第3話給料日七日後の第七兵舎からの帰路

シュタッツェと別れ、仕事の完了報告に向かうため第七兵舎を後にした。





「止まりなさい、下郎」


回れ右して、もう一つの出口(窓)に足早に向かう。


「と、止まりなさいよ、この下郎」


しかし、回り込まれてしまった。


「二度目だぞ」


そういって、向けられた剣を叩き落とす。


「くっ」


一度目は見間違いってことで見逃したが、二度目は無理がある。遠慮なくこちらも抜いた。


「で?」


威圧的空気を出しながら尋ねる。抜いたといっても、剣の腹で相手の利き腕をガントレットの上から思いっきり叩いただけだ。まあ、怪我はないだろうが痛みと痺れでしばらく剣は振り回せんだろ。


「ひっ」


突然現れ、俺を下郎呼ばわりした全身甲冑少女はビクッと身を震わせ、叩かれた右腕を抱くようにしてかたまってしまった。これでも、首席だの次席だのに比べれば大きく劣り戦士科で十指にも届かなかった平凡くんだが、お飾り剣術の騎士科のお嬢ちゃんには遅れはとらない。


「ううう、こわいよ、どうしよう、どうしよう」


なんか小声でブツブツ言い始めた。これは、やばい。頼むから泣くなよ。すでに奴の間合いで、いつでも俺の首は物理的に飛ぶ。ここからは、慎重な対応が必要だ。


「とりあえず、兜を外せ。相手に失礼だろうが」


「は、はいっ!」


シャキッと姿勢を正して返事をしてくる甲冑少女は、後頭部の留め金を外しフルフェイスの兜を脱いだ。その時、纏めて折りたたまれていた黄金色したロングヘアが解放されて、宗教画の天使のような神々しさを醸し出す。確かに潤んだ瞳でこちらを見つめる姿は、絵画にしたら売れそうなレベルの美少女だ。だが、このレベルは見慣れているので、とくに靡かないがな。


「騎士リィウェル、用件を述べろ」


猶予はなさそうなので、命令口調に切り替え急かす。あれは、潤んでんじゃない。涙腺決壊寸前だ。場所が悪すぎる、ここは王城内の兵舎棟。事件が起これば揉み消すより、血祭りだ。晒し首は勘弁願いたい。


「はいっ。あ、あの、一昨日からリーンお姉さまがお屋敷にお戻りになっておられなくてですね」


うん、まあ、そいつ今うちにいるしな。そりゃ、屋敷には戻ってないのは当たり前だ。


「屋敷の者に確認しても外出中の一点張りでして」


ちゃんと家に連絡は入れさせてあるので、屋敷の方はそういう反応だろうな。一応、成人してるわけだし。ガキの家出とはちがう。


「そしたら、アンリエッタが、貴方がリーンお姉さまの所在について何か知っているはずと」


あのドSメイド。余計なことを。


「あと、イラーダがあの日、あのリーンお姉さまが珍しくルージュを引いて出かけていったと屋敷のメイドたちに聞いたと」


あのドMメイド。余計なことを。


「それで、俺を下手人として捉えて、居場所を吐かせようと?」


あの凸凹メイドたちが原因か⁈


「は、はいっ!」


あいつらに対する怒りや苛立ちが溢れてしまっていたのか。リィウェルがさらに怯えてしまっている。いかんな。


「リーンはただの家出だ、心配するな。俺の方からも可愛い妹分に無駄な心配かけるなと注意しておこう」


「……えっ?」


訳がわからないって顔をしてるが、ここら辺で幕引きをしよう。誰が悪いかは、もうわかった。


「リィウェル、右手を見せてみなさい」


俺は、先程叩き落とした剣を拾い、リィウェルに近づきながら言った。


「わ、わかりました」


リィウェルは、スッと右手を差し出してきた。失念していた。拾った剣を小脇に抱え、リィウェルの手を取りガントレットを外す。


「あっ」


やはり、少し赤くなっているか。仕方がない。俺はその部分に手を重ねた。


「活気の祝福を」


「あ、あぁっ」


簡易詠唱だが、この程度なら十分効果が出るだろう。俺の手からリィウェルの手へと魔力が流れ込む。未知の感覚なのだろう、驚きの声と身をよじるような動きはあったが、振りほどかれなかったことから、それほど不快感はないのだろう。


「痛みや痺れはあるか?」


「いえ、ございません」


「そうか、ならよかった」


「ああっ」


いつまで手と手をを重ねているわけにもいかない。重ねていた手を退かせた。なぜか俺の死角にいる何かからニヤニヤするような気配を感じる。


「ほら、ガントレットを……」


はめてやろうと思ったら、ひったくられるように奪われた。いや、お前、右手にガントレット、左に兜持ってたら、この剣はどうする気だ?






「い、入れてください」


赤面して、そっぽ向いて、そのセリフ。


「仕方がないな、ほらよ」


望み通りに入れてやる。

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