4.とったよ
その日ホランドは、敷地内を流れる川辺に立ち、翌日の授業の課題について思案していた。
悠々と流れる川の両岸には、丈高い草や低木がせり出すように茂っている。
水面を緑に染めるほど青々とした木々に囲まれる中、
ボートは規則的な波を起こし、そこからポカリとあぶくのように、白いものがひとつ、浮かびあがってくるのが見えた。
(バレーボール?)
最初はそう思った。大きさがそれくらいで、丸っこい。
ボートの落としものだろうかと思いつつ見ていたのだが、どうもおかしい。
それは川下から流れに逆らって、浮き沈みしつつも着実に、ホランドの立つ上流へと移動しているのだ。
ホランドがぽかんと口をあけたまま注視していると、なんとボールの左右に小人が二人、ざぶりと顔を出した。
小人。そうとしか言えないモノだった。
握りこぶしくらいの大きさの顔に満面の笑みを浮かべて、泳ぎながら小さな手でボールを運んでいる。
そうして、水音にも負けぬ甲高い声を張りあげた。
「とったよ! とったよ!」
嬉しそうに、愉快そうに。
ホランドは呆気にとられたが、その無邪気な様子につられて、口元が緩むのを感じていた。
「妖精の国」に生まれ育った素地もあったろう。
自分が今見ているモノに驚愕すると同時に、絵本を見ていた童心に帰ってときめいてしまう――そんな白昼夢のような光景でもあった。
が、次の瞬間、笑顔も童心も凍りついた。
間近に見えてきた「ボール」の一部が、黒っぽい何かに覆われている。
水になびいたり貼りついたりするそれは、まるで……
(まさか)
瞠った視線の先、ボールが小人の手の中でくるんと向きを変えた。
そこに見えたのは、誤魔化しようもなく、人の顔だった。
蝋のような白い顔が濡れて、黒い髪の毛が貼りついている。
白目を剥いた傷だらけの顔の中、ぽっかりとひらいた黒い口の中に、川の水が流れ込む。
ホランドが息を呑む音が聞こえたように、小人たちの首が急にぐるりと回って、血走った目が彼を捉えた。
それは〝邪悪〟としか言いようのない視線だった。
その目を逸らさず、小人たちは〝ボール〟を抱えたまま信じられない速さで岸に向かって泳いでくる。
まっすぐ、ホランドのほうへ。
そこでホランドはようやく悲鳴をあげ、一目散に校舎へ逃げ帰った。
小人たちがそれ以上追ってくることはなかったが、まもなく実家から連絡があった。
ホランドを可愛がってくれていた叔父が、交通事故に巻き込まれて亡くなったという。
その際、切断されてしまった頭部がどうしても見つからないのだと。
電話口で父が、重いため息を吐いた。
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