第4話 凄くディスられてるんですが。

「──は?」


 コスプレ男の言葉が意味として頭に入ってこなかった。


 この人、今なんてった?


 


「喜べ女。お前はその魂の美しさにより我が世界の女神に見初められ、転生し我が世界の救世主となる権利を得たのだ」

 私が言葉の意味を理解しきれない間にも、コスプレ男は突然ウットリとした顔で天を仰ぎながら一方的に喋る。

 やだ怖い。

「この世界にお前が間違って生まれ落ちた事を我が女神はとても憂いておいでだ。当初は遠い異世界ながら、微かに起こせる奇跡の力使い、お前を転生させようとしたが、どれも上手くいかなかった」

 ん? 今『転生』ってオブラートに包んだけど、つまり殺そうとしてたって事?

 もしかして、今まで起こった命の危険は……

「そのうちお前は成長してしまい、自らの力でも女神の奇跡から逃れ始めてしまった。我が女神もお前だけに構っている余裕はない。

 そこで、神のしもべである私に、お前の転生の手助けをする役目をお与えくださったのだ」

 んん? 『転生の手助けをする役目を与えられた』ってソフトリーな言い方してるけど、つまり殺せって命じられたって事だよね?

「だから女。心置きなく死ね」

 コスプレ男が、その整った顔に美しくて優しい笑顔を浮かべて、恐ろしく物騒な事を言う。

 手にした剣を私の喉元に向けて。

「大丈夫だ。痛いのは最初だけ。そのうち楽になる」

 その言葉……もっと違うシチュエーションで聞きたかったッ……!


「だめダ」

 わたしとコスプレ男との間に、さっきまで転がって呻いていたイケメン(確定)が滑り込んでくる。

 さっきは分からなかったけど、真っ白のボサボサな長い髪とそこからニョキっと生えた犬みたいな大きな耳、同じく真っ白な着物を着込んだ男。さっき私が掴んだフサフサで真っ白なシッポを生やしている。

 ……この人、人間じゃ……ないね?

「この女の魂は、荼枳尼だきに天様のモノダ。」

 ん? あれ? この人さっき助けてくれたんだよね? でも、なんか言ってる事の雲行きが……

「何を言う。この女の魂は我が世界の女神のものだ。この世界に生まれ落ちたのが間違いだったのだ」

「そんなのシラナイ。この女が生まれた時カラ荼枳尼だきに天様がこの美しい魂を所望しテル。殺しちゃダメだ。魂が穢れる。老衰か病死じゃナイと。

 それに、この女、子供が出来れバ更に良い魂が取レルかもしれないと荼枳尼だきに天様が仰っテタ」

 んん? 何でこの人達、私の死んだ後の事ばっかり言ってるのかな?

「そんな事を言っても、子供を成すどころか目ぼしい男もいないじゃないか。それに三年前、伴侶候補の男の荷物を窓から投げ捨てたんだぞ? この女には無理だ」

 んんん? なんかディスられてないかな? って、なんで別れた彼氏との修羅場の事知ってるのかな?

「それはっ……仕方ナイ。荼枳尼天様は縁結びは範疇外だって言っテタ。最悪、女の魂ダケでもイイって。ダカラ俺はこの女の命を守ってタ。老衰か病死するマデ」

「お前が邪魔を……やはりな。我が女神の奇跡が失敗するなぞ、やはり有り得なかったのだ。邪魔が入っていたとは……。仕方がない。ここで、決着をつけようぞ」

「いいダロウ」


 完全に、完全に私を置いてきぼりにしたまま、目の前の真っ白イケメンとコスプレ男がゆらりと立ち上がり、対峙したまま距離を取る。

 ビックリするぐらい、私、蚊帳の外。

 なんだか分からないままに、コスプレ男と真っ白イケメンの戦いが繰り広げられ始めた。

 コスプレ男は両手に細身の剣を携えつつ、真っ白イケメンは両手の二の腕に真っ白な毛皮を生やし長く鋭い爪を伸ばして、金属的な音を響かせながら激しくぶつかり合う。


 そんな後ろ姿を、私は離れた所でボーゼンと見ていた。


 頭がさっきからついていかない。

 転生とか魂とか老衰とか。

 ふと、思ったけど。二人とも、私をとして扱ってないよね?

 完全に『物』扱いしてたよね?

 なんでかな?

 なんか、ムカついてきたぞ??

 こっちのことカス程も気にしてないみたいだし、このスキに帰っちゃってもいいかな?

 終電で帰ってきて、明日も早いし、早く家帰ってコンタクト外して化粧落としたいしね。

 うん、そうしよう。


 そう思い、私がソロリソロリと、蛙よろしくしゃがんだまま後ろへ下がって激闘を繰り広げる二人から距離を取る。

 駐車場出口の方向を確認してゆっくりとそっちの方向へカサカサと移動して行った。


 完全に二人の視界から死角へ入り、ホッと一息ついて立ち上がる。

 膝やら裾やらについた汚れをパンパンと払って身なりを整え、さあ逃げようと一歩踏み出した時──


「そうか。事故に見せかけて殺しても、いいんだよねェ。この際、それでもいっか。先を越されるぐらいなら」


 そんな不穏な男の声が、不意に耳元で呟かれた。

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