った攻撃を無視して飛び上がる怪人。
屋根に粘着された蜘蛛の糸が怪人の手の平に戻っていくかのように、
その身体を引き寄せると、宙にぶら下がった状態で遠くの屋根へと向かって高く跳び上がる。
一目散に蜘蛛の糸を使って次から次へと民家の屋根へ屋根へと飛び乗っていく怪人。
少女の視線からはもう既に小さく見えていた。
漸く駆けつけた救急車から2人の救急隊員の男性が降りてくると、
倒れた黒い制服の男性達に声を掛けて意識の確認を始める。
その後について来たパトカーから黒い制服の男女が降りてくると、 少女は2人の元まで駆け付ける。
「逃げられたか……!」
制服を着た顎髭の濃い短髪の中年男性がそう呟くと、
額が見える程に前髪を中心から分けた長髪の女性は少女に向かって「大丈夫ですか!?怪我は?」と心配そうに訊ねる。
「大丈夫です。
ただ……今回も、止めを刺すことが出来なくて………。」
俯いた白髪の少女は申し訳なさそうに「すいません……。私の責任です。」と言って返事をした。
「気にするな。お前だけの責任ではない。
それに俺達だって未だに銃を撃つ事には躊躇いがあるんだ。」
男性の話を聞く少女は曇らせた表情を上げる。
それを見た女性は頷きながら「そうですよ。」と言って少女の肩に手を添えた。
「何せ、彼らも人に似た存在なんですから……。
私も……彼らを撃った時に痛そうで、苦しそうな顔をされた時は……。
その時は……もう撃てなくなるんです。
彼らにもきっと……私達の様な心や感情があるんだなって、思うと………。」
話をしている内に女性の顔まで曇ってしまうと、男性は真面目な顔をして言った。
「まあ……でも被害が出ている以上、
撃つ以外でしか解決できないのも事実なのかもしれないしな……。」
それを聞いた少女の脳裏には蜘蛛のような身体をした怪人が言った言葉を思い出す。
(「……はぁ…、はぁ……。とんだ甘ちゃんだよ……お前等は……。
言った通り、ここで俺を殺せなかったことを後悔……!させて、やるよ……!
お前等が……はぁ…、俺を!殺さなかったせいで……、 次は大勢の犠牲者がでるんだからな……!」)
先程起こった出来事を思い返した少女は顔を上げて2人を見ながら、
「そう……なのかもしれません。」と真剣な眼差しで言った。
その言葉にぎょっとした2人は思わず視線を向けると、 頷いた少女は話を続ける。
「実はさっきの怪人が、その人間の言葉を喋っていたんですが――――」
そう少女が伝えると2人の男女は目を見開いて驚いた顔をして「えっ……!?」と声を漏らす。
男性は思わず「奴ら……!人間の言葉が分かるのか!?」と驚き、
女性は「それで!何て言われたんですか!?」と慌てた様子で聞いた。
少女は再び頷いて静かに答えた。
「はい。どうやら彼らにはアレセイアの力を大きくする為に人を襲うみたいでして……。
それで……止めを刺さなかった時に言われたんです。
ここで俺を殺さなかったせいで、 次は大勢の犠牲者がでるんだ、って………。」
その言葉を聞いた一同は驚愕した表情から一転して女性は悲しそうな顔をして呟いた。
「そんな……。それじゃあ……今まで私達を襲っていたのは、それだけが目的で……?」
男性は顔を顰めて女性を見ながら言う。
「……待て。今までの奴らが全部、まだそうだと決まった訳じゃない……。
………だが、どちらにしても……、だ。
奴らが話を出来るというのはかなり重大な情報だ。
今後の事件次第では捜査や警備体制も今以上に強化される可能性だって高いんだ。
兎に角、お前は先に本部に戻って報告しに行ってくれ。
俺達は残りの被害状況を確認してから戻ることにする。」
そう言った男性に少女は「了解です。」と返事をするとバイクに跨りその場を後にした。
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