病院

 夜、不安な気持ちを抱えながら街を歩いていた。なんだか様子がおかしい。頭の中の制御が放たれたようだった。

 僕はこういう気分を小さい頃に体験したことがある。いくら歩き続けても鳴りやまない響き。

 家に帰ると母親がいた。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

 僕はそう言った。

「まさか……」

 母親は深刻そうにそう言った。

「そうかもしれない」

「すぐに病院に」

「そうだね」

 僕は次の早朝に病院に連れていかれた。

 病院で原因不明の病として僕は入院することになった。

「よかったわ。早めに気が付いて。お父さんのことを思い出したの」

 病室のベッドに横たわりながら、激しい自意識に混乱する。永遠にこんなことを死ぬまで繰り返すと想像するとぞっとした。

「お母さん。僕はきっと大丈夫だと思う」

 自分の中で言葉をいじくりまわしていた。いったい何が現実かよくわからない。

「しばらく休んでいれば大丈夫よ」

 母親はそう言って、病院を去っていった。

 午後になると友達の圭介がノートを渡しに来てくれた。

「大丈夫か?」

 圭介はそう言った。

「ああ、大丈夫」

 僕はそう言った。

「そういえばお前の病気は何なんだ?」

 圭介はそう言った。

「わからない。原因不明の病だ。ただ父親はこの病のせいで死んだ」

「どういうことなんだ?」

「つまり、理性が失われるってことさ」

「理性が失われる?」

「そう理性が失われ、もう元に戻れない」

「最後にはどうなるんだ」

「壊れた理性に支配されるだけだ。それをこの世界に生かすやつもいれば、それに殺されるやつもいる」

「なんだか恐ろしいな」

「恐ろしい病だ」

 僕はそう言った。

 病室の中はオレンジ色の光で照らされている。圭介が帰った後、医者が診察に来る。

「君の病気はいったい?」

 医者は不思議そうにそう聞く。

「あなたが決めることでしょう」

「いろいろ検査したんだ。君が異常を訴えるから。でも何の異常もなかった」

「それで、僕にどうしろと?」

「君が自殺願望を抱えて死のうとしていたとお母さんから聞いたんだ。本当かい?」

 どうやら母親は医者に嘘をついたらしい。僕が父親と同じようになると思ったのだろう。

「はい」

 僕はそう言った。

「やっぱりそうか。君は重度のうつ病だ。自殺願望がなくなるまでは入院していたほうがいい」

「そうですか」と僕はそう言った。

「君はまだ若い。高校で何があったかは知らないが、ここで安静にしていてほしい」

「わかりました」

 医者は病室から去っていった。

 夜、一人病室の中で過ごしていた。なんだか気分が安定しない。

 それで僕は病室の中で頭を抱えて過ごした。


 数日で病院から退院できた。

 沙織は僕を見て、「ずいぶん痩せたね」といった。

「確かに痩せた。すごく痩せた気がする」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 

 

 

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