落ちこぼれの真心 (現代ファ)
当時私は大学生で、高校の同級生Kは他の大学を中退したばかり。二人して主に私の下宿を舞台として、ここぞとばかりに酒を飲み散らかす日々だった。
夏の終わり。たまには旅をするのもよかろうという話になった。
結局行き先は、中部地方の太平洋側のある小島に。思えば我々はあの頃、あのふてぶてしい劣等生だった頃、広い海原とか離れ小島というロケーションに、妙に惹かれる心性を持っていたのだ。
定期船で渡った島は、ものみなすべて眩しいが、同時にとても静かだった。道路脇に四角い木枠を並べて、しらすが干してあった。思いがけなく海水浴場があり、人の姿も遠くにまばらにしか見えず、パンツ一枚で海に飛び込んだ。
夏の長い一日が終わる頃、島の西側へと歩いて出た。こっちの海岸はごつごつとむき出しの岩が続いていた。旺盛な藪を背にしてそこに腰かけ、焼酎を飲んで日が沈むのを待った。
ばら色の大空が藍色へと移ろい、海面はそれよりも昏い色に沈んでいった。波間の大小の岩礁は、黒々と塗りつぶしたシルエットになった。
ふと、近い一つの岩礁の上で、奇妙なことが起きているのに気が付いた。
岩礁の一番高いところの輪郭が、急に丸く大きく盛り上がった。と思うと、その両脇からこちらを威嚇するように、二本の腕のような物が長く伸び出して振られる。
海坊主という言葉が頭に浮かんだ。私は俄かにゾッとしながら、平静を装ってKに訊いた。
「あれは?」
「ふむ。分からん」
常に飄然と構えているKは、こんな時は特に頼もしかった。
「海坊主と違うか?」
「分からんが、なんにせよ、明らかにおれたちに姿を見せたがってるな。なんだか可哀想だ……」
と呟きつつその場に立ち上がった。
「貴方が海坊主ならぁ! 一緒に酒が飲めたらぁ! 光栄でぇす!」
さすが彼は飄然と名門国立大に入り、飄然と中退した男だった! 私は大笑いして異様な元気が湧いてきた。
「酒を飲もう!」
「一緒に飲もう!」
「こっち来てぇ!」
口々に叫んだ。
結局怪異は、まもなく絶えてしまった。
「あれ成仏したってこと?」
「分からん。何も分からん。だが多分良い事をした」
Kは嬉しそうに微笑んだ。
夜も更けて、夜露を避けて、公園の東屋で寝た。
みな二十年以上前のことだ……。
あの不思議な影が蠢いた光景は、本当に昨日のことのように目に浮かぶ。
そして悲しいことにKは三年前、突然自ら命を絶った。
おそらくこの世の中で普通に生きるには、あまり優しすぎる男だった。
終
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