1.2:山猫のお仕事

 爆発、豪炎。


 火翼竜の放つ特有のブレスが、数千度にもなる豪炎の奔流となって周囲を焼く。低位の翼竜ワイバーンといえども、魔の生物の最上位種である竜種ドラゴンの実力は洒落にならない。文字通り、火翼竜が暴れている周囲は焼け野原と化していた。この様子だと、今足場にしている大木もいつ炎にまかれても遅くない。


 依頼の内容は、未帰還の学生の救出。試験も兼ねた外注クエスト達成の講義だそうな。シンオウ連山の麓、ルルの大森林。女学生四名のパーティが受注したのは、比較的低位の魔獣である、牙狼ダイアウルフの駆除であった。


 付近でクエストを行っていた別のパーティの報告から、火翼竜と呼ばれる、前足と翼が一体となった種類の個体が出没したことが確認されている。情報が確かなら、第七、八階梯かいていの中堅魔導師であるCランク相当の学生には対応できないだろう。


 魔導師には階級がある。現在の最高位は国防軍最大戦力である『大賢者』や国家ギルド長『剣聖』シン=クヨウなどが在位している第十五階梯、いわゆるSSSランク。魔導師は、正式に魔導師として国から認可を得た時点は第一階梯であり、実績に応じてそのランクを上げていく。階梯が上がるにつれて、受注できる仕事の難度・報酬も増加する。名門であるアスターシャ魔導学院への入学を許された時点で、今回のである彼女らは一握りのエリートであることは間違いない。


 そんな彼女らですら所詮は学生。Bランク以上の魔導師でも苦戦する竜種に対して、分が悪いというか、実力不足であることは明白。そんな彼女らが火翼竜の相手をするのは、常識的に考えて死にに行くようなもの。当然彼女らは逃げる事を選択し、付近の洞穴に身を隠した、とこれは俺の推測。


《無属系第二位:走査子ソナー


 俺は火翼竜から目を離す事なく、周囲の魔力反応を探査する魔法を放った。数秒で、送り出した探査素子から、四つの魔力反応が返ってくる。依頼通り救助対象の四名だろうが、反応の弱さから消耗が激しそうだ。反応のあった火翼竜の更に奥から、かすかに魔力と気配を感じる。


 この様子だと追い返すのは無理だな。意識を逸らさないと。『ついでに暴れている火翼竜も倒してこい』なんて言われて来たが、救助対象が死んでしまっては元も子も無い。要救助者死亡に対する金銭的な保証は大丈夫だろうが、寝覚めが悪いのは御免だ。


 更に刺激するより、結界に押し込めて時間稼ぎしたほうが懸命と判断し、火翼竜へ向けて魔法を放つ。


《氷雪系第二位:吹雪結界ブリザード


 火翼竜が反応するよりも一瞬早く、魔法が発動。魔法陣が展開され、火翼竜を中心とした二十メルトールの立方体が出現し、内部を氷結させる。火翼竜の体温による融解と、氷結再生の均衡が取れている事を確認してから、要救助者の元へと跳躍。


 体内に魔力を保有する魔術師は、一般人とは比べ物にならない身体能力を有しているため、この程度の跳躍など造作も無い。着地した大岩の真下、うずくまっている二名を確認。岩下へと降りる。


「よーっす。助けに来ました。山猫リンクスです」


 同年代であることは承知しているので、外套のフードを外しながら自己紹介。要救助者の少女その一とその二が、驚いた様子でこちらを見る。驚いたのは、突然の登場なのか、俺の見た目の若さに対してなのかは不明。


「救助......?」


 金髪のその一が、か細い声でそう発したのに対し、笑顔で応える。応答もできている、反応していることから身体の方も問題なさそうだった。周囲を見やると、数メルトール後方の岩影に更に二人の姿を確認。


「動ける?アイツ足留めしてる間に、あっちと合流したいんだけど」

「私は、動けます。けど、ラフィーはたぶん無理です」


 先程の金髪の少女が返事をする。この状況下で彼女が比較的冷静なのは非常にありがたかった。ラフィーと呼ばれた少女の肩を担いで、残りの二人の元へ向かう。肩越しに結界の様子を確認。結界に込めた魔力の残量から、保ってあと五分といったところか。


 後方の岩陰にも想定通り、二名の少女がうずくまっていた。魔力の気配から察するに、こちらの二人のほうが消耗が激しい様子。ラフィーをその隣に下ろしながら、声をかける。


「はいはいこんにちは。山猫リンクスです。救助に来ました」


 挨拶は大事である。受け答えで消耗度の確認と、精神的に安定させるのが主な目的。依頼にあった双子と思われる二人のうち、短髪の一人は気を失っている様子。首元に手を充て、脈と魔力を確認。


「内傷食らってるけど、これならなんとかなるな」


 右腕に魔力を集中させ、気を失っている少女の胸元に手をかざし魔力を流し込むと、すぐに脈が落ち着き始める。この分だと意識もそのうち戻るだろう。たぶん。


「そっちの...大丈夫?」

「こっちは意識もあるし大丈夫だと思います」


 双子の片割れの代わりに、金髪の少女がそう返事をした。これで一応要救助者全員の安否の確認は取れた。幸い少女達は比較的軽症。


「あんたは割と元気そうだな。名前は?」

「私はアメリア。アメリア=ローレンです。この子がルルで、そっちがララです」

「冷静で助かるよ。三人とも死にはしなさそうだし、なんとかなるな」

「どう、するんですか?」


 アメリアが不安そうにこちらを見つめる。助けが来た安堵か、それとも未だ窮地である悲壮からか、碧い瞳は今にも泣き出しそうだった。


「あーアレね、奴は俺が狩るから、心配しないで」

「で、でも火翼竜ですよ?」

「大丈夫だって。すぐに終わらせるから。」

「......すぐに終わらせるって......」


 相手はあの火翼竜、勝てるはずない。再度そう言おうとしたように感じた。そんな彼女の言葉を聞かずに、俺は立ち上がり、ほころびが見え始めた結界に目をやる。まぁ第七、八階梯の魔導師数人で挑む竜種に、自分と同年代の子供が挑もうってんだから無理もないか。


「大丈夫。そこでおとなしく見てなって」


 静かに、はっきりとした口調で、そう告げる。これ以上議論する意味も、時間も無い。全身の魔力の流れを確認しながら、要救助者の周辺に防御魔法を展開する。


《結界系第五位:治癒障壁》


 空間固定による物理的防御と、効果領域内の人間の魔力補給を手助けする治癒結界。光壁の中に全員が収まっているのを確認して、俺は火翼竜の元へ歩き出した。


ちょうど《吹雪結界》から解き放たれた火翼竜は、表面の凍結を自身の体温で散らしながら、体の自由を確認している様子。もたげた頭部の二つの眼が憤怒に燃え、こちらを見つめている。体温によって周囲の空間が揺らめいている姿を合わせると、さながらお伽噺の竜種の姿を彷彿とさせる。



咆哮。



そんな火翼竜の怒りを体現したような咆哮が鼓膜を揺らす。こちらを完全に外敵と認知した、威嚇の咆哮が開戦の合図。


「いくぞ」


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