第6話 転生などは老衰後にお願いします。

 地面が逆さまに見えた瞬間、ハタと冷静になる。


 コレデオワリデイインダッケ?


「良くないわァ!」

 確かに! 確かに今は生きてても楽しいと感じられない! 仕事行って帰ってきて休日は死んだように寝てるだけの枯れた生き方してる!

 でも、まだ二十八だ!

 人生八十年のまだ三分の一じゃ!!

 宝くじも今買えば当たる気がする!

 好みの素敵男子の狩りに成功する気がする!

 大人の恋愛の醍醐味はむしろこれからな気がする!

 ハン◯ーハ◯ターのラストも知りたい!

 仕事ももっと意義あるものしたいしイケメン旦那(予定)にソックリな可愛い子供も産みたいんじゃあ!!


 必死に手足をバタつかせると、足が壁に弾かれる。

 ダメ元で一度足をぎゅっと胸まで引き寄せてから全力で突っ張った。


 その瞬間、壁を大きく蹴った感覚が。


 そして次の瞬間には、逆さまになった地面からニョッキリと生えた大きな街路樹に突っ込んだ。

 落下しながらも無我夢中で手を伸ばす。

「ゲフゥ!」

 太い枝に腹を強打して息が漏れた。

 しかし、そのお陰で勢いが相殺されて、今度は背中で枝を薙ぎ落としながら地面に墜落した。

 街路樹の根元に生えていた低木の茂みに落っこちる。

「いったぁ……」

 全身色んなところが痛かったが、なんとか命だけは助かったようだ。

 バタバタもがいて茂みから脱出し、四つん這いになる。

「た……たたた助かった……」

 痛みより、心臓が肋骨突き破って胸から飛び出しそうなほどドクドクいってる方がヤバイ気がする。

 ああ、久々。こんなにドキドキしたのは。

 ……もっと色っぽいシチュで感じたかったな、この感覚。


「チッ。運のいい女だね」

 私の目の前にフワリと着地した黒スーツの足元が見えた。

家守ヤモリ! オマエ何してんダ!」

 続いて爪が長く伸びた素足と白い着物の裾が見える。

「まだ足掻くか女。早く転生しろ」

 黒くてゴツいブーツと暑苦しい黒いマントがスタリと着地した。


 好き勝手言う男たちの声を聞いた瞬間、頭に急激に血が上って目の前が真っ白になる。

 身体の痛みも気にならなくなったので、私はユラリと立ち上がった。


 目の前に立つ三人の男たちのを据わった目で確認すると──


「好き勝手言ってんじゃねェよ、使いっ走りのカスどもが」

 私の口から、ドスの効いた声が漏れていた。


「コスプレ男ォ! 誰がお前の世界に転生してやるか! 勝手に滅びろ! もし無理矢理にでも転生させてみろ? 救世主の力とやらを使ってお前の世界更地にしてやるからなァ!!」

 ビシっとコスプレ男を指差して叫ぶと、彼はウッと呻いて息を詰まらせた。


「そこの白ワンコロ! 私の男は私が決める! クズはいらんのじゃ! そのうち極上の男捕まえて珠のような子供スポンと産んでやるから指咥えて見てろや!」

 ズバッと真っ白イケメンを指差すと、彼はビクっとして首をすくめた。


「黒ヤクザ! 今まで助けてくれてありがとよ! でもこっからは自分で自分の命守るからもうお役御免だ役立たず! お前は黙ってゴキブリでも食ってろ!!」

 黒スーツは私のその言葉に眼を見開き口をポカンと開けていた。


「それぞれの神様とやらに伝えな! 余計な手出しすんなって! ついでに、おととい来やがれってなァ!」

 私は三人にクルリと背中を向けると、折れたヒールと妙にカクカク音がする足首のまま、家の方向へと歩いて行った。


「……あんな女のどこが……」

「魂の美しさと人格は無関係なんだよ」

「ワンコロって言わレタ……俺狐なノニ……」


 そんな呟きが背中から聞こえたけど、私はひたすらガン無視し続けるのだった。



 ***



「それで? そのあとどうなったの?」


 私のベッドの横に顎と腕を乗せてクリクリとした可愛らしい目を向ける女の子。

 真っ白で色のないこの殺風景な病室に、華やかな彩りを添えてくれている。

 女の子は零れ落ちそうな程目を見開き、キラキラとした視線を私に向ける。

 私は、動かしにくい腕を何とかもたげて、その子の頭をフワリと撫でた。

「色々ね。まだまだ色々あったよ」

 枯れ枝のようなその私の手を女の子はぎゅっと掴んで、花が綻ぶかのような笑顔を見せる。

「ききたい! もっとききたいおばあちゃん! もっとおはなしして!!」

 可愛い孫娘にそう懇願されても、私はクニャリと笑うしか出来なかった。

 確かに、私ももっと沢山のお話をしたい。

 でも──


 そろそろ時間切れみたいだ。


「ごめんね。お婆ちゃん、少し眠いんだよ。寝かせてくれるかい?」

「うーん……」

 柔らかそうな頬っぺたをプックリと膨らませ、ピンクの小さな唇を尖らせる孫娘。

「じゃあ、おきたらまたおはなししてくれる?」

「ああ、いいよ。起きられたら……今度は続きを……」


 話してあげる。


 最後の言葉を発した時、フワリと身体が軽くなった気がした。

 薬で麻痺させられたのとは違う、身体の楽さを感じる。

 ああ、これは──

 その楽さのまま身体を起こすが、孫娘はベッドの方を見たままだ。

 振り返ると──私の皺々で痩せこけた顔が見えた。目を閉じて、笑ってる。


「やっとか。遅かったな」


 そんな声が耳に届いて、私は声のした方──窓の向こうへと視線を移動させる。

 誰かが光を背負って立っていた。

 逆光で顔は見えない。

 でも、伸ばされた手だけはよく見えた。


「ああ、待たせたね。じゃあ行こうか」

 私はその伸ばされた手を掴む。

 その途端、窓をすり抜けて急激に空へと引っ張られた。


 しかし、怖さはなかった。

 散々今まで危険な目にも遭ってきたからかな。

 我ながら神経図太いな。


「……変わらず、お前は美しいな。魂が」

「こういう時は容姿を褒めるんだよ。馬鹿だね」


 心地よい男の声を聞きながら、吸い込まれていく天のその先を見る。

 光のその先──眩しい世界が見える。


 今世では、極上の男を捕まえられたし、可愛い娘だけじゃなく可愛い孫娘の顔まで見れた。

 思い残す事はもうない。


「さぁて、次はどんな面白い人生なのかね」


 私は、光に身体の輪郭が溶けていくのを感じながら、そう、ポツリと呟いて笑った。



 了

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転生などは老衰後にお願いします。 牧野 麻也 @kayazou

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