○
「――お客様、大丈夫ですか?」
キャビンアテンダントが顔を覗き込んでいる。隣の席に座っていた女性が心配そうに肩に手を添えてくれている。ここは? と見渡す。見覚えがある。
「大丈夫、です……」と――佐羽は答える。
ここは、飛行機の中。携帯で日付と時刻を確認。テロリストが事件を起こす十分前。さっきのは……夢? わからない、と佐羽は手荷物を手にトイレへ入る。ペンケースから取り出したボールペン、ペン先を出し、自分の胸に突き立ててみる。ボールペンを持つ手が勝手に動き、ペン先は脇の下を通って空振り。
「夢じゃない……そっか、わかった」
あれは夢ではない。タイムリープ? それはわからない。だが、はっきりとわかったことがある。これから飛行機で起こる事件がきっかけで、佐羽は死ねない人間になったのではないということ。もっと前から、もしかしたら両親から虐待を受けるずっと前、生まれてからずっと、死ねない人間だったのかもしれないということ。
トイレから出て、何気なく視界に入ったシートに、見覚えのある男性が座っていた。その男性の隣には初老の夫婦、朗らかな表情から幸せが伝わってくる。横を通り過ぎて、佐羽はシートに座る。
これから起こる事件、佐羽が何もしなければ他の乗客は全員死ぬ。そしておそらく佐羽は死なない。もし同じ時が流れるのであれば――飛び降りれば同じことを繰り返す可能性がある。だったら爆弾だけ投げ捨てればいい。そして澤渡と関わることのないように注意を払えば、彼が死ぬ未来は生まれない――どうか幸せな人生を、と佐羽は笑みを浮かべる。
勢いよく扉が吹き飛び、前方に姿を現したテロリストが「あなた方に恨みはありませんが――」と話し始める。以前と同じように佐羽が奇襲をかけるかの如く飛び出し、アタッシュケースから男が手を離した瞬間、奪い取る。そして佐羽は機内を駆け抜け――開いた扉の向こう側へ、勢いよく爆弾の入ったアタッシュケースを投げ捨てる。
背後で男が他の乗客に取り押さえられる。運命は変わった。成功した。これでいい。ほっとした佐羽がため息交じりに扉から離れようとする――が、直後、激しく機体が揺れ動く。予想もしていなかった事態、足を滑らせ、佐羽の身体は開いた扉から、吸い出される。
(ああ――結局私はこうなるんだ)
悔しさに瞳が潤む。また、この先に、違う形の澤渡が死ぬ未来があるのだろうか。また繰り返すのだろうか。自分に関わった人は皆、不幸になる。諦めよう、どうせ死なないんでしょ? と佐羽は目を閉じ――腕を掴まれた瞬間、再び目を見開いた。
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