第3話 コスプレ男に殺されそうです。

 逞しい二の腕が私の左耳を掠めて伸ばされ、コスプレ男の手首をガッチリと掴んでいた。

 フワリと香る白檀びゃくだん


 あれ? この香り何処かで──

 確か、場違いな場所で……そう、車に轢かれた時とか──


 香りの記憶を引き出そうとするのと同時に、私は伸ばされた腕に沿って首だけで後ろを振り返ろうとする。

 すると、私の顔のすぐ斜め上に、誰かの顔があった。

 が。

 近すぎて見えない。

 鼻の穴しか見えない。

 本来少年漫画や少女漫画だとコマブチ抜きでバァーンと、この白檀の香りのイケメン(予想)が私を救ってる姿がページ一面を飾ってんだろうけど、残念ながら私から拝めるのはその造形ではなく鼻の穴だけ。


 そんな事を考えていたら、コスプレ男の方が掴まれた腕から手をなんとか剥がそうとして、腕の綱引きみたいになっていた。コスプレ男の腕が震えている所を見ると、物凄い力で引き合っているようだ。痛そう。

 私の後ろのイケメン(多分)を、コスプレ男はその美しい顔を歪めて灰色の双眸で鋭く射抜いていた。

 そして、私をチラリと一瞥した瞬間、掴まれた腕の力を抜いたように見え──


 光が一閃した。


 私の、枝毛だらけで死んでた髪の先がハラハラと散る。

 気づいたら、コスプレ男から手を離した後ろの(きっと)イケメンに、腰を引き寄せられて彼の胸板に背中から埋まっていた。

 そして目の前のコスプレ男の掴まれていなかった方の手には──刀身を月にギラリと照り返した、細身の短い剣が握られていた。


 もしかして、今私、あの剣で斬られそうになった?


 コスプレ男が剣を抜いた瞬間なんて見えなかった。光が瞬いたようにしか思えなかった。

 しかし、後ろの(恐らく)イケメンは、その事に刹那で気づいて私を守ってくれたのだ。


 マジで?

 これ、どんな夢シチュ?

 え?

 もしかして私、死んでないと思ってるだけで、事切れる瞬間までの短い時間に夢でも見てんの?


「邪魔をっ……するなァ!」

 ブチギレたコスプレ男が、更にもう一本剣を抜き放って肉薄する。

 その刹那、私の後ろにいたイケメン(希望)が、私を抱き上げて大きく空へと飛び上がった。

 その勢いたるや。ジェットコースターも真っ青な急上昇。

 ここで姫抱っこなら胸キュンしてイケメン(予測)の首にでも縋るところだろうけど。

 私は今、俵担ぎされてます。

 掴むところが無くて、でも急激に遠ざかる地面に股がヒュンってなり、私は兎に角目の前にあったものをギュッと掴んだ。

「ぎゃあ! 掴まないデ! シッポはヤメテ!」

 イケメン(見込)が変な声の悲鳴をあげる。

 シッポ?! シッポって?! この目の前の掴んだ真っ白でフサフサなモノの事?!

 でも無理! 股がヒュンってしてるから、掴んでないと怖い!!

 遠くなった地面が、今度は急激に近づいてくる──と思ったら、視界が反転して、今度は星が瞬く綺麗な夜空が見えた。


 ああ綺麗……


 そんな場違いな感想が頭に浮かんだ瞬間、物凄い衝撃を身体に感じた。

 そのままゴロゴロと転がって止まる。

 腰に痛みを感じながらも、私の身体を抱き竦めていた逞しい二の腕から這い出して、辺りを見回す。

 どうやら、近くのスーパーの屋上駐車場のようだった。

 時間も時間なので人はいない。車もない。

 私を抱き上げていたイケメン(確認した。間違いなくイケメン)は、私を庇ったせいで駐車場のアスファルトに若干めり込みながら呻いていた。


「さっさと死ねェーッ!!」

 そんな言葉を絶叫しながら、コスプレ男が空から剣を振り上げながら弾丸のような勢いで降ってくる。

 完全に私を目掛けていたので、飛び込み前転の要領でその場から逃げた。

 飛び込み前転なんて小学校以来やった事がなかったので、手首がクキッていったけど気にしない。

 すぐさま手をついて起き上がり、剣を地面にぶっ刺して着地した男の方に向き直った。

「なんなのアンタ! さっきから何?! なんで殺そうとしてくんの?! 連続殺人鬼?! サイコパス?!」

 私のその言葉に、地面に突き立った剣を抜きながらコスプレ男は立ち上がりつつ、その恐ろしく整った顔になんの感情も浮かべずに私を見据える。


「お前を──我々の世界に転生させるだけだ。殺す事は手段であって目的ではない」


 灰色の瞳に冷たい光を宿しつつも、なんて事はない、そう言いたげにサラリとそう言い放った。

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