――走馬灯はなかった。代わりに記憶が次々に消えていって、真っ新な無地のノートができあがる。すべてが消えた。これが死なのかな、なんて考えていると声が聞こえてくる。

 天使か、それとも地獄の使者か。

 どちらでも構わないと佐羽はゆっくりと――瞼を持ち上げた。

「奇跡だ」

 第一声がそれだった。いかつい顔をした白衣姿の男性が驚嘆の目で佐羽を見下ろしている。白衣? 医者? 意識がはっきりとしていく。ハイジャック、テロリストから乗客四百五十二名を救い出した少女は、傷一つない身体のまま、確かにベッドに横たわっていた。



 爆弾を抱えて飛び降りたのに――無傷のまま生きている。そんな馬鹿げた話があるかと鼻で笑いたい思いではあったが、現に、自分が当事者である以上受け入れるほかない。

「佐羽ちゃん、目を覚まして良かったわ!」

 しわくちゃな顔にしわを作って、おばあさんとおじいさんが嬉しそうに病室へ入ってくる。ニタニタと汚い笑顔。鬱陶しい声が絡みついてくる。親戚夫婦だ。

「見て見て、名前と顔は伏せてあるけれど、佐羽ちゃんのことが新聞に! テレビでも特集組まれて、連日大盛り上がりなのよ!」

 だから何? と心の中で佐羽は呟く。さらに二人は興奮しながら続ける。

「検査が終わって退院したら当然取材を受けるでしょう? 私達は佐羽の付き添いをしないといけないだろうから、ほら、おとうさんと美容院に行って来たのよ。これならテレビに映っても大丈夫!」とおばあさんは唾を飛ばしながら喋る。

「テレビに出ればギャラも出るだろうが、まだ中学二年生だし、お金の管理は任せておきなさい。うん、佐羽ちゃんは何も心配は要らない。わしらに任せておけば大丈夫だ」とおじいさんは淀んだ目で佐羽を見下ろす。そして――耳障りな言葉を口にする。

「『両親の贖罪を娘が果たす!』、なんて見出しもいいかもしれんなぁ」

 今すぐぶん殴ってもいいだろうか。そう思いながら二人の言葉を佐羽は聞き流す。


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