5. 謎の生徒

 最上級生だったノースから聴いた話。


 寄宿生活の時間割には、プレップと呼ばれる自習時間もある。

 夕食後、下級生なら指導役の上級生や教師と一緒に、上級生なら少人数ずつ学習室などで、宿題や予習復習に取り組む時間だ。


 ノースはいつも四人で学習室を使っていたのだが、ある日、ほかの三人がそれぞれ用事で遅れていて、ひとりきりで宿題を始めたときがあった。


「プレップのときは図書館にいるように静かに」という決まりがあるが、相談や質問をすることまで禁止されているわけではないから、ほかの部屋の生徒たちが椅子の音をたてたり会話したりする気配を感じながら、ノースはひとり机に向かった。


 すぐに集中し、調子よく作業を進める中で、調べたい事項が出てきた。

 ノースはスマホを手に取り、素早く必要な項目を検索する。

 情報を整理しながら考え込んでいると、扉がひらく音がした。


 ノースは調べものに気を取られていたので、同室の誰かが入って来たのだと思ったもののスマホから目を離さず、片手をあげて「やあ」と声だけで挨拶した。 

 だが、相手からは何も返ってこない。


 そこでようやくノースは、今入って来た人物へと顔を向けようとしたが、先に相手のほうがノースの背後に回り、スマホを覗き込んできた。


「どうした?」


 振り返ると、誰もいない。

 思わず「あれっ?」と声を漏らした。

 確かに扉の音がして、背後に人が来たのに。


 ……そう思い込んだだけ、だったろうか。


 別の部屋の扉の音が耳に入ったのを勘違いして、誰か来たと錯覚しただけかもしれない。そう考えてみたら、きっとそうだという気がする。

 宿題に集中していたのでそれ以上疑問に思うこともなく、そのまま作業を続けようとしたのだが。


 突然、氷を入れられたように、ノースの背筋を寒気が走った。

 と同時に、はっきりと人の気配が背中を覆う。


(やっぱり、誰かいる)


 すぐうしろに立っている。

 後頭部から背中にかけて、視線をはっきりと感じる。

 ぞわぞわと肌が粟立ち、髪の毛も逆立ちそうだった。


 振り向いて、確かめたい。

 だが本能が(やめろ)ともがく。

 そのとき、肩に手が置かれ、の髪の毛が頬に触れた。


 硬直してしまった躰で、目玉だけをきょときょとと動かすノースの視線が、手にしたスマホ画面に釘づけになった。


 画面に映ったノースの顔。その耳元に、別の顔がある。


 Aコレッジの制服姿。おそらく生徒。

 大きく見ひらいたまま瞬きもしない目ばかりが、異様に目立つ。

 その目が、じいっとノースを凝視している。

 顔の細かな造作ぞうさくまでは頭に入らなかったが、下級生だという気がした。


 はノースの肩にかけた手に体重を乗せ、身を乗り出して、さらにスマホを覗き込んでくる。

 スマホから目を離せないノースと、画面越しに、目が合った。


 ――と、思うやいなや、肩に置かれた手にいっそうの重みがかかった。

 首を伸ばすようにして、相手はノースの前へ顔を突き出してくる。

 背後から、ノースを覗き込もうとしているのだ

 ノースは思わずぎゅうっと目をつぶった。

 そのとき、


「すっかり遅くなっちまった!」


 今度は本当に扉がひらいて、同室の生徒が忙しなく入ってきた。

 途端、眼前に迫っていた顔と肩の重みが、嘘のように消えた。



 しかし話はそこで終わらず。


 以来、その夜訪れた「謎の生徒」は、ノースのスマホの中に、ときおり現れるようになってしまった。

 不意に画面の中に現れては、あの異様な目でじいっとノースを凝視してくる。

 それ以上何があるわけでもないが、気味が悪いことこの上ない。


「スマホを買い替えれば出なくなるかな」


 親に買い替えを相談しようと考えながら帰省した冬休み、家には来客中で、ノースは母から「Aコレッジ入学を目指している」という遠戚の少年ハリーを紹介された。


「あなたはハリーが赤ん坊のときに一度会っているのだけど、忘れているでしょう。初対面のようなものよね」


 母はそう言って笑ったが、ノースは、自分はすでにハリーと会っている、と思った。


 ハリーは、あの「謎の生徒」と同じ目で、ノースを見ていた。 

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