命の灯火
黛惣介
命の灯火
ただ純粋に、死を望んだだけだった。
飛行機――気圧の変化を感じ取り、しばらくして、機内で爆発音が響いた。次の瞬間、轟音と共に強風が機内に吹き込み、そして穏やかになる。しかし、状況は穏やかなものではないようで、前方に姿を現したのは機長を人質にした男。アタッシュケースを足元に置いてマイクを手にした。
「恨みはありませんが、私には皆さんの屍が必要なのです」
何か、映画の撮影なのかと考える。しかし、状況が状況、緊迫した空気、上空で開け放たれた扉、冗談でもあり得ない状況が揃っている今、これが本物のテロであることが徐々に乗客へ現実が染み渡っていく。
「飛び降りたい人はそこからどうぞ。どうせ死にますが。声明はすでに出し終えました。この爆弾で、仲良くあの世へ向かいましょう」
淡々と話す男。テロリストとは思えない程に冷静な口調。それが逆に生々しい。ついに乗客が騒ぎ始める。死にたくないと泣き叫び、しかし飛び降りるような真似ができないのは当然のこと。飛び降りても死ぬだけ。飛び降りなくても爆弾で死ぬだけ。どちらにしても、死ぬ。
地獄と化した機内、命乞いをする人や説得を試みる人もいる中――おそらく現時点で異様なまでに落ち着いているのは、テロリストである男と、
これは好機――それ以外にあるだろうか。うずうずする気持ちがついに佐羽の身体を突き動かす。素早くベルト外し、シートの陰に隠れて走り進む。男は機長を突き飛ばし、取り出したスイッチに指をかける。自販機の購入ボタンを押したときのような軽い音が響き、絶望感を満ちた声々を掻い潜る佐羽。佐羽がシートの陰から飛び出したところでアタッシュケースが男の手から離れる。戸惑う男の目の前で、佐羽がアタッシュケースを奪い取る。そして佐羽は男に感謝しながら機内を駆け抜け――開いた扉の向こう側へと飛び出した。瞬間、男が他の乗客に取り押さえられる光景が視界に入ったが、それは佐羽にとってどうでもいいこと。
風圧で体勢は無茶苦茶ではあるが、爆弾入りのアタッシュケースは絶対に離さない。万が一もないくらいに確実に死ぬことができる。確実に死ぬことができる。奇妙な浮遊感、ジェットコースターよりもスリリング。強烈な風圧を全身で受けながら、佐羽は笑みを浮かべる。
「さようなら、私」
――爆音が上空に響き、オレンジ色の閃光が夜空を彩るように光り、散っていった。
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