第2話 第一話・補足

 前の章を書いた後、気になっていたことを妻に訊ねた。最初に僕の(おそらくは意味不明の)電話での声を聴いて、とっさに理解できたのか?

 妻によれば「すぐに分かった」とのこと。彼女は老人保健施設で働いていた経験が長く、言葉の不自由なお年寄りとの会話に慣れていたのだ。おまけに脳梗塞の症状もよく知っていて、僕の電話での声を聞いて、脳梗塞だとピンときたのだという。道理で救急車の手配が早かったわけだ。

 妻と結婚したことを感謝した経験は数え切れないほどあるが、今回も妻の経験によって救われたわけである。

 しかし、同時に妻に怒られた。僕が世間体などを気にして、自分で発見されるのを遅らせていたことを知られたからだ。

「あんたなあ、プライドなんか気にしてる場合か⁉ 生命にかかわることもあるねんで! いっそ家の前でごろんと横になって、誰かに見つけてもらうべきやったんや!」 

 すみません(笑)。でもあの状況では、僕も脳梗塞だと分からず、正しい行動がとれなかったのだ。

 親しくしていた編集さん(角川で『神は沈黙せず』や『アイの物語』を担当した人)が脳梗塞で倒れたことがあり、わざわざ大阪からお見舞いにも行ったぐらいで、この病気の危険性は知っていたはずなのに。

 とりあえず、この病気で倒れた人はプライドなんか気にするな! という妻の言葉を伝えておく。


 それと妻からもうひとつ。彼女のように医療関係者だからと言って、常に医療に詳しく、適切な対応が取れるとは限らないとのこと。人によって専門分野や才能は様々なのだ。妻の場合はたまたま老人医療や脳梗塞に詳しかったのが、僕にとってラッキーだったのだ。

 普通の人はやっぱり救急車を呼ぶべきだろう。


 あともう一点。妻に確認したいことがあった。救急車を呼んだ時間についてだ。

 午後10時15分だという。僕の印象では、マンションのトイレにいた時間は1時間、自宅の玄関先で倒れていた時間も1時間ぐらいだと思っていたのだが、実際にはもっと長かったらしい。この日、僕は夕飯を食べた記憶がない。

 つまり夕飯の前、おそらく5時や6時、あるいはもっと前から、僕の異変ははじまっていたのだ。

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