第5話 やっぱり殺されそうなんですが。
耳元で聞き覚えのない男の声がして、驚いて辺りを見回すけれど、側には誰もいなかった。
その代わり、どこからか金木犀の香りがする。
この初夏に?
「くくっ。僕はここだよ」
相変わらずする男の声に、その方向へと顔を向けると──
肩に、黒いヤモリが乗っていた。
金木犀の香りの主も、どうやらこのヤモリのよう。
本来、ヤモリはベージュ色してるはず──っていうか、問題はそこじゃない。
もしかして、このヤモリが、今、喋った?
ついでに言うと……このヤモリには見覚えがある。
私が一人暮らしするアパートに住んでるヤモリである。
私は爬虫類系は平気だけど虫がダメだ。
ヤモリは虫を食べてくれる。
だから、ありがたく同棲させていただいていたのだ。
黒いヤモリなんて珍しいなぁ、なんて呑気に思っていたんだけど……もしかして……
それに、この金木犀の香り。
そう、私が屋内にいる時、時々どこからともなく香ってきた事を思い出す。
階段から落ちた時とか、本棚に──
「待ってね。この姿だと、ヤル事もヤレないから人型になるね」
記憶をほじくり返そうとする私の思考を中断させ、ヤモリは私の肩からピョイっと飛び降りた。
クルンと一回転したと思ったら──
黒スーツで眼鏡をかけた、インテリヤクザみたいな男になった。
もう、頭イタイ。ナニコレ。どんな夢なのさ。欲求不満なのか? 欲求不満なのかな? さっきから色んな種類のイケメン(※人外含む)が現れてるんだけど、私、少女漫画的な幸せな夢でも見てるのかな?
その割には、ちっとも嬉しくないぞ? オカシイな??
「改めてご挨拶させてもらうね? 僕は大黒天様の御使い。君の類稀な美しさを持つ魂を大黒天様が所望されてる為、君を陰ながら守っていたよ。火で炙られそうになったり、棚に押し潰されそうになったり階段から転げ落ちたり。君はなかなかアグレッシブで助けるのは大変だったよ。
でも、それも今日でおしまいだね」
黒スーツ男が、月の光を反射する眼鏡の位置を直しながら、ジリジリと私との距離を詰めてくる。ゲンドウかよ。
笑顔なのになんだかとても禍々しい空気を感じた私は、ジリジリと下がって距離を保った。
その腰が、ドンっと柵に阻まれる。
「魂は掬い上げてあげる。多少穢れても、君の魂は尚美しいよ。
なァに。地面に着く前に気絶するさ。心配ない。
──じゃあね」
そう言って、彼は私の胸をドンっと押した。
腰までしか高さのない柵を支点にして、私の身体がグルンと回転して天を仰ぐ。
──ああ、やっぱり夜空は綺麗だな。星が瞬いてら。
身体に自由落下の感覚を覚えつつも、段々と麻痺して命の危険に対して危機感を覚えなくなった頭で、私はそんな事をボンヤリと考えていた。
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