第17話 道休回想シーン いやぁ。人生いろいろあるもんですね(本人談)
そして何事もなく一月程が経とうとしていたが事件は突然起こった。
俺は本を探すとき夢芽は邪魔になるので、1人で行商や露店商を巡る事にしていた。
そして屋敷へ戻ると妙な胸騒ぎを覚えた。部屋には夢芽の姿はなく、胸騒ぎは一層激しくなった。
あらゆる部屋や庭先を探したが夢芽の姿はなく、女中に聞き回っても皆が怪訝に首を横に振るだけだった。が、1人の女中が不安げな様子で俺に話し掛けてきた。
「夢芽様は先ほど信孝様に引っ張られる様に蔵の方へと向かって行きましたが、信孝様の形相に止めることも出来ず……」
心臓の鼓動は鐘を打つ様に強く早くなり、何回も躓きそうになりながらも蔵を目指した。
蔵の戸を開けると奥の方から、すすり泣く声が聞こえ駆け足で近寄ると、夢芽に覆い被さっている信孝がいた。
信孝は振り向くと慌てて弁解し始めた。
夢芽の着物ははだけており上半身は裸であった。
「こ これは違う。まだ何もしちゃいない」
その聞き取った言葉が正確だったか分からないが、俺は蔵に置いてあった
気付くと信孝は口から泡を吹いて気絶していた。
俺は自分の帯を解いて着物を夢芽に被せ抱き締めると、夢芽は紫になった唇を震わせしがみつき、声にならない声を上げながら泣きじゃくった。
「すまない。夢芽、もう置いていかないから、俺が守るから、恐かったよな。すまない、本当にすまない……」
泣きじゃくる夢芽を抱き締めていると、先ほどの女中が心配したのか様子を見にやって来た。女中は倒れてる信孝を見ると腰を抜かして震えた声を張り上げた。
「の 信孝様? 誰か 誰か信孝様が」
その後屋敷に戻り恐怖から解放され安心した夢芽を寝かし付けると、急いで城から戻ってきた長兄に俺は呼び出された。
「刀宗。女中の話しを聞くに今回の件は我が愚弟に非があるのは明白である。妹の夢芽には本当に申し訳ない事をしてしまった。すまない」
素直に頭を下げた長兄に驚きを隠しきれなかった。何か裏があるのではないかと勘ぐっていた。
「わしは父の立場になり大身旗本の責任の重さを痛感している。この事が外に漏れれば家名にも傷が付く。信孝は謹慎とする。そして、刀宗よ。お主はここにいても将来どうする事も出来ないだろ。連れ子で四男では……」
長兄は言いづらいのか押し黙ったまま俺から視線を反らした。
「はっきりと仰って下さい」
長兄はため息を付くと視線を俺に戻した。
「我が親類にだな、奥州で門主をやっておる者がいてな。お前をそこに出す」
あまりにも突然の申し伝えに声が出なかった。
「お前は我が萩原家に取っては疫病神なのだ、信孝もお前の才能や見目の良さに嫉妬も感じていたことであろう。萩原家に残ることはお前の為にも、萩原家の為にも良くないであろう」
振り絞る様に何とか一番気にかかる事を口に出した。
「む 夢芽は? 夢芽はどうなさるおつもりでしょう? 」
「夢芽は良き女子じゃ。萩原家から、然るべき名家に嫁がせるゆえ心配するな。出立は早い方が良い、明後日の早朝に旅立てよ。向こうには飛脚を使い話しは通しておこう」
俺は頭を下げ部屋へと戻っていった。
奥州だと? 江戸から遠く離れ過ぎだろ。もう夢芽とは会えないのか? 寺で過ごしてそのまま坊主になるのか俺は?
ぐるぐると頭の中を次から次に質問が沸いてきた。
部屋に付くと可愛らしい寝息をたてる夢芽の姿が映り枕元には政吉からの文が折り畳んであった。
そうだ。政吉は奥州藩士だった。
夢芽が心配ではあったが、考える間もなく部屋を飛び出すと政吉の屋敷まで走り、政吉に全ての事を打ち明けた。
政吉は厳しい表情で黙って聞いていてくれた。
「俺も今すぐにでも、その野郎を切り捨ててしまいたいが、とにかく夢芽殿とお前が無事で良かった。親父殿の在地での勤務年数はとっくに過ぎているから、俺だけでも奥州に戻れる様に上げてみよう」
「夢芽は? 夢芽はどうするのだ? 夢芽は江戸に残るのだぞ、 お前は夢芽から目を背けるのか! あいつは文を毎日眺めては大事に抱えているんだ! 」
政吉はいつもの豪快な笑顔を見せると俺の背中を叩いてきた。
「何を言っておる。夢芽殿ももちろん奥州に行くに決まってるだろ」
「ど どういう事だ」
「だから、お前が明後日に旅立つ際に夢芽殿も一緒に連れてってやれ。今から言う事をやってくれ……」
政吉の言葉を聞き終わると普段の俺なら馬鹿な事を。で片付けただろうが、夢芽を守ると誓った以上は、そうする事が一番良いのだと思った。
翌日、少しずつ落ち着き始めた夢芽に話しをすると夢芽も奥州に絶対に付いていく。と言うことになり、俺は夢芽を隠しながら外へと連れ出し政吉の屋敷に1日だけ預けた。
「じゃあ、政吉。夢芽を一晩だけだが頼むぞ」
夢芽は恥ずかしそうに、ちょこんと頭を政吉に下げ小さい声で呟いた。
「よ 宜しくお願い致します」
つられたのか政吉もぎこちなく頭を下げた。
「こ こちらこそ宜しくお願い致します」
「お前ら祝言じゃないのだぞ! 一晩一緒に過ごすだけだろ」
「刀宗。部屋は別々だからな」
「当たり前だ。夢芽は11歳だから、少し早いかな」
夢芽は顔を真っ赤にするだけで黙ってしまった。
そして出立の日になり屋敷を出ようとすると長兄だけが近付いて来ては、革製の巾着袋を手渡してきた。
「少ないが奥州まで苦労せず行けるように、夢芽の償いと餞別だ。夢芽は責任を持って萩原家で良縁を探す。お前は頭が良いから寺でしっかり徳を積めば立派な門主になれるであろう」
ふと萩原家から嫁ぐ夢芽の姿が脳裏をよぎり、今更ながらそれはそれで幸せなのかもしれない。とも思ったが作戦は決行されていたので長兄に礼を述べ足早に去り、政吉の中屋敷を目指した。
政吉の屋敷に付くとすぐに夢芽が出立を待ちきれんとばかりに待ち構えていた。
「お兄様、遅いですよ。奥州は遠いのですから早く行かなければなりませんからね」
「これから何十日と掛かるんだ、少し位の遅れなど遅れのうちに入らんさ」
政吉は俺たちのやり取りに笑顔をみせると、夢芽には文を俺には夢芽の働き口としての紹介状と餞別の小判を渡してきた。
やたらとお金持ちになってしまったな。
「道中くれぐれも気を付けろよ。渡りに船なのか、お前が行く寺社の門前にある水茶屋に親父殿の知り合いがいてな。住み込みで夢芽殿を働かせて貰うように紹介状も書いた。必ず奥州に俺も戻るから、それまでは変わりにしっかり夢芽殿を守るんだぞ」
それまでは変わりに。との言い方に少しイラついてしまったが、ありがたく受け取り俺と夢芽は宇都宮の奥州街道へと出るため、 まずは日本橋の日光街道へと歩を進めた。
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